永久 | ナノ


パコーンッ、パコーンッ



赤也がいたのは、コートだった。
まだ休み時間だというのに、赤也はひとりラケットを手に持ち、壁相手にボールを打っていて……なんだかイライラしているみたい。


ガシャン、

「!」

「あっ、ごめん、続けて……って危ない!」



わたしが扉を開けてコートの中に入ったことにより、物音に敏感になっていた赤也が驚いたようにこちらを振り返った。そのせいで目を離してしまったボールは、言うまでもなく一直線に彼のもとに飛んで来るわけで。



ドゴッ

「うおっ」

「赤也、大丈夫!?」

「っててて、へへっ大丈夫っス」

「ああ、ほっぺ真っ赤」


「……先輩」

「!な、なに?」


痛そう、と思いながらそろそろと彼の頬に手のひらを伸ばしたが、急に真剣な声を発したので驚いて引っ込めてしまった。



「すんません、余計なこと」

「ううん。正直、名前で呼ばれるの辛いなとは思ってたから余計じゃないよ」


「そ、っか」

「赤也ごめんね、部の雰囲気悪くして」

「気にしないでくださいよ」

「三連覇も懸かってるのにさ、気持ちバラバラにさせてるし、みんなテニスへの意欲感じられないし……」

「先輩達、高橋のこと気にし過ぎなんスよ」



はああ、とため息を吐いて、赤也はラケット・リフティングをし出した。

決して楽しそうな表情ではない。何かを考えている感じ……眉間にしわが寄って難しい顔をしている。でも、たぶん今彼が考えていること、わたしも考えてると思う。



――ねえ赤也、どうすれば戻るかな。


ベンチに座って赤也の自主練習を見ながら考えてから10分くらい経った頃、昼休憩を終えた選手達が、各々伸びをしたり身体を伸ばしながらこちらに歩いて来た。


午後はシングルスのトーナメント戦。

今回の合宿で誰がどれだけ力をつけたのか目で見てわかるよう、またこれから大会に向けて改善すべき点を見つけられるように。



A、B、Cの3チームに分かれた。

わたしはBを担当することになった。選手の名簿を見た瞬間、嫌でも根眉が寄った。丸井がいる。お昼の時のこともあるから、できれば顔も見たくなかったんだけれど。



「先輩、離れちゃいましたね」

「うん……でも大丈夫、わたしには氷帝もいるから、心配しないで。赤也にも何かあったら、みんな守ってくれるから」


「氷帝って冷たいイメージありますけど、実はかなり仲間思いなんだってこと、この合宿でひしひしと感じたっス」



そうだね、仲間に対する思いは強いよ彼ら。

試合頑張ってねと言葉をかけ、わたしはBチームが集まるコートへ向かった。


氷帝からは侑士、長太郎、日吉。

四天宝寺からは白石くん、財前くん。

立海からは丸井、柳生。


ベンチへと入れば、侑士が寄って来た。



「どうしたの?」

「……矢紘、痩せ過ぎやで」

「あはは、最近食欲出なくて」

「合宿終わったら病院に行きや、点滴くらい打っとかへんとそのうち倒れんで」


「了解です。えっと、じゃあ並んでください、今からBコートでの試合を始めます」



トーナメントの表が書かれたボードを持ち、ベンチの前に立つ。

第1試合は日吉と柳生か……立海の立場としては柳生に勝ってもらわなきゃいけないけど、日吉には頑張ってもらいたいな。










「ゲームセット!
ウォンバイ日吉6−1」



あっという間だった。
柳生……確かにいつもは仁王とダブルスしてる奴だけど、シングルスだってダメなわけでもねえ。なのに、1セットしか取れずに試合が終了しただと?

こんなの幸村くんが聞いたら激怒だぜぃ。



「日吉お疲れ様ー!」

「どうも」

「もっと素直に喜びなよ!運良く勝ち進めたら景吾と当たるかもしれないんだからさ!ほら、ハイタッチしようハイタッチ」


「矢紘さん、仮にも立海生ですよね……?」


右手を軽く挙げ、日吉にハイタッチを求める矢紘……あいつ何やってんだよ。日吉の言う通り、おまえ立海のマネージャーのくせしてなんで氷帝の奴らと仲良く勝利の喜び分かち合おうとしてんだよ、ムカつく。



「喜んでるとこ悪いんやけど、日吉くんの次の次の試合で俺が負かしたるから勝ち進むんは無理やろうなあ」


「……下剋上上等」

「あらら、日吉に火ついた」

「本気でええで日吉くん。それと、中津さん、俺にも応援頼むで」

「うーん考えておく」


へらりと笑みを零す矢紘。んだよ、何なんだよ俺らの前じゃ一切そんな顔しねえくせに。

次の試合は俺と四天宝寺2年の財前。
2年相手に負けてられっかよ。グリップを握り締める手はいつも以上に力がこもる。



――イライラする。

口の中にあるガムは、もう意味をなさない。



「それじゃあ次の人、コートに入って」


スコアに結果を書きながらそう促す。

コートに入り、ネットを挟んだ反対側には生意気そうな財前が立っていた。



「どーも。お手柔らかにお願いしますわ」

「……」


「挨拶もナシですか。まあええですけど、この試合勝たせてもらいます」



クルクルと器用にラケットを回しながら偉そうな表情を浮かべる財前。ただでさえイライラしてるってのに、この顔は更にそれを増大させる。


「――Which?」

「ラフ」


「……スムース。んじゃ、サーブもらう」



ボールをポケットから出し、ベースラインに向かう。そんな俺の背に声援なんてない。


「財前くん頑張ってねー」


なんで敵ばっか応援してんだよ。
てか、あれなのか、矢紘は後輩を応援すんのが好きなのか?


いつかの赤也との試合を思い出す。
あの時もあいつ、赤也のことばっかり応援して俺に声援なんて一言もかけてくれなかった。


「ん?だってブン太は勝てちゃうでしょ?」



そんな言葉を言われたっけな。
……今じゃあそんなこと、言ってもくれねえだろうけど。



ムカつく、
イライラする

当然矢紘に

でも俺自身にも感じてる。


んな元気な声で敵を応援してんなよ。
――なんで俺には。

笑って話すんじゃねえよ。
――怯えた顔は見たくねえ。


イジメてる奴が楽しそうにすんなよ。
――でも泣くな。





「ほんとは前から気にしてたくせに、知るの怖いから逃げてんだろ……後戻りできねえからって、目背けてんだろ!!」





ギュ……、

「ふざけんじゃねえよっ!!!」



スッとトスを上げる。
まだ試合開始のコールはなかった。


さも以前から矢紘のこと信じてたみてえに、偉そうに言ってんなよ!

だったらあんな態度取るんじゃねえよ!
俺らと一緒に矢紘のこと散々蹴ったり殴ったりしてたくせに、なんなんだよ!!




「矢紘っ、危ない!!」


「――なに……っ!?」



パコォオオオンッ!


俺の強烈なサーブは、財前のもとじゃない。
ベンチに座る矢紘のもとへと一直線。周りには誰もいない。確実に、ボールは当たる。




これでしばらくは顔を合わせることもなくなるから悩む必要もない、と安心する一方で。


なに、やってんだ俺……。

恐怖にも襲われる。
これで矢紘の身に何かあったらどうするんだよ……笑顔も見られなくなるかもしれない。


矛盾。ああ、なんて不快なんだろう。




スパアンッ

「っ、」

「な、なんだよ、おまえ……」


「―え?」



矢紘の前に立ち、ラケットで俺のサーブを止めた人物。距離があったはずなのに、一瞬であいつを守りに行ったってのかよ。



「おい……おい何してんだよ!柳生!!」


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