パシンッ
「いっ、」
「やっぱアンタ最低だったのね。聞いたわよ、マネージャーになったのは丸井くん達に近づくためだったって!!」
叩かれた頬がジンジンする。
周りを取り囲むのはテニス部のファン。
軽いリンチ状態だ。こんな風に呼び出されて罵られて、というのはいつぶりだろう。
「早く辞めちゃいなさいよ!」
「ほんと。アンタがいるせいで、みんな練習に集中できてないみたいじゃない!」
「この前練習見に行った時、普段はミスなんてしない丸井くんがミスしてたのよ!?」
アンタのせいでしょ!なんて、とんだ言いがかりをつけられ、腹部、太もも、肩……色々な所を殴られ蹴られた。
「けほっ、はぁ……っ」
チャイムが鳴り響き女子生徒が立ち去った後、わたしは木に寄りかかりながらズルズルとそのまま座り込んだ。
丸井のファンは怖い。仁王のもだけど。
菜子ちゃんの計画とやらが始まってから、どうも時間が経つのが遅く、ようやく1週間。
あれから色々な噂が学校中に広まった。
レギュラー狙い、練習の邪魔をしてる、仕事は後輩に押し付けるなどなど。それは全部菜子ちゃんの方に当て嵌まる。そうはっきり言えればいいのだけど、言えないのが現状で……すぐにボールで黙らされてしまうから。
最近、レギュラーの練習メニューに
“動く標的当て”なんてものが加わった。もちろん動く標的は、このわたし。真田曰く、動体視力を強化するためだとか。
「……も、お腹真っ青」
お風呂に入る度、泣きたくなる。
痣だらけの腹部。
一番きついのが、柳生のレーザービーム。あんな紳士面しておいて、よくもまあ女の子に本気でボールを当てて来るなと思う。
休み時間はテニス部のファンから、部活中はテニス部から罵声・暴力を受ける毎日。
安心していられる場所は家くらいだ。
──授業に出なくちゃ。
気持ちだけは何度でもそんなこと思える。でも、実行しようとすると吐き気がしてどうしようもないんだ……席の後ろには仁王もいる。さすがに授業中に何かをしてくることはないだろうが、視線が嫌だ。
教室の至る所からわたしに注がれる視線。嫌い。とっても、痛いから。
「……」
最近思うことがある。
人の視線っていうのは、人ひとり殺せるんじゃないかって。肉体的じゃなく、精神的に。
―たすけて、
誰かわたしを助けてよ。
そうでないと壊れちゃいそうだ。これ以上、ひとりで辛い気持を持ち続けていられない……。
また、泣きそうになる。
自分はとても弱い人間だ。実際、メンタル面弱過ぎだとか、泣き過ぎだとか言われたこともある。でも、抑えられないんだよ。この、何とも言えない苦しい気持ちが胸を締め付けて、何かが込み上げて、泣く。
膝を抱え、顔を埋める。
こんな時に黙って傍にいてくれたのは、いつだって彼だった。何を言うでもなく、ただ隣に座ってくれるだけで「大丈夫だ」って言ってくれてるような気がしたの。
「……っ亮ちゃ、」
「彼氏か?」
「!?」
突然の呼びかけにパッと顔を上げれば、目の前には仁王がいた。今、授業中のはずじゃ……思わず眉間にしわが寄る。
「ククッ、なんでここにって顔しちょるな」
「……」
「俺はサボり魔じゃき。突然フラッと現れてもおかしくないナリ」
「どっか行って。」
思い切り顔を歪め、また顔を埋めた。
こんなとこ、万が一菜子ちゃんに見られたらまた何か言われる。全員が彼女を信頼し、わたしの存在を全員が忘れて初めて、彼女の望みが叶うのだから。
「ひどいのう」
「ひどいのはどっちよ!?そうやって普通にわたしに声をかけないで……っ笑わないで!あんたが一番残酷っ」
「──プリッ」
何を意味するのかわからない口癖を言い、仁王は立ち去って行った。そのことに安心しながら胸元に手を当てれば、未だドクドクと激しく脈打つ心臓。……ひどいな。
いつかは治さないとと自嘲しながら、ゆっくりと立つ。
時計を見れば、もうすぐ5時限目が終わる頃で。次にあるのは部活という名の地獄。
「でも、出なくちゃ」
本当は出たくないけど。でも、出ないともっとひどい仕打ちを受けるということは、この前身を持って体験したばかりだ。昼休みにレギュラーに呼び出されて、屋上で蹴られ殴られ。そして彼らの口から出るのは、決まって「おまえのせいで高橋が、」だ。
行ったら行ったで、
「おまえがいるから高橋は怯える」
行かなければ、
「おまえがいないから高橋は全部やらなければならない」
じゃあ、わたしはどうすればいい?いてもダメで、いなくてもダメだなんて。こんなの、疲れちゃう。
・
・
・
・
・
ジャァアアア
「……この前の、丸井の分ちゃんと粉の分量変えたのかな」
なんて、ドリンクを作りながら、よくそんな心配できるなと我ながら思う。
実はまだ菜子ちゃんに分量を教えていない。
丸井のはかなり甘い。でも、甘過ぎると気持ち悪いらしい。昔飲ませてもらったことがあるけど、本当に気持ち悪くなる。
「おっ!これ、めっちゃ丁度いい!」
「ほんと!?」
「ああ、サンキューな!」
ガチャ、
「!」
「あ、先輩、ちゃんとドリンク作りました?」
「……うん」
「じゃあ貰って行きますね」
にこりと笑ってレギュラー分のボトルをカゴに入れてコートへと向かう菜子ちゃん。
なんてタイミングの良さだろう。
いつも作り終えたと同時に部室へと来て、すぐに持って行く。見張られてるんじゃないだろうかと思いながら、ボールの確認をするために倉庫へと向かった。
この時、自分の鞄から離れなければよかった。
そんな小さな不注意が、まさかあんな事態を招くとは思ってもいなかった。
バァンッ!!
「!!」
「ちぇ、外しちゃったかー」
「……切原、」
新しく頼んだボールに不備がないか確認していれば、背後からスピードのついたボールが。それはわたしに当たることはなく、倉庫のドアに当たって落ちた。
「やだなぁ切原だなんて冷たいっスよ」
「戻って」
「ヤダって言ったら?」
「わたしが部室に戻るだけ」
ボールはもう確認し終えた。カゴを持ち上げて中にしまい、倉庫の扉を閉めて部室へ戻ろうと切原の横を通った時だ。
パシッ
「なっ」
「ねえ先輩」
手首を掴まれた。
予想にもしていなかった行動に、わたしは目を大きく開いて切原を見上げる。
殴られる?蹴られる?
一体どんなことをされるのかと身体が強張る。
切原は一番わたしのことを嫌ってるだろう。
だって、レギュラージャージを切り裂かれたんだ……新しく発注できるとは言え、今まで大切にして来たモノ。怒るに決まってる。
「早く辞めてくださいよ」
「……」
「ここにいられると困るんですよ。全然練習に集中できないんスよね……イラついて」
辞めろ?
わたしに、マネージャーを?
なんて楽な選択肢。
そんなことができるのなら、とっくにしてる。
「そういうことは、幸村に。部長に言って」
このテニス部で絶対的な権限を持つのは、部長である幸村精市だ。
切原の手を振り切り、飛んでくるボールを出来る限り避けながら部室へ足早に戻った。
けど、ずっと閉じ籠っていられるわけもなく、テニスコートから真田がわたしの名を呼ぶ声が聞こえてきた。また、この時間が来るんだ。
ベースラインに、レギュラー全員が一列に並ぶ。
わたしはその反対側のコートに入る。
「では、始めるぞ」
開始の合図で全員が一気にボールをトス。
7人が7人、わたしがどこへ行くのかを予想しながらボールを打つから、どこへ逃げようとも絶対に1コは当たる。
ドゴッ
「がはっ……!」
一番当てる確率が高いのは、柳だ。
データテニスをする彼にとって、わたしがどこへ逃げようとも、以前のデータを分析しているから必ずと言っていいほど命中する。
パコォオオン!
「うっ、ぐぁああ」
強烈なサーブばかりを打つ。
一回当たってしまうと、そこから今まで蓄積されてきた痛みが身体中を襲って全然動けなくなってしまう。最終的には、もうコート上で丸くなっていることしかできない。
部員やテニス部のファンは、そんなわたしの姿を見て、惨めだとケラケラ笑ってる。
それでも心を持った人間?
どうしたら、そうやってケラケラ笑ってこの場面を見ていられる?
──わたしにも、その術を教えてほしいね。
「たるんどるっ!」
グイッ
「うぐっ」
「動かんと練習にならんだろう!……また泣いているのか!」
ガッと腕を掴まれ強引に立たされると、そのまま説教され、頬を叩かれ。
ここからは本当に部活ではない。
人にボールを当ててるとこから、もう部活としては成り立っていないんだけど。
「あなたに泣く理由などありませんよね」
「今日もまた高橋にドリンク全員分作らせたらしいじゃねーか」
「授業だけじゃなくマネ業もサボりかよ?」
「先輩、ひどいっスね」
「悪い子にはお仕置きナリ」
ドガッ、ゲシッ!
「ゔっ、いぅ」
痛い。また、腹部に蹴りを入れられた。
丸くなって耐える。
だからわからない、今、みんながどんな表情をしながら暴力行為を加えているのか。
「っ先輩達!もうやめてください!!」
「高橋……」
「私は大丈夫ですから。こんなとこ、先生に見つかったら大変です。だから」
「……一理あるな」
「うむ。もうこんな時間か……解散するぞ!」
足音が段々遠ざかって行く。
帰宅するらしい。片づけ、何もしないで帰るんだね……以前の真田ならきちんとやっていたのに。こんなに変わってしまった。
暴力を受けているわたしを助ける、なんて言葉は使いたくないけど、止めに入るのはいつも菜子ちゃん。
自分の好感度を上げるため。
でも、もう充分上がってるよ。だって、そんなにもレギュラーに囲まれてるじゃない。
中心にいるよ、菜子ちゃん。
レギュラーに囲まれながら笑顔を浮かべる菜子ちゃんを見て、泣きたくなった。
今、とても楽しいんだろうな。
自分の望むモノが手に入っているのだから。これ以上何もしなくたって、みんなの気持ちはすでにあなたへ向いてる。
でも、小さな声で言われたの。
「先輩、まだまだこれからですから」って。
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