永久 | ナノ


「え……合同合宿?」

「ああ」


結局なぜ呼ばれたのかもわからず、ただわたしが泣いただけで終わってしまった。

あれだけ泣いて、何もないなんて、関係ないなんて言えるわけもなく、わたしは素直に立海での出来事を彼らに話した。


やっぱり、みんな怒った。

どうして早く言わないのか、俺達じゃ頼りないのかと怒られてしまった。そのことに精神が不安定になっていたわたしは逆ギレしてしまいそうになったけど、彼らは心配して怒ってくれている。そう、言い聞かせて、気持ちをスッと落ち着けさせた。


「次の週、ゴールデンウィークだろ?」

「うん」

「他校と練習することで、緊張感やら色々な刺激を与え与えられたいんだとよ」

「ふーん……頑張ってるね、氷帝」

「そりゃあな」


「それはわかったけど、わたしってその合同合宿をするということを聞くために東京に呼ばれたの?」



少しの間。

それから亮は困ったように笑った。



「ファックスじゃダメだったのかな」

「いや」

「……。」

「跡部がさ、……てかみんな、矢紘に会いたいって言うから、来させた」



悪かったよ、と素直に謝る亮。

そのことに別にいいよと返答する。こっちに来られたお陰で、泣いたお陰で、少しだけ今までの辛さが減った気がするから。


「で、合同合宿はどこが?」

「俺達と立海、それから四天宝寺」

「大阪からも?でも意外、青学は参加しないんだね」


「今回は都合が合わねえみたいだぜ」


「とりあえず出掛けようか。さっきから景吾からの着信が絶えない」

「あいつ……ストーカーかよ」


その着信に出なかったわたしも悪いのだろうか。でも、亮との会話を中断するのも悪いじゃない、ね。
一番付き合いが長いのが亮と岳人とジローちゃん。誰の家でも大丈夫だったけど、みんなの準備が終わるまで暇だったので亮の家にお邪魔してしばらく寛いでいた。



バタン、

「あ、昼間より涼しい」

「そうだな」

「で、どこで待ち合わせだっけ?」

「いつもんとこだぜ」

「ああ……今も、みんなで食べたりするの?」


跡部の気まぐれでなと苦笑気味に言う亮の言葉に、羨ましいなと思ってしまった。
氷帝テニス部レギュラーは練習後や試合後に、景吾の奢りでファミレスや焼き肉屋に食べに行ったりするのが当たり前で、その時の待ち合わせとして使われるのが街中に建つ時計台。


今日もそこに集合。

集合場所が見えてくれば、景吾だけが痺れを切らしたような顔をして立っていた。他のみんなは談笑してるのに……ふふ、相変わらず。




「遅いぞ」

「ごめん、色々と理由聞いてたの」

「矢紘、矢紘!早く遊びたいC」

「少し落ち着けジロー」

「だって久しぶりなんだよ!?これで大人しくしてろって言う方が無理だC……ね、宍戸」

「はっ!?俺に振るなよ」

「そこは俺に振れよジロー!」

「先輩達、はしゃぎ過ぎですよ」


本当、はしゃぎ過ぎ。
1コ下のはずなのに、日吉の方が大人っぽい。

でも全員に言えることは、人の視線を集めること。今も、同じくらいの年代の女子から年上の綺麗な女性まで、多くの熱い視線を浴びてる。


早くどこか行こうよと言おうと口を開いたと同時に、パチィーンと音がした。

見れば、景吾が腕を上げていて。指を鳴らした後なのだなとすぐにわかった。しかし試合でもないのにやられるとただの恥ずかしい人だ。



「こんなとこで長居してんのは時間の無駄だ。今日はとことん遊ぶぞおまえら!」

「よっしゃー!」

「跡部の奢り!?奢りだよね!?」

「ああ」


「……太っ腹」

「そりゃ跡部良いとこのお坊ちゃんやし、あいつ自身俺らにお金を使うことが大好きなんやろ。ほら見てみ、あの生き生きとした顔」

「ほんと、輝いてる」


歩き出すイケメン集団の中、女はわたしだけだから周りの視線が痛い。でも、それを少しでも紛らわしてくれるほど彼らは楽しいから、構わない。よし、今日は思う存分遊んで、楽しんで帰ろう。








「見て見て!めっちゃふわふわ〜」

「可愛いね」


ゲームセンターにて。ジローちゃんがわたしの手を引いて連れ回すから、みんなとはぐれちゃった。UFOキャッチャーの中にたくさん入っているふわふわしたぬいぐるみを見て、二人で可愛いねと言い合っていた。


あえて挑戦しようとは思わない。

このゲーム機は泣かせるのが得意だ。財布を。
上手な人は1・2発くらいで取れちゃうのかもしれないけど、苦手な人は何回やっても無理だし。熱中し過ぎた結果かなり大金を貢いでしまう……なんて、昔そんなことがあったから軽くトラウマなのだ。


「ねぇジローちゃん」

「んー?」

「学校楽しい?」

「もちろんだC!でも、矢紘がいてくれた方がもっともっと楽しいんだけど」

「高校生になったらね」

「えっ戻って来るの!?」


「うん。でも、部活には入れない」


視線はUFOキャッチャーの中に向けたまま、言葉を続けた。

手が震える。
みんなと高校生活を過ごせるんだからきっと楽しいのはわかってる。でも、自由な時間なんて与えられない。そんな未来が、怖くて。



ギュ、

「……大丈夫」

「うん」


手を握ってくれたジローちゃんを見れば、ふにゃりとした笑顔を向けてくれた。

よく眠っている彼の体温は高い。手から伝わってくる体温がじんわりとわたしにも移って、とても心地良い。この温かさにはいつも助けられていたっけ……おかしくなった時、ギュッと抱き締めてくれるだけで落ち着いた。


「おまえらこんなとこに……って何してんだ」

「あ、宍戸」

「亮……ごめん、捜してた?」


変に甘い雰囲気出してんじゃねぇよと口悪く言う亮は、眉間にしわも寄ってるし、見た目はとても怖い。けど、ただ照れているだけなんだよなぁと思うと可愛い。



「矢紘!あれやろーぜ、あれ」

「うわっ岳人!?ちょっ、引っ張らないで」


ひょっこり現れた、やけにご機嫌な岳人に手を引かれてやって来た場所には、バチで太鼓を叩いてリズムを刻む音楽ゲーム。これ、わたしの苦手なやつだよ。


「点数悪かった方が、罰ゲームな」

「なにそれ卑怯!」

「えー?上達するって言ったの誰だよ」

「それはっ」

「よーし、始めるぜ」


バチをクルッと回してから、勝手に太鼓を叩いてゲーム開始。曲目を選ぶ岳人を軽く睨みつけるがまったくの無視。大体、罰ゲームだなんて……とバチを持ったまま肩を落としていると、曲が流れ始め、画面横から叩けと指示する丸い顔が流れ出てきた。うわわっ、どうしよう!


隣で爆笑しながらもリズミカルに叩く岳人。

わたしの方はもうハチャメチャ。あまりにも下手くそだから、バチを投げて放棄してしまいたくなる衝動に駆られた。


「見てられへんわ」

「えっ」



握っていたバチをひょいっと取られたかと思えば、わたしの立っていた場所にはいつの間にか侑士がいて。


「ゲッ、侑士!?」

「お姫さんを罰ゲームにさせるわけにはいかへんからなぁ。ここは騎士の登場や」


「……なんか、ありがとう。頑張って」


少し疲れていたのも事実。わたしは、必死に太鼓を叩く二人の姿が見える場所にあるベンチに腰を下ろした。



「どうぞ」

「ん、日吉?あ、飲み物ありがとう」

「いえ」


無愛想なのは相変わらずだなぁ。でも可愛い後輩だと思う。下剋上だなんて言葉使ってるけど、景吾のこと尊敬している証拠だし……一生懸命部活に専念していたからレギュラーの座も取れたんだろうし、本当に努力を惜しまない子だ。



「騒がしいですね、先輩達」

「いいんじゃない?ふふ、日吉も騒げばいいのに」

「俺は見てるだけで充分です」

「そう。あっ、飲み物代払うよ……ちょ、」



後輩に奢らせるのも悪いし、とポシェットから財布を取り出そうとしたが、その手をパシッと掴まれ阻止された。


「今日は、先輩甘える日ですから」

「いやでも」

「素直に甘えてください。」


「……わかった、ありがとう日吉」


有無を言わせない目をするんだもん、意地悪。
ほんの少しだけ笑みを浮かべた日吉は、手をパッと離してから持っていた缶ジュースに口をつけてグビッと喉を鳴らして飲んだ。



「先輩、合宿どうするんです?」

「……行きたくないなぁ」


ゴールデンウィークまで彼らと一緒にいて暴力を受ける理由なんて、ない。

でもわたしはマネージャーだ。菜子ちゃんだけに任せたら、絶対に何か言われるのは目に見えているし、それに、わたしに行く行かないの選択肢は与えられないかな。




「来―」

「来いよ。いや、来るよな?」


「景吾、」


日吉が何言おうとしたのかはわからないけど、とりあえず遮られたことが嫌だったのか眉間にしわを寄せて景吾を見上げる。


「合宿には俺達もいる」

「そうだけど」

「最終日には、おまえを連れ戻す宣言もする」


「冗談、」

「冗談じゃねえぜ?おまえらが来る前に話し合った。あと1年間立海で頑張れるほど、おまえは強くないからな。戻ってくるのが最適だ」

「っでもそれじゃ意味ない!!」

「黙っとけばいいだろ」

「無理だよ。学園長が見過ごすはずがない……合宿の件は、考えさせて」



どうせ行くことになるんだろうけど。




ゲームセンターで最後にプリクラを撮った後にはカフェで色々な話をして。

離れるのが名残惜しかったけど、明日もまた朝早いんだ。遅くなる前に帰らなくちゃ。景吾が車で送らせようかと提案したけど、電車で、一人で帰りたかったから断った。



「じゃあな、矢紘」

「うん、みんなも元気で」

「おまえの方が心配だし!メールすっから、絶対返せよ!?」

「そこは電話の方がええんちゃう?」

「あ、そっか」

「電話代かかるからメールでいいよ。きちんと返すから」


「先輩、また来てください」

「毎週日曜日来ましょうよ!宍戸さんも嬉しいって言ってますし」

「はあ!?」


突拍子もないことを言い出した上に亮に話を振る長太郎にびっくり。

嬉しいけど、さすがに毎週日曜日は来れないかなぁ。ごめんね、と謝れば、シュンと肩を落とす長太郎……ああ、やっぱり大型犬みたい。




「それじゃあ、また」



最後に大きく手を振り改札を通る。

そこからは振り返らない。
氷帝に留まっていたいと思ってしまうから。



──明日からは、また地獄。


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