学校内にチャイムの音が鳴り響くのを耳にして、授業始まっちゃったわねー、なんて零す花ちゃんに京子ちゃん苦笑い。
「ま、いいじゃん!(中学生になって初めて授業サボったよ!まさに青春ってやつ!?)」
あたしの目の前で緩やかな風に心地良さを覚えている二人には、こんなひっどい考えはないだろうけど。1時限目から、屋上にてサボり。不謹慎だけど心なしか楽しんでいる自分がいました……だって夢が叶ったからね!
もちろんあの4人が保健室に行っていることは、きちんと先生に伝えた。その際に、あたしは校内見学をするという体で授業を抜け出すことに成功したのだ。
それにしても、久しぶりに登校した京子ちゃんに容赦なく当たるなんて酷だな。
こんなにも可愛くて優しくて思いやりのある彼女が、どうして危険な刃物を持っているだなんて思えるのか、不思議でならない。
「あんた、百面相してるけど、どうしたのよ」
「ん?ああ、沢田って見かけによらず怖いとこあるんだなと思ってさ」
「そうね……あんなに怒ったあいつ見たの、初めて」
ね、と花ちゃんが同意を求めるように言えば、小さく頷いた京子ちゃん。あんな間近で怒鳴られたんだ、相当ショックだろうな。あたしだって驚いたよ、黙れ発言……10代目沢田さんはもっとダメダメのはずだったんだけど。
「私、本当にやってない……」
「それはわかってるよ!京子ちゃんが刃物を持ってるわけないんだもん……それに、あの傷は全然深くないし、血も見た目はすごいけど案外出てなかった」
「常盤に話しかけてたね」
「心配しないと変でしょう。でもま、今回のことで状況がよーくわかった。京子ちゃんが何を言おうとも、誰ひとりとして聞く耳を持たないってことが」
だから、あんたが京子の家に来た時そう言ったでしょ!?とお叱りの言葉を受けてしまったけど……いやいや、実際に見てみないとわからないことだってあるわけで。いるかもしれないって思ったんだよ、彼女の味方なのに怖くて何も言えないんだって子が……結果、皆無だったけど。
「4月頃はまだ仲良かったんだよ……?去年、ツナくんとお友達になって、それから山本くんに獄寺くん。夏休みにはお祭にも海にも行って、たくさん遊んだの。
それで2学期に、愛莉ちゃんが転入して。最初は仲良かった……たくさん笑ったし、花とだってお話してた。それからツナくん達とも遊ぶようになって、一緒にいるのが当たり前だった。なのに、2年生になった途端……」
震える声で今までのことを話す京子ちゃん。続きを促そうと思った、けど……
「ちょっと待って」
「え?」
さっきから何者かの気配を感じる。授業しているこの時間帯に屋上ってことで、予想はついているけど。
「誰か、いるんですか?」
眉間にしわ寄せながら、屋上に設置してある貯水タンクの方に向かって呼びかければ、二人も疑問符を浮かべながらそちらに視線を向けた。普通の人が感じ取ったらすごいよ、この微妙な気配。
「ワォ。きみ、何者だい?」
「(出た……雲雀恭弥)」
「「! 雲雀さん!?」」
ストン、と華麗に下りて来たのは予想していた通りの人物だった。
「一般人ですけど。」
「一般人が、今の僕の微弱な気配を感じ取れるなんてあり得ないよ」
「じゃあ、一般人より少しだけ特殊」
「ふうん。……で、きみ達、今授業中なの知ってる?それ以上僕の前で群れてるようなら、容赦なく咬み殺すよ」
仕込みトンファーを出し、妖しい笑みを浮かべる彼は、すでに咬み殺す気満々だった。さすがに戦えないって!と冷や汗が額に滲む中、必死に言葉を探した。
「ま、待ってください!ずっとそこにいたのなら聞いてたんじゃないですか?笹川京子が虐められてるって話」
「ああ、知ってるよ。1−A 常盤愛莉を虐めているって噂はね」
「虐めてるんじゃなくて虐められて……って、噂?京子ちゃん、もしかしてイジメの件ってクラスだけのことじゃ……!?」
「え、えっと」
勢いよく振り向き京子ちゃんに真相を尋ねると、戸惑いながらも、学校中が知っていると答えてくれた。
思わず目眩がした。
なんてこった……クラスの中だけの問題だと思っていたのに、京子ちゃんを信じる者はこの学校にほとんどいないのか。不登校になってもおかしくはない状況なわけだ。
「雲雀さんは、その噂信じてるんですか」
「興味無いね。それに僕は、ああいう図に乗ってる女は大嫌いだ」
ふわ、と眠たそうに欠伸をする雲雀さん。
図に乗ってる女って常盤?ということは、彼も味方にしようと言い寄ったことがあるわけで……でも、失敗をした。
「そろそろ群れるの、終わりにしてくれない」
「うわっ、と!?(強制的に二人からあたしだけを隔離させたよこの人!)」
「岸本さん!」
「へえ、僕のトンファーを避けるなんてただ者じゃないね……余計に咬み殺したくなったよ」
さああああっと血の気が引くのを感じた。でも、だって避けないと痛いじゃない!
素敵な獲物みーつけた!って表情するのやめてもらいたい。これは条件反射……そう、毎日ザンザスが投げつける色々なモノを避けてたからちょっと反応がいいだけなの!この中で一番強いのは、確かにあたしだから目を付けるのも間違っちゃいないけどさぁ。
「やっぱりきみ、強いんじゃないか」
「は!?(まさか読心術とかそういう!?)」
「行くよ。」
「うわっ……ちょ、っとストーップ!!」
「なに。」
今にも殴りかかって来そうな雲雀さんを、なんとか止めることができた。ただしすごく機嫌が悪そうだ……ここは早くケリをつけなければいけない。
「イジメとか、興味無いんですよね?」
「風紀が乱れない程度のイジメはね」
「(じゃあ興味持てよ!)えっと、じゃあ雲雀さん、これから1週間の間この二人のどちらかに何かがあった場合、必ず応接室に入れてあげてください。唯一の避難場所なので」
「……」
見事なまでのポーカーフェイス、そして無言の圧力!迫力が違うなと思いながら、次の言葉を探すけど、言いたい内容はさっき言ってしまったわけで。
ひいいい、と怯えるように肩を竦めた。
「その条件を呑んだとして、僕に利益はあるのかい?」
ハッとして顔を上げる。
得することがあれば、協力してくれるということだ。思わず頬が緩んだ。
「え、えっと!じゃあ、リボーンと戦わせてあげます」
「へえ、きみは赤ん坊の知り合いなんだ」
「そんな感じです(引き合いに出してごめんなさい!)」
またしばらく黙って何かを考えている様子の雲雀さんは、動いていないと落ち着かないのか、トンファーでどんどんあたしを追い詰めて行った。カシャン、という音が背後で聞こえて、もう行き場がないことを知らせた。
「なら、こっちからも条件を出す」
「は、はい」
フェンスに追いやられたあたしの首には、仕込みトンファーが当てられた。
この様子に、もちろん余裕はないけど、雲雀さんの肩越しに見える京子ちゃんや花ちゃんの方が余裕のなさそうな表情をしていた。そりゃ、怖いよね……。
「きみには風紀委員になってもらうよ」
「は?」
「この条件を呑まなければ、こっちも呑む気はない……それに、今の状況は理解してる?」
「ゔ」
命の危険を感じた。今までも命の危険は何度も感じたけど、あれは結構、なんていうかじゃれ合ってる感じ?殺す気だけは全然なかったから、ちょっと危なくても余裕が持てていたっていうか……でもこれは危ない!!
そう、大人しく風紀委員に入ることに頷けばいいんだよ。京子ちゃんを守れることにも繋がるんだよ。ほら、諦めいいのが、あたしの長所だろう!?
「わかりました、入ります。その代わり雲雀さんも、」
「恭弥」
「……はい?」
「名前呼びも追加するから」
「きょ、恭弥先輩?」
またムスッとしたけど、これで交渉成立。ひば、じゃなくて恭弥先輩は、信用しても平気だろうか?
いつ何が起きるかわからない。常盤だって、諦めたわけじゃないだろう……今度こそ罠に引っかかってしまう可能性だってなくは……うぐぅ!?
「ウザいよきみ」
「ぐ、ぐるし……っ」
「僕のこと疑ったでしょ。咬み殺すよ」
「そ、そんなことは……!けほっ、あと、あたしは“きみ”って名前じゃなくて岸本優奈です!!」
「そう、岸本優奈。仕事、期待してるよ」
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恭弥先輩が屋上から出て行って数秒後、すっかり腰が抜けてその場に座り込んでしまった。
「あんた大丈夫?」
「へ、平気……緊張の糸が、解けただけ」
「ヒバリさん、ほんとに私達のこと……」
「それは心配しなくてもオッケー。お互いに条件出したし、あたしは風紀委員になることに頷いたんだから、約束は破らないと思う」
彼はあたし達を裏切ったりしないと思う。
会ってすぐに信頼してしまうのも危険な判断だとは思うけど、でも、去り際にあんな表情を浮かべた彼なら、平気だ。
「あ、ねえ!これからあたしのこと、優奈って呼んでよ」
「え?」
「あたしも京子って呼ぶ。いいでしょ、花!」
「いきなり呼び捨て?ま、別に構わないけど……これから一緒に京子を守ってくれるんでしょ?」
「当たり前だよ。京子の笑顔が見れるなら、あたしは何だってする」
そう言って笑ったはずなのに、言葉を聞いた二人の表情は冴えないものだった。
「あの、優奈ちゃん」
「ん?」
「……無茶は、しないでね?」
「そうだよ。あんた、なんかとんでもないこと考えてない?ヒバリさんに与えた条件だって、私らのことだけで、あんたはカウントされてなかったじゃない」
「──1週間の間だけって、言ったでしょ?」
言葉の意味がわからないのか、納得し切れていない表情。
「1週間の間は、きみ達をイジメから守る。けど、その後は全部あたし」
「!?」
「それって……!」
「うん。あたしは、京子の代わりにイジメの標的になる。1週間はあいつらと仲良く過ごしてあげるけど」
「ま、待って!嫌だよそんなの!!私、優奈ちゃんが傷つくの見たくないっ、そこまでして守られなくてもいいよっ」
心配してくれるなんて、優しいなぁ。
今まで自分がイジメに遭ってきたのに、そんな風に言えるなんてすごい。でも、一度決めたことだから、はいやめた、なんて絶対に言わないよ。
「心配しないで。何されても平気だから……あたし、丈夫だもん!」
ほんとは、存在してないからさ。
なんてことはまだ言えない……隠してるわけじゃないから、いつか言える日が来ればいいなとは思う。
それにいつ消えるかわからない。仮に、まだ本体が死んでいなかったのだとすれば、向こうの目が覚めればこの身体とはさよならをしなくてはいけないに決まっている。
だからね、平気なの。
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