「みんなー、ドリンクー!」
「冷えてるうちにどうぞー!」
1コ下の後輩である高橋菜子ちゃんと持って来たドリンクを倒れないようベンチに置き、レギュラーを大声で呼ぶ。
「菜子ちゃん、わたしタオル取って来るからみんなに配っておいてね」
「はいっ」
「あ、ブン太のだけは間違えないようにね」
「もう失敗しませんよ!」
わざと以前の失敗を思い出させるように注意すれば、菜子ちゃんは頬を膨らませた。その様子に微笑ましさを覚えながら、わたしは洗濯したばかりのタオルを取りに部室の裏側へとやって来た。
パサッ、
「柔軟剤変えてから、やっぱりいいかも」
「中津は専業主婦みたいやの」
「なっ、仁王!?専業主婦って、それはどういう意味ですか」
「プリッ」
「まあいいや。丁度いい、タオル半分持ってくれると助かるんだけど」
「人使い荒い奴はモテないぜよ」
「知らない知らない。さ、早く持って」
半ば強引に仁王にタオルを持たせ、残りの半分を持って先にスタスタと歩いて行けば、後ろからわざとらしいため息が聞こえた。ここで練習サボってたんだから、これくらいはしてもらわないと!
「モテなくて結構です!そういうのは高校生になってからでも遅くないもん」
「可愛げないのう」
「知らん。可愛い専門は、菜子ちゃんだけで充分でしょうが」
「高橋はどっちかと言えば美人じゃろ」
「あ、そっか……みんなー、新しいタオル持って来たから使って!」
コートの中には、昼間から使い続けていたタオルで汗を拭きながらドリンクを飲んでいるレギュラー達がいた。ちょっと持ってくるタイミング遅かったかな。
「あっ、矢紘先輩遅いっスよ!」
「このタオルもう汗びっちょで気持ち悪いんだよ、早くくれ矢紘!」
「わかった、わかったから」
ぐわっと近づいて来た赤也とブン太に後退りしながらも、新しいタオルを手渡した。そうすれば今までのタオルは用無し。ベンチにバサッと放り投げられたソレを見れば、汗と汚れで茶色くなっていた。
「うお、何このふわっふわ」
「柔軟剤変えたのー。そのタオル、結構使い古されてるはずなのに新品みたいじゃない?」
「え、新品じゃねーの!?」
「違うよ。でもいいでしょ?日頃頑張って練習してるみんなには、気持ちいいタオル使ってほしくてさ。ちなみに香りはお日様の香り」
「さっすが矢紘先輩!主婦の鏡!」
二カッと笑いながら言う赤也。うん、その笑顔はとっても可愛いし眩しいよ?とても自慢できる後輩を持てたと思うよ?
「なのになんで主婦とか言うかな」
赤也も、そして仁王も。
わたしまだ中3なんだけど。人生上手く進んだとしても7年後くらいじゃないと主婦にはなれないよ。大学進学だってちゃんと考えてるんだから!
「先輩、もしできなかったらいつでも言ってくださいね!」
「え?」
「俺に言うのでもよかよ」
「だから、何が?」
「「結婚相手」」
「ぶっ」
「……っ!弦一郎、この3人がー」
「はっ!?俺何も言ってねえだろぃ!?」
二人してバカにするんだから!あと、笑ったのも同罪なんだよブン太!
痛い目見ればいいと思い、弦一郎という名を口にすればビクッと肩を揺らす。そんな3人をちょっと可愛いなと思ってしまったのは秘密だ。これを言うとすごい表情をして怒るのだ。
「それより仁王」
「ん?」
「早くタオル渡してね。わたし、あと蓮二とジャッカルに配ったら他の部員にもドリンク持って行かなきゃだから。あっ菜子ちゃん、仁王のこと見張ってるんだよ?」
「はいっ!」
「……プリッ」
元気よく返事をする菜子ちゃんに、レギュラー達は任せた、と言い残りのタオル2枚を蓮二とジャッカルに渡して再び部室へと駆ける。
ドリンクを作って、タオルを入れるだけカゴに入れて。正直、マネ業はきつい。でも、みんなの頑張ってる姿見てると、支えてあげなきゃって思えるから。だから頑張れる。
「あ、」
蛇口を捻り視線を上げれば、丁度窓からレギュラー達と菜子ちゃんが見えた。楽しそうにやってる……あ、赤也が弦一郎に怒鳴られてる。ふふ、今度は何したのかな?
ドリンクを作り終え、さて持って行こうと意気込んだけど、さすがに一度にこの大きなジャグを2個と大量のタオルを持って行くのは無理だ。とりあえず、喉が渇いているだろうから先にジャグを持って行っちゃおう。
ガチャ
「矢紘がひとりで2個のジャグを持って行こうと無謀な考えを巡らせてる確率、100%だ」
「……無謀かどうかはわからないでしょ!人は見かけによらず!実はわたし、すっごい力持ちかもしれなっ、いっ……んだか、ら……っ重!!」
「当たり前だろう。いい加減学習したらどうだ、そうやって持って行っても途中でぶち撒けるのが目に見えている」
ぶち撒けたこと何回もあるから、今回もどうせそうだろうとは思ってた。でも、やっぱりさ、人間は日々成長する生き物であるから……と言いながら何度やらかしたことか。その度に弦一郎に怒鳴られて蓮二に呆れられる。そして赤也と仁王とブン太に盛大に笑われて……いい加減学習します。
「仕方ない。1個持ってやろう」
「えっ、いいよいいよ!わたしの仕事だし……どうしても無理ならジャッカルに頼むし」
「あまりジャッカルに苦労をかけさせるな」
「……じゃあ、お言葉に甘えちゃいます」
コートへ向かう途中、練習時間削らせてごめんねと謝れば「気にするな」と微笑んでくれた。なんだかんだ優しい人ばっかりなのだ、テニス部は。
パコーン、パコーンッ
「へえ、ラリーすごい続いてるね」
「あっ先輩!」
汗だくとなったタオルを洗濯機に任せ、洗い終わるまでの間はみんなのプレーを見ようかとコートに足を運べば、赤也とブン太が試合中だった。
「赤也頑張れー!ブンちゃんに勝っちゃえ!」
「ちょ、俺の応援はしてくれねーのかよ!?」
「うん。期待のエースを応援中!」
「即答っ!?」
「あ、ブン太、ボール」
「へ?」
赤也の応援をしていれば、対戦相手であるブン太になぜか絡まれ、試合中にも関わらず会話を挟むブン太。そのせいで簡単に取れるはずのボールを取り零すというミス。いや、わたしは別に悪くないよ。集中切らしたブン太が悪いんだ。
「よっしゃ!矢紘先輩、ナイスっス!それから丸井先輩、この試合俺が勝たせてもらいますから」
「くそっ、まだ終わってねーぜ切原!!」
「行け赤也!勝利まであと2ポイント!」
「つか矢紘、応援は心の中でしとけ。ぎゃーぎゃーうるせぇから集中できねえだろぃ」
「外野の声も聞こえないくらい集中すればいい話でしょ?じゃ、赤也頑張ってね」
そろそろ洗濯も終わった頃だろうと、コートに背を向けて走り出せば、後ろから元気な「はいっ」という声と「最後まで赤也かよ」と拗ねたような声が聞こえた。
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「よし、洗濯物終わり!」
パタパタパタと風に揺れる真っ白いタオルを見て、額に滲んだ汗を拭う。今日の天気の良さならすぐに乾くだろう。
カゴを持ち、部室へと戻る。マネージャーをやり始めた頃は、部室に長居なんて(ちょっと汗臭いし)耐えられなかったけど、今では日々ノートをまとめるのに申し分ない場所だった。
窓からコートが見える=みんなの練習風景が見られる。ここならテーブルもあるし、わざわざベンチに座りながら頑張らずとも、きちんとした字で書ける。
「でもま、ただの観察日記だけど」
これバレたら怪しがられるかな、なんて思いながらノートを開いてペンを走らせる。
書いてある内容は至って単純、みんなの体調、新たな発見、1日のまとめ。
本当にただの自己満足用のノートだけど、これを書いていることによって、ただ見ているだけじゃ気づかない部分に気づかされることも多いのだ。それが結果的に彼らのためにもなるし。
「あ、忘れてた忘れてた」
ノートをしまい、代わりに鞄からデジカメを取り出して部室の外へ出る。これもバレたら怪しまれ……というよりも変態って言われそう。実際友達に言われたこともある。
こっそりと移動して、コートからは死角になる場所でシャッターを切る。被写体はもちろんレギュラー達。
撮ってて思うけど、(絶対にしないけどね!)この写真は売れるだろうなーと。
デジカメを通してコートを見ていれば、どうやらさっきの試合が終わったらしい。持って行ったら蓮二や仁王にバレそうだと直感し、部室にもう一度戻り、鞄の中にきちんとデジカメをしまってからコートに向かった。
「お疲れ様です、丸井先輩、赤也くん」
「おう」
「ちくしょー!矢紘先輩に応援してもらったってのに負けちまったあああ!」
「実力の差ってやつだろぃ」
「うぐっ……丸井先輩、ムカつくっス」
「でも赤也くんすごい頑張ってたよ!」
試合の終わったブン太と赤也にタオルを手渡す菜子ちゃんはとても笑顔。あの笑顔を見せられてしまえば、疲れなんて吹き飛んじゃうんだろうな。
とても和やかな雰囲気で、写真に収めてしまいたいと思ったけど、我慢!3人の会話に加わろうかとちょっと駆け足で向かったが、赤也はどこかへ行ってしまった。
「あ、やっべ。糖分足りねえ……」
「え!?」
「なんじゃブンちゃん、今日はポケットにガム入れてないんか?」
「あー忘れたー。高橋、持ってねえ?」
「も、持ってないです。」
「矢紘〜〜〜」
「はいはい。だろうと思ってました」
ベンチに座り、背凭れに頭を預けてぐだーっとしているブン太の後ろから近寄り、頬にペチッと当てるようにしてガムの存在を知らせる。そうすれば、途端に疲れた顔からパッと表情は明るくなり、ガムを受け取るなりすぐさま口へと放り込んだ。
「くくっ、ブンちゃん、餌付けされとる」
「試合お疲れ様の意味も込めて。やっぱり強いね、ブン太は」
「……赤也の応援ばっかしてたくせに」
「ん?だってブン太は勝てちゃうでしょ?」
「…………っ」
「信頼されとるのう、丸井」
色々な大会を通してブン太のプレーを見てきたけど、本当に強いと思う。もちろんそれは、レギュラー全員に言えることなんだけどね。
変なことを言ったわけじゃないのに、ブン太は急に膝を持ち上げて、ベンチに体育座りするとそのまま膝に顔を埋めてしまった。その行動に小首を傾げていると、仁王のクツクツ笑う声が耳に届く一方で、隣で静かに立っていた菜子ちゃんがこちらを見ていることに気づいた。
「どうしたの?」
「っいえ!」
「そう?わからないこととか、気になったことがあったらいつでも聞いてね、教えてあげるから」
「あ、はい。ありがとうございます。じゃああの、今度ちょっと聞いてほしいことがあるんですけど、いいですか?」
「もちろん!っと、もうこんな時間だ」
早くタオルを取り込んで畳まないと!
菜子ちゃんには空になったボトルを回収するように言い、わたしは部室へと戻った。
これが、楽しくて活気に溢れ
とっても自慢できる
わたしにとって、最高の部活だった。
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