「――〜〜、――。」
「〜〜っ!」
声が、聞こえる。
耳から伝わってきた刺激に、わたしは段々と意識を戻した。閉じていた瞼を開けば、目の前には白い天井が広がっていた。
「……っいた、」
身体を起こそうと力を入れてみれば、電気が走ったかのように鋭い痛みが身体を襲った。
「!起きた!?」
「よ、よかったぜ……」
「矢紘さん、心配したんですからね!?」
「ジローちゃん、岳人、長太郎……みんな」
涙目の3人の後ろには、氷帝が勢揃いしていた。何が起きたんだっけ……?
「あのよ、矢紘」
安静にしてろよと言い、再びわたしをベッドに寝かせる岳人の後方から、気まずそうに亮がこちらに寄って来た。
「さっきは悪かった」
「え?」
「俺らもさ、ちゃんとわかってなかったんだよおまえのこと。だから、頑張れだなんて」
「うん。わたしも、ごめん」
言い過ぎちゃった、と苦笑いを浮かべる。
「矢紘さん、もっと俺達を頼ってください!
挫けたっていいんですよ、気を張って頑張らなくてもいいんです……俺達、先輩の支えになりたいんですから!」
「……長太郎」
「なあ矢紘、夕飯はどないする?」
そう尋ねてきた侑士の言葉に、わたしは腕時計を見て時間を確認。もう8時になっていて、彼らはすでに食事を済ませているだろうことを理解した。
「ううん、食欲ない」
「Aー!?ちゃんと食べなきゃダメだC」
「ほんとに、食べたくないの」
「俺らこれからミーティングあるけど、矢紘ひとりで大丈夫か?」
「うん、平気」
何かあったら連絡入れろよと景吾が言い、みんな部屋から出て行った。
静かになった部屋。
外からは、何やら賑やかな声。四天宝寺の人達だろうか……たぶん、一番元気な声が金ちゃんだろうな。
フッと目を閉じた。
まだ1日目始まったばかりなんだ。明日もまだ榊先生は来ない。生徒だけ。
練習、顔出したくないなぁと思っていた時、静かに扉がノックされて。
・
・
・
・
・
「……はい」
部屋の中から聞こえた先輩の声に、身体がびくりと跳ねた。
切原っス。そう言えば、矢紘先輩からの返答はなくなった。やっぱり無理かと思い、諦めて踵を返そうとした時、小さな声で入室を許可する言葉が聞こえた。
キィ、
「失礼します」
今までになく礼儀正しくなる。
ほんとは今ミーティング中だが、腹が痛いってことにしてここに来た。副部長に怒られるかもしれないことをしてまで、今は矢紘先輩と話をしたかった。わかってほしいから。
「何の用」
「身体、大丈夫っスか」
「は?落とした人が、何言ってんの」
「え」
その言葉を聞いて、固まった。
落とした?
いや、落としてはない。あれは事故だった。
「嘲笑いに来たんだ?心配してるフリして、本当は」
「先輩!!」
「なんだか遠い思い出なんだ。立海で楽しく過ごしていた日々……もう戻れないけどね」
「矢紘先輩!」
聞いて、聞いてくれよ。
違う……俺は本当に、心配だった。今更こんなこと思うなんてバカじゃないかって言われるのわかってる、けど、俺はずっと!
「許さないからね、切原。──許さない」
「!」
スッと見据えられた矢紘先輩の目は、もう俺の言葉を聞くことはないと訴えているようで。
今まで何もしなかった罰か?
ハッ、嗤っちまう。
だったらどんなことされても、先輩のこと守ってやるべきだったのかもしれない。
……遅すぎるっつの、こんな後悔。
「話、聞いてください」
「いや」
「んで……っ聞けよ!」
「っ!なに、脅しでも、するの」
ビクッと肩を揺らす矢紘先輩を見て、俺も怯んでしまった。
伝えてぇのに……ほんとに。なのに、もう無理だってのか?もう、矢紘先輩は俺の話すら聞いてくれないのか?
「すんませんでした」
「……」
「今まで、すみませんでした」
頭を下げて、謝る。
他人にこんな風に謝るのは初めてだ。
だから、届くと思った。
「謝ったって、許さないから」
冷たく言い放たれた言葉に、絶望。
ああ、無理なのか。
ギュッと固く握っていた拳は緩んで、俺はそのまま部屋を後にした。
「くそっ」
頬を濡らした生温い水をグッと拭い、俺は部屋へと戻り、ボフンと音を立ててベッドに寝転がった。幸いにも副部長はまだ戻っていない。
「戻す。戻そう、全部、もとのテニス部に」
弱い自分はもう要らねえ。
トラウマなんて関係ねえよ、もう……矢紘先輩の弱ってく姿は、見たくないんだ。
「すんません、部長。覚悟決めるの、遅くなっちまって」
・
・
・
・
・
ギィ……
「元気だな」
痛みもだいぶ引いた身体を起こし、わたしは窓を開け放ち外を見た。あ、花火やってる。
さっきの切原はなんだったんだろう。
何に対しての謝罪?
今まで暴力振るってきたことについて?
なんで今更。
階段の近くで何をしてたんだっけ。
切原と何かあったとは思うけど、詳しい内容が思い出せない……わたしが気に食わないことを言って、突き落としたんだろうとは思うけど。
ガッシャァアアンッ!!
「何を言ってるのかわかってるのか!」
はあ、とため息をついたのと同時だった。
何かが割れる音。
それから怒鳴り声……これは、真田の?
ざわりと嫌な予感がした。
わたしに関係ないことならいい。
その気持ちとは裏腹に、身体は何かに怯えるように震え出し心拍数も上がっている。
外にも響いたのだろう。四天宝寺の人達も驚いて、花火をする手を止めて全員が別荘の中へと駆けて行った。
パタン、
「……関係ないと、いいな」
窓を閉めてからよろよろと歩き、ベッドに腰を下ろして暗闇に溶け込むように息を殺した。
ドクン、ドクンと響く心音。
ギュッと拳を握り締め、時が経つのを待つ。
変な気持ち。
まるで……、わたしがいけないことをしているみたいだ。
バンッ!!
「!?」
「先輩ひどいじゃないですか!
赤也くんに何か吹き込んだんですね……っ、私何もしてないのに、どうして殴られなくちゃいけないんですか!?自分の後輩使って楽しいですか矢紘先輩!」
「おいっ落ち着け高橋!」
「放してくださいジャッカル先輩!っ、矢紘先輩にはガッカリしました。私だけならまだしも、赤也くんまで使うなんて……!」
突然扉が開かれたと思えば、ものすごい剣幕で怒鳴りこんできた菜子ちゃん。桑原に止められながら叫ぶ菜子ちゃんは、最後には涙をポロリと流してその場に崩れ落ちてしまった。
それは演技なのかそうじゃないのか。
わからなかった。
とにかく、頭の中が混乱していて。
「おいっ、大丈夫か矢紘!?」
「大丈夫かって、それはあいつに言うセリフじゃねぇだろ」
「テメェはすっ込んでろハゲ」
それから入って来たのは亮だった。
わたしの傍に駆け寄ると、彼も今どんな事態が起きているのかよくわかっていないらしく、ポカンとした表情でいるわたしを見て、眉間にしわを寄せた。
「何が起きたんだよ?」
「わからない。急に物が割れる音がして、真田の声がして、それから彼らが来て」
「しらばっくれんのかよ矢紘!あいつ、いきなり高橋のこと殴ったんだぜ……どう考えてもおまえが何か脅しを言ったんだろ?」
わたしが脅した?
切原は脅しに怯えるような人間だったっけ。
ああ、もしかして……
「許さない」
「え?」
「許さないって言った」
それしか記憶にない。
「赤也くんに聞きましたよ先輩。階段から落ちたそうですね……事故だって聞きました。もしかしてそれを、赤也くんが突き落としたってことにして脅してるんですか!?」
「おい、ふざけたこと言っ」
「事故?」
「っ矢紘?」
「階段から落ちたの、事故なの?」
教えてと亮を見ながら言えば、切原伝いに聞かされたことだが、と話し始めた。
「切原が廊下で会って、どこか行こうとした矢紘の腕掴んで止めてさ……びょ、あ〜、おまえのことわかってるって言ったら、おまえさ、あんま他人から同情されるの嫌いだろ?
だから、そん時に無理やり切原の腕から逃れようとした結果、勢いが良すぎて階段の方に倒れたんだよ」
「今、どうなってるの……」
亮から気かされた事実に、心臓が早鐘を打つのを感じながら今の現状を問うた。
「赤也の頭を冷やしてるぜ」
答えたのは桑原だった。あいつがおまえの脅しに怯えるなんてな、と苦笑いを浮かべながら言い放った。
「高橋、もう行くぞ」
「はい。……先輩、もう部活を乱さないでください」
「は、なんだあいつ」
桑原の言葉に従いゆっくりと立ち上がった菜子ちゃんは、部屋を出る前に、そう言い捨て去った。
その言葉に亮は相当イラついているのか、低い声で言いながら彼らを睨みつけていた。
切原は、何をしたいの?
頭が混乱する。もう、グチャグチャだよ。
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