永久 | ナノ


パコーン、パコーンッ

「おい長太郎、ちゃんと気合い入れろ!」

「はいっ」


全部で7面もあるテニスコートのひとつ、水道に一番近いコートでは亮と長太郎、侑士と岳人のダブルスペアが打ち合いをしている。

気持ちいい音。
こんな風にテニスを見るのは久しぶりだ。



最初は各校ごとにアップ。

その間にマネージャーであるわたしは、ドリンクを作ったりボールの準備をしたりしなければならない。



「おい矢紘」

「ん?」

「あそこに最近使ってなかったボールがある、状態を見て、使えそうなら持って来い」


「言われなくてもやるつもりだったよ」

「そうか。さすがだな」


そう言い、景吾はコートへ戻った。

ボトルに水を入れながらチラと、使っていなかったボール、を見たが結構な量で、骨が折れそうだなと思った。


ドリンクも3校分ある。作り終えてからじゃ、さすがに間に合わない……アップが終わればきっと入り混じっての練習なり試合なりをするだろうから。



菜子ちゃんに、言うしかないなぁ。



キュ、と蛇口を止め、中に入っている粉が飛ばないようにと蓋を閉めてから、奥のコートでアップをしている立海のもとへと向かった。



パコーン、パコーン

「やっぱ設備いいと快適だな」

「そうじゃの……っと、中津が来よったぜよ」


入口に手を伸ばし中へと入れば、みんなの視線が一気にこちらを向いた。


「何の用だ」

「菜子ちゃんに、用がある」

「えっ、私にですか?」

「ここでは言えないことなのか?」


「……ドリンクを作ってほしいの」



本当は命令系にでもしてしまいたい気分だけど、ここでそんな口を聞いたら叩かれる。



「ドリンク〜?んなの矢紘が作っときゃいいだろぃ?高橋ばっかり押しつけんなよ」

「じゃあ、ボールの」

「矢紘がやればいいんじゃねえか?」

「普段サボってる分、この合宿で一生懸命働いたらどうでしょう?」


菜子ちゃんを守るように、ズズッと彼女の前に立つレギュラー達。

チラと菜子ちゃんの顔を見れば、困っているような表情をしていたけど、口元だけは誤魔化し切れていなかった。すごく、歪んでる。



「──わかった」



折れるしかなかった。

これ以上言ったって、返ってくる答えは一緒だと思ったから。


視線を落としてその場を後にする。

水道に戻って来て、一度深く深呼吸をしてから蛇口を捻り、水を勢いよく出した。



ジャーッ

「……、」


1校分しかまだ作れていない。
次は好みのわかっている立海を作るとして……四天宝寺の人達は、みんな普通の濃さくらいで大丈夫だろうか。そう思いながらボトルに手を伸ばすも、そこから水を入れるまでの動作に至らない。



だらん、と腕を脱力させながら、日陰を求めて移動していると丁度良い木陰ができていたので、木の幹に寄りかかりながら座った。




景吾に怒られる。

そんなことを思ったけど、今は何もする気が起きない。なにもかもが、面倒くさい。


ボーッとする、だるい、身体が火照る



なんでこんな場所に来たんだろう。


なんのために来たの?

みんなをサポートするため?


みんな?

みんなって、だれ?

氷帝?立海?四天宝寺……?


見返りなんて求めてないけど、こんなに耐えて頑張ってるわたしを、少しは労わってほしいよ。


じゃなきゃ、ほんとうに



「なんのためにやってるんだか」


ボソリと呟いた声は、虚しく響いた。

少しやる気が出てくれるまで、目を瞑ってゆっくりしていようと瞼を閉じたと同時だ。



「水が出しっ放しだったぞ」

「……」


「おまえに聞きたいことがあってな」



そう言い近づいて来たのは柳だった。

聞きたいことを教えるつもりもないのに、柳はわたしの目の前まで来て、まるで見下しているかのように立った。


「2年の時、氷帝から転校して来たな。
それはなぜだ?東京には、おまえの両親……いや、正確には祖父母がいるはずだろう。中津財閥ならば贅沢過ぎる生活が暮らせるからな。
だがおまえは越して来た。その暮らしを捨ててまで、こちらに来た理由はなんだ?」




それが、柳の揃えたデータすべて?

だったら笑わせる。
わたしが中津財閥にとって何であるのか、どのような存在であったのかわからないのならば、そのデータはただのゴミだ。



「──症状を軽減させるためか?」



今まで閉じていた両目が、スッと開かれた。

その言葉を理解するのに数秒もかからない。わたしの目を捉える鋭い目は、何もかも知り尽くしていると言っているかのようで。



「は、何言って」

「合宿前、精市の所に見舞いに行ったな。その時におまえの突然の症状が気になってな……すまないが、医者に聞かせてもらった」


聞いた?医者に……?


知られた、柳に

わたしが自律神経失調症であることを。



こんな、気持ち悪い症状を──!!



ふざけんなっ!


そう思ったらどんどんイライラしてきて。
気づけば、わたしはバッと立ち上がって幾分背の高い柳の胸倉を掴み怒鳴り散らした。


「急に吐いたのが気になって医者に聞いた?
ねえ、そういうのさ、普通本人の許可を取ってから聞くもんじゃないの。今まで、わたしが言わなかったのは知られたくなかったから。
そんなの、柳くらい頭が良ければ、すぐに察しがつくことでしょ……何がすまない、よ。謝る気もないくせに!!

どうせ、この後みんなにも言うんでしょ!
わたしは自律神経失調症っていう病気で、突然吐いたり目眩起こしたり倒れたり、気持ち悪い病気にかかってるんだ……ってさ!?」


ほんと、嫌になるよねこの病気。

こうして怒ってるのに、どこかめんどくさくて投げ出したくなって。


自分のことを言われているのに、どこか他人事のように聞こえたりもして。




「言いたいことはそれだけか?」


動揺もしない柳の声に力が抜けた。

自嘲気味に笑みを浮かべながら胸倉を掴んでいた手を離し、わたしは別荘の方へと覚束ない足取りで向かった。


「どこへ行くつもりだ」


答えるのもだるい。
今は誰とも口を聞きたくない、自分の声も聞きたくない。わたしと世界を、遮断してしまいたい。



ああそうか、

いっそのこと、

このまま、



消えてしまえばいい。




わたしが消えれば、

テニス部からの暴力もなくなる。祖父母からの威圧も、将来のことも、なにも苦しい思いをしなくて済むんだ。


別荘へ入り、そのまま向かうは厨房。

今はシェフの人もまだ来ていない。景吾の話によると、到着は夕方頃だと言っていた。



ギィ、

「……」


厨房へ入ってすぐ、わたしはすぐに手当たり次第に棚を漁った。あれがどこにあるかなんて、初めて来たのだからわからないし。


10分、20分、


探しても探しても、見つからない。



「なんで……なんでよっ!?」


バンッと床に拳をぶつけ、悔しさに唇を噛み締めながらごろんと寝転がる。


もういや、

こんなとこ、来なければよかった。



イライラしたり、だるくなったり、

気持ち悪くなったり、急に悲しくなったり、



こんな自分、だいきらい。


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