永久 | ナノ


カツカツカツ‥

黒板に字を連ねて行く音だけが教室内に響き渡っている。2日間の強制入院から退院して4日経つけど、状態はたいして変わらない。

病院に行かないだけで、すごく苦しい。
唐突に泣きたくもなるしイライラもする、何より最近、夜眠れなくなってきた。


「……はぁ」


小さくため息を零す。
机の上には、筆記用部とノートと教科書と。それから、ぐしゃぐしゃになった紙を伸ばしたモノが複数枚重ねて置いてある。


内容はこうだ。

レギュラーにもう近寄るな。
媚び売ってるとかウザ過ぎなんだけど。
居場所取られたくないからって後輩イジメ最低、やること幼稚過ぎ。

その他にも似た内容ばかり。


殴り書きされた文字。
この文字達に何とも思わないわたしは、変?

いや、実際やってもないことをやったようにさせられてるわけだから、現実味なんてあるわけないし、他人事のように捉えていても全然おかしくないよね。



ノートでそれらを覆い、黒板に目を移す。

ああ、だいぶ進んじゃった。
歴史の先生って本当に板書速いよなぁ。


色々頭で考えることも億劫になると、あとはもう授業に集中するしかない。集中力もあまり持たないけど、嫌なことを考えているよりは全然マシだから、気分も不快にはならない。




キーンコーンカーンコーン

終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
嫌な時間が来た。お昼休み、わたしがゆっくりしていられる時間なんてほとんどない。



「中津さん、ちょっといい?」

「幸村くんのことでお話があるんだよね」

「(精市……?)わたしには話すことなんて」

「しらばっくれるのね。あんた、幸村くんが大切にしてきたモノを奪ったのよ!?」




「……、話、違うとこにしよ」




ガタ、と席を立ち足早に教室から去れば、詰め寄って来ていた女子二人がついて来た。

急に場所を移動しようと思ったのには2つ理由がある。まず、教室内でリンチにされたくなかったから。そして、丸井と目が合ってしまったからだ。何かしら文句や愚痴を言いに誰かがわたしの席に来る度、丸井はこっちを見る。




「それで、大切にしてきたモノって?」


「絆よ、テニス部の絆!1年の時から見守っていた私にはわかる。幸村くんって、テニスに関しては厳しく当たる人だけど、それ以上に部員達を家族のように思ってる人なの。なのに、幸村くんが入院しちゃったからって出しゃばって、挙句の果てにはテニス部をぐちゃぐちゃにして!」

「大体あんたが転校なんてして来なければよかったのよ。はあ、なんかムシャクシャしてきたんだけど……もう教室戻ろ」

「そうだね。こんな奴の顔なんて二度と見たくない」


呼び出したのはそっちのくせに、と思いながら去っていく背中を見つめる。



「……。」


そんなの、近くで見て来たわたしが一番よく知ってる。たった1年程度だけど、それでも精市がテニスのことや仲間のことに関して人一倍考えているのは見ててわかった。
それにこの前病院で見た、精市の笑顔。あれは見ていてとても辛かった……誰がそうさせているのか。それは、紛れもなくわたしだ。


すべての元凶は、わたし。

わたしさえ転校して来なければ、菜子ちゃんが妬むようなこともきっとなかった。




そう、全部、わたしが──。




「正直マネージャーは要らないと思ってたけど、いつしかすごく必要な存在になっていた」



精市の言葉を思い出した。

今のわたしにはそれだけが頼り。
その言葉すらなかったら、どうなるんだろう……この立海大に、わたしの存在意義はナイ。











カシャァアアンッ!

「っ!」


タオルを運んでいれば、フェンスに勢いよくボールがぶつかった音に驚き立ち止まる。

恐る恐るテニスコートを見れば、未だ打ち終わり体勢から動かない切原がいた。



「何やってんだよ赤也」

「あーははは、ちょっと手が滑りました」


レシーバーはいるのにわたしを狙ったのかと思うと、怖くて堪らない。退院してからというもの、わたしはレギュラーと1対1で話すということはしなくなった。怖いのと、病気を知られたくないのと。


「あっ、ジャッカル先輩、ボール俺拾います!」

「何でだよ?俺の方が近いだろ」

「チェンジコートっスよ!!」

「……試合でもねえのにかよ、ったく」



呆れながらも桑原は切原の言う通り、反対側のコートへと向かった。

それと同時に、こちら側のコートに駆けて来るのは切原で。わたしは一刻も早く離れようと思い、一歩足を前に進めた、その時だ。



「先輩!」

「…………」


切原の方が、速かった。
渋々そちらを向けば、ボールをラケットで器用に拾い上げながら真っ直ぐにわたしを見る切原が映り込んだ。今までにない、真剣な表情。



「なんで辞めてないんスか?」

「引退までは嫌でもやれって言われたから」


「幸村部長に?」



黙って頷いた。
嘘だけど、でも、どこで菜子ちゃんが聞いているかわからない状況なのだ。精市の大切なモノ、否、もうみんなの大切なモノや私物をこれ以上彼女に奪われてしまうのは嫌なのだ。……きっとこういうの、お人好しって言うんだね。


「もしそれが嫌なら、きみが交渉して。わたしに刃向かう権利はない」

「それは無理っスねー。俺、部長に刃向かえる勇気ないし」

「おい赤也!いつまで待たせるつもりだよ、ちゃんとやらねーと真田に叱られるぞ」


「おっといけね!今行きますよー!んじゃ先輩、今日も1日頑張ってください」



なんて皮肉な言葉だろう。
しかもそれを笑顔で言うんだから、また不愉快極まりない。

イライラする気持ちを抑えながらタオルの入ったカゴを抱えて部室へと入った。




コンコン

「はい」

「柳生です。またあなたはサボりですか?」

「……用がないなら戻って」

「実際の所あなたにはないですが、マネージャーには用があるので。アイシングをもらえますか?」

「ちょっと待って」


マネ道具の中から素早くアイシング用の袋を探し出し、氷を入れて柳生に手渡す。



「働かない割には対応が素早いですね」

「戻って」

「言われなくても戻りますよ」


クイ、と眼鏡を上げながらそう言い、柳生は部室から出て行った。

正直わたしがアイシング使いたいくらいだ。毎日ボール当てられて、蒼くなって……それなのに動いているわたしって何だろう。一回倒れてみたら、心配するかな。



「……まさかね」


蹲る人間に対して、躊躇なくボールを打ってきたり蹴りを入れる人達なんだから。




ガチャ、

「あれ、先輩?何してるんですか」

「部誌書いてる」

「あぁ、私それ一度も書いたことないです」


「……」


知ってるよそんなこと。
暑い〜と言いながら部室に入って来た菜子ちゃんを無視して部誌を書く手を動かす。

その間にも、何か喋っている菜子ちゃん。


「余ったドリンクとかあります?」

「……」

「無視ですか。まぁいいや、水でも飲もー」



ジャァアアッ

「ん、……っはー!やっぱり水分は取らないと身体によくないですよねー」


ついでに顔も洗おう、と水で濡らしタオルで拭う菜子ちゃん。何をしたいのかよくわからないけど、部室の中でちょこちょこ動き回る。


ああ、イライラする。
何してるの。
少しは大人しくしていてよ。



「……っ」

「先輩?」

「何でもない。早くみんなのことに戻れば」

「あーっ先輩妬んでるんですね!?」

「別に。」


「なーんだ」


つまらないな、と頬を膨らませながら出て行った。

危ない。もう少しで怒鳴りそうだった。
バランス崩れが本当に激しいな……今日は帰ったら音楽療法とアロマテラピーやろう。それからちゃんと睡眠も、と思ったと同時にポケットで携帯が震え出した。

まだ終了時間じゃないはずだと疑問に思いながら取り出せば、それはアラームではなく、誰かからの電話。



発信者は、


「──跡部景吾」


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