沢田達と仲良くなってから5日目。
必然的に常盤も近くにいることが増えたけど、まだあたしに対する動きはなく、未だ京子だけがイジメの標的となっている。
でもやっぱり、常盤が休んだ次の日、あたしが3人と仲良く話しているのを見て、酷く驚いたみたいだった。
現在、2時限目が終わる5分前。
今日も朝から京子に対するイジメは酷く、彼女はすぐに応接室へと逃げ込んだ。恭弥先輩がちゃんと匿ってくれているのは心強い。授業には出られていないけど、学校に来ていることに義務があるんだから充分だ。
「では、今日の授業はこれまで。明日、また小テストをやるのでこの前点数が悲惨だった人はちゃんと復習しておくように」
授業の終わりを告げる鐘が鳴り、先生は最後の小テストの存在を伝えた。教室内は当然の如くブーイングの嵐……が、先生は平然と扉を開けて出て行ってしまった。常々思う、先生って、大変だ。
「あー、終わった!」
「明日また小テストあんのかよ、あの先生って厳し過ぎじゃねーか?」
「普通だと思うよ。あれが先生っていう立場だよね、生徒に嫌われてなんぼってやつ……そういえば、山本はこの前の点数どうだったの」
そう尋ねたら、山本は笑顔のまま動かなくなってしまった。そう、悲惨だった点数の人のひとりなんだね。
「優奈!明日のために数学教えてくれ!」
「え、えー」
「オレもっ!優奈ちゃんお願い!!」
「沢田まで何言ってんの!?」
「そうっスよ10代目。こいつよりオレの方が何十倍も教えるの上手ですから確実に」
「それはそれでムカつく」
ほんとに休み時間の度に集結するようになってしまった。楽しいから構わないんだけど、ほら、こういう状況を静かに見てるわけがないんですよ、常盤が。
「ツナくん、武くん、隼人くん!愛莉も話に入れてぇ?」
「お、愛莉。」
「愛莉ちゃんも数学の復習する?今日のやつよくわかんなくて、優奈ちゃんに教えてもらおうとしてるんだ」
「どうせ寝てたんじゃないの?」
「は?10代目がそんな不真面目なわけねーだろ!ですよねっ」
「えっ……」
「ふふふ、ツナくん寝てたんだぁ。そういえばぁ、優奈ちゃんってファミリーに入ったのぉ?」
ニコニコ笑いながら何の悪気もなく言う常盤に、沢田と獄寺はピシッと固まる。そりゃ、あたしのことは一般人だと思っているし、初日にそんなものは知らないと一蹴したわけだし。まあ、話には乗ってあげるけど。
「また出たね、ファミリー。常盤さんもそのファミリーってのに入って、マフィアごっこしてるの?」
「楽しいぜマフィアごっこ!優奈も入るか?」
あれ、ボスじゃない人に勧誘されるなんて。
「な、何言ってんだ野球バカ!こいつがマフィアとか向いてねえし足手まといになるだけだ!ってか、ごっこじゃねーって言ってんだろ!」
「なんだぁ、てっきり入ってるのかと思ってたぁ」
「どうして?」
「すごく仲良くなってたからぁ、そうなのかなって思ったんだけど愛莉の勘違いだったんだねぇ」
「マフィアごっことか変な遊びよね。ねえ、ボスは誰なの?やっぱり10代目って呼ばれてるくらいだから」
「当たり前だろ!ボスは10代目だ!!」
「ごごご獄寺くんんんん!?」
「素敵な人選だと思うよ……ぷふっ」
バカにしたように笑うと、なんだかんだで沢田はショックを受けていた。てっきり、だよね!?と乗って来るものだと思っていたのに。そのせいで獄寺にまた怒られてしまった……定着してるな、この関係。
マフィアやらファミリーやらの話をしていれば休み時間は終わりを告げてしまった。
数学の勉強は次の時間に持ち越しとなり、沢田と獄寺は自席に戻って行った……が、まだひとり残っている人物がいて。ニコニコした笑顔が怖くて、なんとなくそっちを見るのを避けたくなった。
「どうしたの、常盤さん?」
「えっとぉ、これ読んでくれると嬉しいなぁ」
少し恥ずかしそうに出されたものは、簡単に四つ折りにされた白い紙。当然これは演技だろう、隣に山本もいるし、怪しまれない方法はこれしかない。
「手紙?あはは、嬉しい、手紙とかいつ以来だろう!読んでおくね」
「それじゃあまたあとでねぇ」
小さく手を振って自席に戻る常盤を見送り、ひとつため息をつき慎重に開く。
山本が何書いてあんだ?と覗き見ようとしていたから、ラブレターですから覗かないように!と睨みながら言えば、笑われてしまった。
【優奈ちゃんへ
今日のお昼休み、話したいことがあるから4時限目が終わったらすぐに屋上に来てほしいです。あ、もちろんひとりでだよ!
愛莉、待ってます。】
呼び出されてしまった。彼女にしては我慢した方だろう、4日間もずっと静かに過ごしてたんだ、3人と仲良くしているあたしを目の前にして。
京子への虐めはもちろんあったけど、常盤自身はもう動いていない。きっかけはすべて彼女だけど、その後の行動はクラスメート達が勝手にしてるだけだった。それにしても、文面はわりと普通なんだ……媚びてない。
「岸本さん?」
「……」
「おい優奈、呼ばれてるぜ」
「…………」
「岸本さん!?」
「うわっ、あ、先生、こんにちは」
「こんにちは、じゃありません!何してるんですか、今は授業中よ!?ほら、早くこの質問に答えなさい」
呼ばれていたのに気づかないくらい、今後の展開について考えていた。あたしの頭上で名前を呼ぶ先生の声に驚いて、反射的に手紙をクシャリと握り潰してからサッと立ち上がった。
黒板に書かれた問題をすらすらと解き、見事正解し満足したところで席に戻ろうとした時、窓際の席に座る常盤がこちらを見て、にこりと笑った。その表情に微笑みを返したところで寒気は治まらない。
3時限目も終わり、休み時間に入ってから数学教えてと山本と沢田が言い寄って来るが、トイレに行くから獄寺に教わってと言い教室から出た。
「優奈、」
「あ、花!よかった、あたしの視線に気づいてくれて」
タイミング良く、今はトイレに誰もいなかった。
「そろそろだよ、この手紙読んでみて」
「? えっと……これ、呼び出しね」
「うん。すごいよね、あたしが恭弥先輩に出した条件とぴったり」
「1週間ってやつ?でも、こんなのですぐ京子から的が外れるとは思わないんだけど」
「それが外れるんだな。そのための1週間だったんだし。……さて、花、トイレの個室に隠れてて」
「え、なに急に」
「いいから」
物音立てちゃダメだからね、と言うあたしにまだ何がしたいのか理解し切れていない花は渋々個室へと隠れた。
キィ……
静かに開く扉に、少しだけ恐怖感が募る。
ゆっくりと足を踏み入れたのは、少しスカート丈の短くてふわふわロングカールの髪を持った悪魔。
常盤愛莉。
「あれぇ?優奈ちゃんがいる……ツナくん達に数学教えるんじゃなかったのぉ?」
「うん、ちゃんと教えるよ」
「ねえねえ優奈ちゃん、この学校にさぁ、愛莉より可愛い子っていると思う?」
「え……」
「愛莉より可愛くて、愛されるような子は他にいるのぉ?知ってたら教えてよぉ」
「さ、さあ……(もちろん京子だけど)」
ふふっと小さく笑いながら詰め寄って来る常盤は、今まさに悪魔の表情と言うべきか。いつも沢田達に見せているような、ほんわかしている空気はどこにもない。
「知らない、なんて嘘つかないのぉ。自分が一番可愛いって思ってるんでしょう?」
「まさか。」
「邪魔なのよねぇ」
「……!!」
スッとあたしの頬に指を滑らせて微笑む常盤の顔は酷く歪んで見えた。それに、この至近距離……こいつから出てる殺気ときつい香水の匂いでクラクラと目眩がする。
「邪魔……って?」
「隼人くんや武くんの周りうろちょろして、すっごく目障りなの」
「別に、友達だからいいじゃん」
「ダメよ。愛莉以外にあの二人に近づくことなんて許せないんだから!」
今まで静かにしていた分、抑え切れなくなってるんだろうか……でも、あたしは昼休みに屋上にと呼び出されている。なのに、どうして今?
「同じクラス、それに山本とは隣の席。近づかないのは無理があるんじゃないの」
「ふふ、そんなことないよ」
頬を滑る常盤の指が、一度あたしの唇の上へと乗った。これから起きることをちゃんと見ておきなさいとでも言っているかのようで。
次第に常盤の手はあたしの頬から離れて行き、丁度その位置から斜め下に移動させればさっきまで触れていた頬に当たりそうだ。
「あたしを、叩くの?」
「まあ見ててよ。今からあんたが地獄に落ちるための、ちょっとした序章」
パシンッ!
「なっ!?」
小気味いい音が響いた。
その代わり、痛みなんて降りかかって来なくて。驚き目を見開くあたしの目の前には、自分の頬を自分で叩いた常盤の姿。
そんなあたしを一瞥してからニヤリと妖しく笑みを浮かべた次の瞬間だった。
「いやぁああああああ!!」
思わぬ叫び声に、咄嗟に耳を塞ぐ。
トイレだから余計に声が響いた。そしてこの声は、2−Aの教室にも届いているに違いなかった。
赤く染まった“左頬”を押さえながら勢いよく飛び出して行った常盤を見て、乾いた笑い声が零れた。
「あははっ……やられた、ちょっとした序章だって。昼休みが怖いなぁ」
「あんた、本当に怖がってる?」
「えー、どうだろうね。あ、そうそう、花」
「なによ」
「役に立つかわからないけど、一応覚えておいて。あたしの利き手は左手なんだよ」
現場を見ていなかった花にはわからないかもしれないけど、常盤が叩いたのは自身の左頬。これは、右利き相手だと想定して起こしたアクションだろう……でも残念だけど、左利きが叩けるのは右頬。仮に右手で叩いても、あそこまで真っ赤になるほど力強く叩けないだろう。そう解説したところで、彼らは気づかない。
「じゃあ行こうかな。わざわざ作ってくれた罠に引っかかりに」
「優奈……っ」
トイレを出ようと扉に手を伸ばしかけたところで、花があたしを捕えた。
振り返り、表情を見れば険しい顔をしていて。京子から標的が外れて嬉しい半面、今度はあたしが標的になるから心配しているんだろう。
「大丈夫だよ花。今はまだほんのお遊び……昼休みからが本番だよ」
「このこと、京子には!?」
「言わないで。あの子の悲しむ顔は見たくないよ。もちろん花の悲しむ顔も見たくないんだけどね」
他にも何か言いたそうだったけど、これ以上の長居は無用。あたしは、花に軽く微笑んでから、あの悪魔が泣いているであろう2−Aへと足を進めた。
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