君キン | ナノ


並盛中学校 2−A

まさか、自分がまた中学生に逆戻りするなんてね。おそらくリボーンが手を回したんだろう、沢田綱吉達がいるクラスの表札を見てため息を吐いた。別々になっても不便だから当たり前なんだけどね、とぼんやり考えるあたしに……名前を呼んだら教室に入るよう言ってから、担任の先生はドアを開けて入って行った。



「岸本さん!」


わかっていたことなのに。呼ばれて、入って、挨拶……これくらい転入の経験がなくたってドラマとか見ていればわかる流れ。なのに、呼ばれた途端に暴れ出す心臓。

なに緊張してるの、よく考えるのよ、ここにいる奴らは全員あたしより年下!よし、いける!



ガラッ

「女子だ!ヒュウ、オレ好みかも」
「あ、でも可愛いね」
「ほっそーい、羨ましいなぁ」
「可愛いけど常盤さんには劣るよ」


教卓の近くに辿り着くまでに向けられた言葉たち。年下のくせに生意気な口を、と考えた時、初めてディーノの気持ちがわかった。


「イタリアに留学していた岸本優奈さんだ」

「どうも初めまして!イタリアから遥々やって来ました、岸本優奈です。わからないことがいっぱいですけど、色々教えてくださいね、よろしく」


にこりと満面の笑顔を浮かべて挨拶終了。我ながら完璧だと思うんだけど、どうよ今の。

パチパチと拍手が起こる中、探すのは10代目沢田綱吉……あ、いたいた。その表情を一言で言うなら、妙。あたしがイタリアから来たということで嫌な予感でもしているのか。こんなところで超直感働かすなら違うとこで使え。



「!?(な、なに今の!)」


あ、しくじった。無理やり習得させられた殺気放っちゃった!そして獄寺隼人にさっそく目を付けられちゃった!

そちらもひと睨みしてから、教室全体を一度だけ見渡してある一点に視線を向けた。10代目の斜め前の席に、京子ちゃんが座っている。やっぱり居づらそう……転入生が来ているってのに、あの子に向けての痛々しい視線も忘れていないんだ。ある意味すごいね。


「それじゃあ、岸本さんの席は山本の隣な」

「オレ?」


きょとんとした表情で、自分の顔を指差す。
あー、本当今のところ天然さん。さて、その表情の裏にどんな恐ろしいものを隠しているのかな?

山本の隣の席は、一番廊下側だった。比較的後ろの方だし、教室内はよく見渡せる……こういう場所は好きだ。



「よろしくね」

「おお、オレは山本武だ、よろしく!」


白い歯を見せてニカッと笑う爽やか男。
漫画で見ているだけじゃ決して伝わらない、この何とも言えないキラキラ感……眩しいぜ!

HRが終われば、担任は授業の準備をしに早々と撤退した。それからうじゃうじゃと集まって来るのは、転入生に興味津々な大量のクラスメート達。



「ねえ、イタリアのどこに住んでたの?」
「やっぱり向こうの男ってかっこいいのかな」
「岸本さん彼氏いる!?」
「部活はぜひ美術部に!」


一気に話しかけられたとこで、あたしは聖徳太子じゃないから全部の質問を聞くことはできないし答えることだってできない。

とにかく苦笑いを浮かべることしかできなかったあたしに、隣の山本が身を乗り出して。


「岸本、困ってんだろ?」

「山本くん……そ、そうだよね。ごめんね岸本さん」


まだ時間はあるんだからさ、とまた眩しい笑顔を放つ山本の言葉にハッとしたのか、質問攻めは幕を閉じた。いや、数名くらいは答えられるよ……なんて思いが届くことはなく、それ以降誰も質問を投げかけて来なかった。

でもまぁ、困っていたのを助けてくれたのだからお礼は言わなくては。



「ありが」
「おい」


ちょっと、タイミング考えてよ!
人がせっかく素敵な笑顔を浮かべて感謝の言葉を述べようとして、いた、のに……



「(ごごご獄寺隼人!!)」

「ちょっと面貸せ」


「……は、はい」



断ったら危険だと判断し、素直に応答。
来い、と言われ教室から出てついて行けば、なぜか後ろから10代目と山本も一緒に来ていた……好奇心?

呼び出されてる理由もわかるけど、本当はあたし、京子ちゃんの様子を見ていたかったんだけどな。あと、常盤愛莉の様子も。





「テメェどこのファミリーのもんだ」

「ファミリー?家族のこと?」


ひゅうう、と髪を乱す風が吹き、そっと髪の毛を手で押さえる。なんてことだ、屋上デビューがこんなあっさり終わるなんて!


「獄寺くん、やっぱり岸本さんは違うって!」

「なんだ?またマフィアごっこの話か」

「うっせ!野球バカは黙ってろ!!」


おお、生で野球バカが聞ける日が来るなんて。
ちょっぴり感動しながらも、獄寺隼人の疑い深さがあれば常盤愛莉なんて楽勝だったんじゃないだろうかと考えを巡らせた。


「うーん、ファミリーとかマフィアごっことか、知らないなぁ。それよりも、この学校は物騒な遊びをするのが好きなのかな。マフィアって……あははっ」

「しらばっくれてんじゃねーぞ!テメェ怪しいんだよイタリアから来やがって、10代目に殺気放って……っつか笑うな!!」

「わわっ獄寺くん!」


「(やっぱり気づいてたよね、殺気)わかったわかった、あたしのファミリーを教えてあげるよ」


めんどくさいなと思いながら風に靡く髪を耳にかけていると、獄寺が目を輝かせて「やっぱマフィアだったんスよ10代目!」と言っていた。褒めてほしいのだろうか。




「あたしのファミリーはね、優しいおじいちゃんと頑固で目つきの悪いお兄ちゃん、声の大きいお兄ちゃん、王子様気取りの弟、オカマ、不思議な赤ちゃん、それから変態」


「「「は……」」」


息継ぎなしに名前を伏せて彼らの特徴を言い連ねて。これでどうだ、と言わんばかりの顔をして彼らを見れば見事にポカンと間抜け面。



「こ、個性的な家族だね」

「そう……っスね」

「はははっ、面白そうな家族なのな」


苦笑いを浮かべる10代目。
内心舌打ちをしているであろう獄寺。
会ってみたいと笑う山本。

獄寺はまだバリバリ疑っているだろう。めんどくさいけど、マフィア関係者なのは知られたくないから伏せておかなければ。



「あ、そうだ。オレは沢田綱吉」

「え?」

「ほら、名前言ってなかったし、自己紹介」


「ああ、そうか。あたしのことは知ってるだろうけど、岸本優奈ね。よろしく、沢田」

「おい、10代目を呼び捨てにすんじゃねー」

「どうして?それに、さっきから思ってたんだけど、“10代目”って……沢田の家は、後継ぐようなお店でも営んでるの?」


その疑問を投げかければ、沢田は誰が見てもわかるくらい肩をビクッと反応させ、獄寺を引き寄せるとヒソヒソ声で話し始めた。



「そっそうなんだよ!オレの家、そーいう家系で」

「10代目のお宅はスゲーんだからな」

「へえ。それは今度行ってみたいな……」

「えええ!?」


前から思ってたけど、反応大きいよね沢田。
すっかり青ざめてしまった彼に、冗談ですと笑って言えばさっそく安堵の色を浮かべて。わかりやすいなぁと口元を緩ませていれば、獄寺に怒られた。


「獄寺……」

「あ? ンだよ」

「中学生が煙草はいけないなぁ」

「(まともな意見キタ!!)」


「だからなんだよ」

「吸ってて得することあるの?今はいいかもしれないけど、将来ガンとか発症して死んじゃうことだってあるんだよ(そしたら右腕になれないね)」


なんて皮肉を、思ったりして。
ただ彼は自分自身のことはどうでもよさそうだから、まともだけど、この意見は聞き入れてくれないだろう。


「副流煙ってあるでしょ。そっちの方が害がある……ってことは、獄寺が尊敬している沢田にだって害が及ぶわけ。近くにいたいなら吸うのやめなよ」

「!!」


「ご、獄寺くんが煙草の火を消した!」

「10代目のためっス!」


別にテメェの言うこと聞いたわけじゃねえからな、と言っているのかひと睨みしてから煙草とライターをズボンのポケットに突っ込んだ。なかなか可愛いところもあるではないか、獄寺。

それより、呼び出しの内容はとっくに終わったんだ。教室に戻っても問題ないよねと思い、屋上を出るために踵を返した時だった。



パリィーン……!

「な、なんだ今の音!」


聞こえるか聞こえないかくらいの音だったけど、しっかりと耳に届いた。どこかで窓ガラスでも割れたようなそれに、胸騒ぎがした。

彼女の身に何かあったら……そう思ったら走り出していて。案の定、3人も音の原因を突き止めるために走るわけで。



「ねえ、岸本さん!」

「なにかな」

「今向かってるのオレ達のクラスだよなっ?」


「たぶんね」


2・3段飛ばしで階段を駆け降りる最中、話かけてくる沢田に生返事。どうせ聞いたってイライラすることしか言わないんだろう、ほんとは聞いていたくもない。


「今日、何週間かぶりに京子ちゃんが来た……あ、笹川さんって言うんだけど」

「(存じてるっての)」

「その子、常盤愛莉ちゃんを、虐めてたんだ」


「へえ」

「だからさっきの音も、愛莉ちゃんが何かされたからかもしれないんだ!転入早々こんなこと言うのもおかしいけど、笹川京子とは、関わらない方がいいよ」



ああ──

なんだろうね、胸が痛いよ。




ガラッ

「…………!!」


ドアを開けた教室の中は、驚くくらい静まり返っていて。目に入ったのは、割れた窓ガラス、そして何かを囲むかのように集まるクラスメート達。



「愛莉ちゃん!!」


あたしの身体を少し退かし、教室に飛び込む沢田。常盤の名を呼びながら入った彼に気づいたクラスメートは、輪の中心部に行けるように散り散りに動いた。
そこで見えたもの……ひとりは床に座り込み、もうひとりはその正面で震えながら立ち竦んでいる姿。

沢田が向うのは、座って、泣いて、腕から血を流す常盤だった。



「笹川、おまえいきなり来たと思ったら、何なんだよ」
「また愛莉ちゃんを虐めに来たの!?」
「悪趣味だな、おまえ」
「妹がこれなんだし、兄はもっと酷いんじゃねーの」


次々と容赦なく降り注ぐ言葉、京子ちゃんはそのひとつひとつに反応を示す。


「──京子ちゃん、」

「! ツナ、くん……待って、私は、なにも」

「嘘だ。信じられない」

「やってないよ!私、愛莉ちゃんに呼ばれて、それで近づいただけなのに……そしたら、いきなりナイフを」


「黙れ!!」

「ひっ」


今まで聞いたことのない声なんだろう。沢田の怒鳴り声に、京子ちゃんだけでなく教室にいた全員が驚き、目を見開いていた。


「愛莉ちゃんがそんなことするはずない。京子ちゃん、何なんだよ……急に来たと思ったら、また傷つけに、虐めるために来たんだ!?」

「ちがっ」

「散々痛めつけたのにまだ懲りない?」


スッと上げられる沢田の手。
すぐにわかった、京子ちゃんを叩くのだと。でも、まだあたしが出ていい時じゃない。



見ていたくなくて、目を瞑った。



「10代目!今はやばいっス」

「ああ、笹川痛めつけるのは放課後にしよーぜ。もうすぐチャイム鳴っちまうし」


沢田の動きを止めたのは、獄寺と山本。ただ、それは京子を助けるためではなく、先生が来てしまうと自分達が不利になると判断した結果だった。


「ツナくん、叩かないであげてぇ?仕方ないんだよぉ、愛莉は京子ちゃんに嫌われちゃってるから……」

「ダメだよ愛莉ちゃん、いけないことはいけないって教えてあげなきゃいけない。それに腕、こんなに血流しちゃって。保健室に行こう?」

「うん」


バッと立ち上がり沢田の腕に絡みつく常盤愛莉。全然傷なんか深くないのによくやるよ……それを本気で心配してるここにいる連中全員どうかしてるとも思うけど。

ふらつく常盤を連れて、沢田がこちらに来た。



「だ、大丈夫……?」


なんて、声をかけてみる。


「岸本さん、わかっただろ?」

「笹川さんに近づかなければいいんでしょ?なんだか初日からすごいもの見ちゃったな……えっと、常盤さんは傷大丈夫なのかな」

「今から保健室行って来るから、先生が来たら何か言っといてくれねーか?」

「保健室に行きました、でいいんでしょ?」


他に何も言い方ないよね?とイライラをぶつけるように山本に突っかかっていれば、痛そうに傷口を押さえている常盤が口を開いた。


「岸本優奈ちゃん、だよねぇ?」

「え、ああ……うん」

「ごめんねぇ、初日からこんなもの見せちゃって……気分悪くしちゃったなら謝るから、学校のこと嫌いにならないでねぇ?」


「何言ってんですか常盤さん!謝らなきゃなんねーのは、笹川スから」

「大丈夫だよ、色々あるみたいだから仕方ないって。それより、早く連れて行った方がいいと思うよ、傷口を消毒せずにいつまでも空気に晒しておくと悪化しちゃう」


その言葉にハッとした沢田は、急いで彼女を連れて保健室へと向かって行った。
4人が教室を出て行った後は、何事もなかったかのように至って普通の中学生らしい会話が飛び交っていた。この風景を見て、たいしたものだなとある意味感心する。

みんなが京子ちゃんを見なくなったのを見計らって、あたしは彼女の傍に駆け寄った。



「京子ちゃん」

「! あ、岸本さん……」

「うん。ごめんね、何もできなくて……でも、どんなものなのか確かめておきたかったんだ」

「あんたねェ!!」


あたしの言葉を聞いた花ちゃんは、目に涙を浮かべてポカポカと殴って来た。身体への痛みはさしてないけれど、心がとっても痛かった。



「ねえ京子ちゃん、花ちゃん」

「「?」」

「転入して初っ端の授業だけど、一緒にサボっちゃおうか」


最初はポカンとした表情で顔を見合わせていた二人だったけど、そのうち困ったような笑顔に変わり、あたしの提案に揃って頷いてくれた。


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