涙が出そうになった。あんなにも優しくしてくれた雲雀くんが、今ではとても怖いから。
ごめんなさい、すぐ帰ります。そう言って駆け出そうと立ち上がった時、リン、と鈴の音が鳴り響いた。立ち上がった拍子に、今まで首にかかっていた首輪が地面に落ちたのだ。サアッと血の気が引くのを感じた。
「……それ」
「えっ、あはは、なんだろうねこれ」
視線を首輪に落とす雲雀くんに焦りながら、それを隠すように拾い上げ、乾いた笑みを浮かべながら後退り。
「それじゃ、あの、お仕事頑張って」
靴は履いてなかった。地面の冷たさと、時々刺すような痛みに耐えながら走る。家はもうすぐ。走って、家に駆け込むことができれば終わりだった。
猫になって、雲雀くんの家にお邪魔して、雲雀くんの優しさに触れられたという夢のような出来事にも蓋をしようと思っていた。
なのに、それをさせてくれない、雲雀くん。
「ナマエ」
ビクッと身体が跳ねた。
それは本当の名前じゃないのに、たった2日ほど呼ばれてたくらいなのに、その名前は私の身体に浸透し切っていたようで。
立ち止まって動かない私のもとに、彼はゆっくりと近づいて、手首を掴んできた。
「っ!」
「猫じゃなかったの、きみ」
「……あの、えっと」
「まあ人間の言葉がわかる野良猫なんて不思議だとは思ってたけど。そう、人間が猫になってたのか」
「いや、私は猫になんて」
なってないよ!と否定する前に、雲雀くんの手のひらが頭に乗っかる方が早かった。
「この感触は、ナマエの毛並み」
「!」
「あと、匂いも」
「ひ、ばりくん……!」
頭の上に乗っけた手をそのまま行動部の方へと移して行くと、グッとほんの少し力を加えると、私の頭はいとも簡単に彼の胸元に引き寄せられて。頭部に、雲雀くんの鼻が当たっているのがわかって、恥ずかしい。
「なに、勝手に家出てるの」
「……え?」
「ナマエは僕が拾った“猫”なんだから、ちゃんと家にいないと、咬み殺すよ」
見上げれば無表情。そんな雲雀くんが怖くて、私は素直に雲雀くんの家に帰りました。寒いだろうからと彼は学ランを貸してくれたのだけれど、パジャマなのは隠し切れていなくて、たくさんの視線を集めた。
でも、あの……私、もう猫じゃないんだけどな。
End..
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