痛い身体を引きずって学校へと辿り着けば、その途端に浴びる嫌な視線。
少しだけ違和感を感じる。
2日前と比べて、その視線が増えている。
ガコッ
「……臭い、」
下駄箱は、もうずっとこうだ。
紙クズ、雑巾、生ゴミ……ありとあらゆるゴミがわたしの下駄箱に詰め込まれている。
捨てる気にもならない。だから、そのまま放置してスリッパを借りて廊下を歩く。……なんだろう、怖い。
ひそひそと会話をする生徒達。
視線はこっちを向いているから、きっとわたしのことを言ってるんだろうけど……全員わたしのことについて話してるの?
「あいつ売ってたんだってさ」
「最悪よね」
「確かにかっこいい揃いだし、金にもなるだろうけど……やっちゃいけないことってあるよね」
売った?
かっこいい揃い?金になる……?
あれ、そういえばわたし、デジカメは!?
ハッとして、鞄を肩からおろして人目を憚らずに中身を確認した。
「……うそ、ない」
いつから?
最近まともに授業も出れないだろうからと思って鞄の中身もあまり見ていなかった。どうしようと焦っていると、突如目の前に一枚の写真。
写っていたのは、丸井。
今より若干幼い感じがするから、2年生の時のかもしれない。けど、どうしてこれが。
「最悪だな」
「……丸井、」
「おまえ、俺達を売ってたんだ。聞いたぜ、ブログ上で写真載せて、欲しいって言った奴らにあげて、金取ってたんだろぃ?」
「!!そんなっ、そんなことしない!」
「だったら、写真はなんだよ。何のために撮ってたんだよ!!」
「―それはっ」
何か、何か言わなくちゃ。
どうして答えを探すの?何を迷うの?
言えばいいじゃない。
思い出を残したかったって……なのにっ、どうしてその言葉が出て来ないの!
グッと胸元を押さえ、言おう言おうと自分を急かしていたが、もう遅かった。
「言えねえのかよ。……信じてたのに」
ハッと乾いた笑みを零しながら、丸井はそう言い捨てて教室へと歩を進める。
今、なんて言った?
信 じ て た の に ?
「ちょっと、待ちなさいよ……!!」
「……あ?」
「信じてたって、どこが!?最初っからわたしのことなんか信じてくれてなかったじゃない……なに、さも自分が裏切られたかのような顔してるの!?ふざけないで!
あんたがっ、あんた達が先に裏切ったのよ!!」
涙なんてもう出なかった。枯れてしまったのかも。
悲しいとか悔しいとか、そんな感情よりも強かったのは、怒り。
こんなに怒鳴ったのは久しぶりだ。
わたしはそのまま丸井に背を向け、廊下に置いてあった鞄を取り、自分が出せる最高のスピードで階段を駆け上がった。
ギィ、
「……はぁっ」
一気に階段を駆け上がるのはきつかった。
屋上の扉を開け、開放的な空間に出る。
そのままわたしはフェンス近くまで行き、ガシャンと音を立ててフェンスに身体を預けながら腰を下ろした。
怒り、
いや、今は空虚感。
自分の心がカラッポになってしまったみたいだ。生きている感じがしない。
「太陽って、こんなに眩しかったんだ」
目を細め、地を照らす太陽を見る。
いやだな……こんな姿を曝け出してるみたい。
わたしを照らす太陽が、地球上にいる全人類にわたしの姿を見せてしまいそうで。
「日陰、行こ」
ゆっくりと日陰へ移動し、なんだかようやく安らげる空間に来れたような気がした。
……ほんとに売ってしまったのか。犯人は、菜子ちゃんだろう。安易にわたしの鞄に近づけるのは、彼女しかいない。
どこまでが本当だろう。
ブログに載せた?欲しいと言った人にあげて、お金を取った?ここまでしていたら、最悪だ。噂程度であってほしい……彼らを庇うわけじゃないけど、やっぱりそんなの嫌だから。
「ああ、結果わたしが悪いのか」
冷静に考えてみたら、写真を撮っていたわたしが悪いんだ。……ははっ、嗤っちゃう。
・
・
・
・
・
「くそっ」
「荒れとるのう、ブンちゃん」
「当たり前だろぃ!?」
あー、ウゼ。と眉間にしわを寄せながらブツブツ文句を言う丸井。
そりゃあ話を聞いた時は俺も怒った。中津がいつ写真を撮ってたとか、ブログに載せてたまでは許すとしても、売ったとなると話は別。
「んで、あんな奴」
「ん?」
「なんでもねーよ。わざわざ会って言いに行くんじゃなかったぜ……逆に怒鳴られた」
「中津にか」
「ああ。裏切ったのはあんた達だとか」
「ほー」
「ふざけんなよな。キレたいのはこっちだっつの!商売に使いやがって」
キーンコーンカーンコーン
授業を受ける気もなかったが、屋上には中津がいるだろうと思い、俺は素直に授業に参加。確認テストもない数学の日に出たのは今年初めてじゃったからか、先生がかなり感動しとった……。
その日、中津は姿を見せなかった。
──授業には、の話。
ガチャ、
「…………」
「ほう、よく顔を出せたな」
レギュラーが全員ジャージに着替え終えた頃、中津は部室に現れた。
敏感な奴にはわかる。
昨日と今日では中津のオーラが違うと。生気がまったくないのう。
「矢紘さん、あなた自分のしたことがどれほどのものかわかってますか」
「……知らない」
「は?おいおい、やっておいて知らないの一言で片づけられるのかよ」
「先輩、ひどいです!」
「……」
「!」
「なんだその挑発的な目は!」
バシンッ
「っつ」
真田の強烈な裏拳により、中津はバランスを崩して倒れ込んだ。
しかしまあ、高橋の言葉にはやけに反応するのう……今までに見たこともない目つきで睨んで。そうじゃな、まるで──
「おまえがやったんだろ」
とでも言っているかのような目つき。
ガチャ、
「うおっ!?びっくりしたー」
「赤也、何分の遅刻だ!まったく、たるんどるぞ!今すぐ着替えて外周50!」
「げっ」
赤也の登場により、真田達は中津にそれ以上突っかかることなく外へ出て行った。
俺もそれに続いて外へ出ようとすれば、すぐさま出て行ったはずの丸井がなぜか逆流して来よった……なんじゃその変な顔は。傑作やの。
「丸井先輩、どうしたんスか?忘れ物?」
「ちげえよ。──おい、矢紘」
「…………」
「はあ、反応ナシかよ。態度最悪だな。……てかよ、別におまえのことなんかどうでもいいけど、でもほら、授業くらい出ろぃ」
「「は」」
「丸井、先輩……?」
言いたいことはそんだけだ!と、なぜか急に逆ギレしながら丸井は足早にこの場を去った。
俺も赤也も呆然。
高橋も、丸井の背中を見つめとった。
言われた当の本人は、ひたすら眉間にしわを寄せているみたいじゃが。
「ククッ、ブンちゃんらしいのう」
「笑いごとっスか」
「丸井先輩……優しいんですね、授業の心配してくれるだなんて」
「──ああ、そうじゃのう」
・
・
・
・
・
パコーン、パコーン
「……」
外ではラリーが開始された。
わたしは大人しく部室で部誌を書く。今日の練習メニュー……自分で書くのも本当は嫌だけど、書かないと怒られるから。嘘を書くな、と怒鳴られるのは耳が痛くて耐えられないもの。だから、ちゃんと動く的へのボール当て、と加えてある。
しかし、さっきの丸井には驚いた。まさか授業に出ろなんて言われるとは思ってもいなかったから。
正直、その言葉は迷惑でしかない。その言葉を聞いた菜子ちゃんがどういう風に解釈するかなんて目に見えてる……嫌なことが起こりそう。
「先輩っ、これ、お願いします」
「……ん」
「あ、ドリンク持って行きますね」
汗臭い大量のタオルを置いて行く代わりに、わたしが作ったレギュラー分のドリンクを持って行く菜子ちゃん。
テキパキ動いてくれてるから、いいけど。でも、その持って行ったドリンクは自分が作ったとか言うんだろう。そしてまた、わたしがサボっていたとか嘘を言うんだろう。
「、先輩」
ドリンクをカゴに入れながら、菜子ちゃんが言葉を紡ぐ。
「丸井先輩、優しいですねー」
「は、まさか」
「だって授業の心配してくれたんですよ!?あはは、妬けちゃいます。あ、もうそろそろ例の時間ですから、外に出たらどうですか?」
その言葉に眉をひそめながら、タオルを洗濯機に突っ込んで洗剤と柔軟剤を入れ、ボタンを押してから部室を出た。
太陽の日差しに、一瞬目眩がした。
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