「ほう、氷帝と四天宝寺と合同合宿か」
部活の時でもよかったのだけど、休み時間の時の方がボールも飛んで来ることはないしほんの少しだけ平和。
A組には真田の他に柳生がいる。
わたしの目の前には席に座ったままの真田、その隣に柳生と、そして何か用事でもあったのだろうかA組にいた柳。ああ、威圧感。
「参加するのか?」
「ああ、いい刺激になるだろうからな」
「話を聞く限り、氷帝と四天宝寺にマネージャーはいらっしゃらないようですが」
「こちらから出す他ないだろう」
「……わたし、」
「行かないとは言わせないぞ」
ああ、やっぱり。
有無を言わせない目がわたしを黙らせる。
「しかし弦一郎、矢紘が行くとなると高橋が怯えるのは間違いないだろう」
「だが高橋だけに負担をかけるわけにはいかない。矢紘」
「は、い」
「何か不祥事を起こせば……わかるな?」
ギラリと光る真田の目。
わたしにそんなことを言われても困る。
何か事を起こすか起こさないかは菜子ちゃん次第で、わたしが何かするわけじゃない。
他校が来るからって、菜子ちゃんは静かにしていないだろうな。なんせ氷帝も四天宝寺も彼女好みの男の人ばかりだから、わたしが少しでも仲良くしていようなら容赦しないだろう。
「……わかってる」
用事はそれだけだと言い、一刻も早くこの場から離れようとA組から飛び出し、B組へと入る。
昼休みだから生徒は少ない。
トボトボと歩いて自席へ着き、ボーッと外の景色を眺める。
わたし、とんだ嫌われ者だ。
でもこればかりは自分ではどうしようもできない。菜子ちゃんのこと、本当のことを言ったって誰も聞き入れてはくれないのだから。
僅かながらも感じる冷たい視線から逃れるように、ポケットから携帯を取り出す。後で真田から連絡が入るだろうけど、わたしからも伝えたい……というか、辛い思いを少しでも紛らわせたいから。
プルルル、プルルルル
コール音が長く感じる。
──はやく。はやく、電話に出て。
プルルr
「っもしもし」
『どうした?』
「……ん。合同合宿、出るって」
『おう、跡部に伝えとくぜ。それより大丈夫かよ?切羽詰まったような声出しやがって』
「大丈夫なら、電話してない」
『わかったわかった。んな怒んなよ』
「別に怒ってない」
『落ち着けよ?今の矢紘はすぐに感情コントロール不能になるんだからよ』
その言葉に素直にうんと頷く。
氷帝のみんなに会えたから落ち着いたと言えば落ち着いたけど、でも、家にいるとイライラばかりしてしまう。今日は朝からお皿を割ってしまったし。
「もう電話切るね。なんか疲れちゃった」
『……わかった。じゃあな』
ブツリと切れる電話。と、同時にまた不安で仕方なくなる。
繋がっていたいと思うのに、そういう気持ちに疲れてこちらから断ってしまう。
やだ、大嫌い。こんな自分大嫌いだ。
携帯をギュッと握り締めたまま、机に突っ伏して外界の光を遮断する。その時に触れた額は、多少の熱を帯びていた。
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「今日部長のお見舞い行くんスか!?」
「ああ」
部活終了5分前、レギュラー陣とマネージャーだけが真田に呼ばれたかと思えば、お見舞いついでに合同合宿をすることを伝えると言い出したのだ。
「矢紘も、連れて行くのか?」
桑原が不服そうに言う。
そうだよね、こんな元凶みたいな人間と一緒に精市のお見舞いなんてしたくないよね。
わたし行かなくていいよ。
みんなは知らないだろうけど、週1でお見舞い行ってるし、つい二日前に会った。
「連れて行くということを報告しておいた方がいいだろう……後々の対応も素早くできる」
「それって……あれ、だよな?」
「マネージャーを辞めさせるということだ」
少しだけ悔しいと思った。
わたしが事を起こすわけでもないのに、勝手に決められて精市に話して退部にさせられる。
別に構わないけれど。そちらが辞めろと言うのなら、辞める。
続けようって意志はあるけど、退部を迫られてもなお続けようとは思わないから。
「しかしそれでは、高橋さんに負担が」
「柳生先輩……私は大丈夫です!もし、仮に合宿中矢紘先輩が何か起こして退部になったとしても、今以上に働きますから……でも、少し寂しいです、それはそれで」
「何言ってんだよ。おまえ、散々イジメられておいて……はぁああ、ある意味感服するぜぃ」
「まあ話を勝手に進めんな。中津が辞めるかは幸村が決めることぜよ」
「そうですよね。先輩、合宿中は変なことしないでくださいよ!?私がどうじゃなくて、テニス部の評判がまず落ちちゃうんですから。そんなの、みんなのことが大好きな先輩にできるはずないですよね……?」
若干怯えながら、でも、皮肉を込めたような言葉を吐き出す菜子ちゃん。その言葉に返事をすることなく俯いた。イライラした顔を悟られないよう、怒鳴りたい衝動を抑えるように。
──ただ、頭だけでは抑えられない。
だから、見えないように、グッと爪が食い込むほど力強く拳を握り締めて。
ガラガラ
「やあ、みんな待っていたよ」
「体調はどうだ?」
「うん、大丈夫」
最近は気分もいいんだ、と嬉しそうな口調で真田に返答する精市の声を聞いて、今すぐに引き返したくなった。
わたしがいたら、笑顔が消える。
ああ、いや、
……いや、いやだ。
帰りたい。
家に。
ひとりになりたい。
ううん、いや、ひとりもいや。
みんながいい。
景吾達と一緒が、一番落ち着く。
「──っ」
精市の病室を目の前にして、足が竦んだ。
引き返すなら、今。
でも精市に悲しい思いもさせたくない。
会いたくなかったわけじゃない。ただ、みんなと一緒にいるから……。
「部長聞いてくださいよー!」
「なんだい赤也」
「仁王先輩ってほんとひどいんスから」
「騙される赤也が悪いんじゃ」
「なぁ幸村くん、ケーキ買って来たんだけどショートケーキは俺が食っていい?」
「ああいいよ。ただし太らないように」
「プッ、丸井デブン太先輩」
「おい切原、今なんつったぁ?」
みんなと一緒にいる方が、楽しそう。
わたしと話してる時よりも断然。
やっぱり要らないんだよ。
必要ないんだよ、わたしなんか……精市は信じてくれると言ったけど、ほんとはわからない。
心の中では、嘲笑ってるのかも。
こんな考えダメだってわかってる。
でも無理。次々と頭の中でグルグルと回る。
気持ち悪い。吐きそう。
「っ、はぁ……はぁ、……」
手で頭を押さえつつ、壁に身体を預ける。
みんな精市のことばかりだから、わたしのことなど気にもしていない。好都合だけど。
「ゔ……っ」
はあと息をついたのも束の間。
胃から何かが込み上げてくる感覚……ああ、吐き気抑えられそうにない。
バッと口元を押さえ、トイレはどこにあるのだろうと天井に吊り下げられている案内板を見、遠くの方に位置していることが把握できた。
病室をチラと一瞥して、みんながこちらに気づいていないのを確認すると、ダッと床を蹴り気持ち悪いのを我慢しながら走り出す。
「……、矢紘先輩?」
一番後ろにいた菜子ちゃんだけは気づいて、少し不安そうな声色で名前を呼ばれた。
「え、矢紘が来てるの?」
「逃げたんか」
「ちょ、俺引き留めて来るっス」
「先輩!矢紘先輩、逃げるんスか!?」
ダダダダ、と追いかけて来るのは切原。
他のみんなはきっと来ない。
一応この場が病院だってことをわかってるから、追って来るとしても走りはしない。
もう少しなのに。
もう少しで、着けるのに、どうして……!
グイッ
「戻りましょーよ」
「放、して……っおね、がいだからっ」
「……先輩?」
「っ放して!!」
掴まれていない方の手で、思い切り切原の胸板を押せば思いの外安易に離れて。
しかしそれと同時だった。
胃から込み上げる……床にするわけにはいかないという気持ちが最後まで働き、丁度横に設置してあった水道へと顔を持って行った。
「ゔ……っ、ゲホッ、っっ」
胃に溜まっていたモノが全部出るような、それくらいの勢いだった。急いで蛇口を捻り、汚物を下水道へと流す。
あまりの辛さに涙が出る。
もう、いやだ。本当にいやだよこんなの。
なんでこんなに、つらいの……。
「ゲホッ、は、はぁ……っゲホゲホ、ん」
終わった。終わったけど、見られた。
未だ乱れた息のまま、蛇口を捻り水を止め、しばらくその場で立ち尽くした。
「せん、ぱい……」
「見るな」
細々と切原の口から、先輩、と聞こえる。
気持ち悪いよねこんなの。
「帰る」
「え、でも」
「調子が悪い。これ以上いたらどうなるかわからないから帰る、じゃあ、合宿の日……にね」
目を合わせることはしない。
どうせ見たところで向こうが見てないだろう。
何の前触れもなく吐き出す人間、普通なら気持ち悪く思うはずだ。
だってわたし自身、──気持ち悪いって、思っているから。
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