そう、俺は、最初から気づいていた。
なんせ俺は詐欺師じゃからな、演技をしていることなどお見通し。中津の味方になろうと思えばいつでもなれた。
高橋の言うことをレギュラー達が信じた頃、俺は真実っちゅうもんを知っとるからか心に余裕があった。中津が俺を頼れば、いつでも味方になってやれるから。
「……なんじゃ」
プリントを配るために振り向いた中津はすごく驚いた顔をしていた。
「あ、えと……ぷ、ぷりっ‥」
「俺の真似か?」
「ちが、……ぷりんと。」
「知っとうよ」
怯えたような中津に、俺は心が痛んだ。
ここまでダメージを受けさせたのは、紛れもない俺のチームメイト。そいつらに関しては怒りも感じていた。なぜ気づかないのだと。
「泣いたか?」
「っ?」
前に向き直った中津に問う。尋常じゃない腫れ具合、去年テニス部のマネージャーになってからも泣いたことなど見たことがなかった、そんな中津が泣いたのだ。
「腫れとるの」
「気にしないで、何でもない」
「そか。」
頼れ、頼ってくれ中津。
たった一言でいい、「助けて」と言ってくれさえすれば俺はすぐにおまえの味方になる。……今思えば、こんなプライドなどすぐに捨ててしまえばよかったんじゃろうな。
次に中津と二人になったのは、中庭。
行く場所もなくフラフラ歩いて、偶然にも見つけた中津の姿は痛々しかった。
「……っ亮ちゃ、」
中津から漏れた誰かの名前に肩が揺れた。
俺らしくない、と苦笑いしながらも近づいて、余裕の表情を浮かべて話しかけた。
「彼氏か?」
「!?」
「ククッ、なんでここにって顔しちょるな」
「……」
「俺はサボり魔じゃき。突然フラッと現れてもおかしくないナリ」
「どっか行って。」
思い切り顔を歪め、顔を埋める中津。
冷たい言葉を聞いて眉間にしわが寄った。なんで、一言言わない……中津も思った以上にプライドが高いのかと思った。
「ひどいのう」
「ひどいのはどっちよ!?そうやって普通にわたしに声をかけないで……っ笑わないで!あんたが一番残酷っ」
――残酷。
ああ、そうじゃの……俺は残酷だ。
なにが真実なのか知ってるくせに、行動に移せない……おまえからの言葉がないと、動けない。
「――プリッ」
それからしばらくして、写真騒動が起きた。
中津が写真を撮っていたことなど俺達は知らなかった。だからこそ衝撃はかなり受けた。
しかしあの中津が写真を売る?
そんなこと、絶対にせんじゃろ。咄嗟にそう判断できた俺の脳は、すぐに怒りの矛先を高橋へと向けた。あいつは、一体どこまでする気じゃ。
部活に現れた中津に生気など見られんくて、こんな風になっとるのに気づかないレギュラーの目を疑った。すっかり毒されたのう。
なんて、あいつらに何か言える立場じゃないだろう俺も。結局、見ているだけなのだから。
本気でやばいと思ったのは、合宿に行く途中の休憩から戻ってきた時。椅子に体育座りをして顔を埋める中津。隠しているつもりじゃろうが、肩が震えてて、泣いているんじゃないかと焦った。
声をかけたかった。
声をかけて、早く言えと、言ってしまおうかと思った。それくらいに儚く見えた。
合宿中は目まぐるしかった。
参謀の行動にも目を見張る物があったのう。
木陰で休む中津に何かを言っていたようで、突然参謀の胸倉を掴み上げて怒鳴っている姿を見たのは驚きじゃった。
赤也にもまた、驚かされた。
まさか中津の方へつくとは思ってもみんかった……なんじゃ、俺は中津の気持ちだけやなくて後輩の気持ちにも気づかんのか。
2日目の昼前に見た忍足謙也との姿。
警戒することなく、自身の頭に忍足謙也の手を乗っけさせている中津を見て、ツキンと心臓が痛んだのを感じた。二人が別れた後、中津に声をかけてみたが冷たく返され離れて行く。
――俺も、ずいぶんと嫌われたのう。
食堂で二人になれたのはラッキーじゃった。
心も身体も傷だらけで、辛いはずなのに仕事だけはきちんとこなす中津。
「……なんじゃ、おまえさんだけか」
そんな言葉を口走ったが、本当は二人になりたくて、普通に接しさえすればそろそろ頼ってくれるじゃろうと思っていた。
「辛いか?」
「っ?」
「今、おまえさん辛いんじゃなか?」
「……どんな返答を望んでるか知らないけど、あまり話しかけないで」
そう言って再び料理を並べる作業を開始した中津に、もう何も言えまいと思った。
俺の望みどおりにはならない。
……違う、俺のこの邪魔なプライドが忌々しいだけじゃないか。
どうして俺から歩み寄れない。
中津に拒否された時が、絶望的だからかもしれん。あいつのこととなると途端に弱々しくなるのう、俺は……ハハッ。
「っ、なん、でもする……」
「は?」
「分厚いっ本も、難しい参考書も、全部、読むし……マナーも、きちんと、勉強する……!!」
何を言っているんだ、そう思った。
夜の8時、高橋から「矢紘先輩に倉庫前に呼び出されている」と知らされ、俺達が出向いた。繰り返される殴る蹴るの嵐。
好きな奴がピンチなのに、俺はこれでもかと思うほど何もしなかった。まさに、残酷。
「っもう辛いよ!」
外界からの痛さに縮こまっていた中津から出た声は大きく、そしてひどく俺を動揺させた。
辛い……そんなの当たり前じゃ。
だったらどうして、今まで言わんかった……!
ガッ、
「うっ、ぐぅうう」
「辛い?それをおまえが言うのか」
「あ゙、あがっ」
「高橋はおまえ以上に辛いのだ。陰でイジメを受け、そのことをずっと言えずに耐えてきた……その結果自殺未遂を何度としている」
真田が、中津の首を絞める力を強めた。
このままじゃ死ぬかもしれない。その相手が自分の好きな奴のくせに、案外冷静にそんなことを思っている自分を嘲笑いたくなった。
「それをわかっているのか貴様は!」
その時、中津が何を思ったのかは知らん。
けど、涙を流し始めた。
もうダメじゃ、あいつの心はもう弱々しい……なのに、まだ言わんのか?
パチリ、
まるで俺の想いが通じたかのように、中津と目が合う。今にも意識が飛びそうな、目。
「っ泣きたいのは高橋の方だろう!なぜ矢紘が泣く……おまえは、おまえはっ」
「おい真田、首締めすぎじゃないか」
早く、早く……
俺が望む言葉を言ってくれ。
一言、言えばいいんじゃ。
残酷なことをしていたと、思っている。
突き放すでも味方をするでもない、言わば傍観者の立場として存在していた俺。
許してくれとは言わん。
けど、これから先は守らせてほしい。
「 」
「!」
「俺は、テニス部を、乱す者を許さない……」
声には聞こえなくてもはっきりとわかった。
ああ、ようやく言ってくれた。
俺が一番望んだ言葉、「たすけて」を。
そこからは身体が勝手に動いた。
真田の鉄拳なんて、今までの中津の痛みに比べたらたいしたもんじゃない。
叩かれた頬。
痛いよりも何よりも、中津への懺悔。
今まですまなかった。
ずっとわかっていた、おまえが真実だと。
俺のプライドが……
いや、プライドのせいばかりにもできんな。俺が弱かっただけかもしれんしのう。
「ひど、いよ仁王……!」
「……」
「言葉なんか、待たないでよっ!今までずっと苦しくて、助けてほしかったのにっ」
「ああ」
「人の気持ちなんて、詐欺師の仁王にはお手の物でしょ!?どうしてわたしには―」
「好きじゃから」
そう、好き。
だから俺はお得意のペテンを使ったりもせずに中津の傍に居った。
「中津のこと好いとうから、気持ちを探るのは怖かった」
「そんな、の」
信じられるはずない、そうじゃろうな。
残酷な立場にいた。
本当に好きなら、助けての言葉を貰わなくたって助けられたはず……それができんかった俺はただの最低な奴。
でも、それでも、
中津を好きなのは変わらない事実。
好きだから怖かった、おまえがどんなことを思っているのか、どんな気持ちを抱いているのか。
ここまで来て、自分の哀れさに自嘲する。
何がプライドじゃ。
ここまで中津を弱らせたかったんか俺は。
「どうとでも言いんしゃい。俺は好きな奴すら守れない最低な人間じゃき……やけど、この気持ちを否定することはせん。
──矢紘、今まで、すまんかった……!!」
だからどうか、
これからは守らせてくれんか──。
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