君キン | ナノ


キーンコーンカーンコーン

「うわっ!!危なっ……」


鐘が鳴ると同時に2−Aの教室に入り込んだのは、ツナこと沢田綱吉。
次期ボンゴレ10代目であり、門外顧問の沢田家光を父に持つ。周囲からは“ダメツナ”呼ばわりされるほどの弱気、逃げ腰……この時点ですでにマフィアのボスには不向きであるが、リボーンが家庭教師として彼に付き、立派なボスに育てようとしている。



「危なかったなー、ツナ!」


爽やかスマイルで寄って来たのは、山本武。
ボンゴレ雨の守護者。相当な天然で、色々と危険な戦いに巻き込まれたにも関わらず未だマフィアを何かの遊びだと思っている。



「おい野球バカ!10代目は計算したうえでこの時間に入って来られたんだよ!そうっスよね10代目!!」

「ご、獄寺くん……」


険悪な面持ちで近づくと山本に怒りをぶつけ、ツナには笑顔を振り撒くのは獄寺隼人。
ボンゴレ嵐の守護者。10代目には決して逆らうことなく忠実に従う現役マフィアである。




「あ、今日も京子ちゃん、来てないんだね」


いつも見てしまう。自分の斜め前の席に……ほんの数週間前まではニコニコした笑顔で座っていた笹川京子。

ツナの癒しとも言えた存在が、ここ最近来なくなった。



「笹川スか?あんな奴ほっときましょうよ」

「そーだぜツナ。あいつ、愛莉をカッターで傷つけたんだしよ」

「武くん!そのことはもう気にしてないよぉ……きっと、愛莉が京子ちゃんを怒らせるようなことしちゃったんだと思う」


「優しいのな、愛莉は」


常盤愛莉。
彼女は、中1の秋に並盛中学校に転入してきた子で、ツナ達とは数週間後に仲良くなり、そして彼女もまた本気なのか遊びなのかは定かではないがボンゴレの一員として迎えられている。


「…………」

「! 10代目、どうかしました?」

「えっいや、なんでもないよ」

「しっかし笹川が来なくなってから、だいぶクラスも普通になってきましたね」


「うん、そうだね……」









「みーつけた」


起きたのは正午を少し過ぎた頃だった。
それから、冷蔵庫の中にあった適当な食材を見つけて、調理して、何とか食べられる料理を作りだしお腹を満たした。


現在夕方の4時。

愛用のノートパソコンを開いてから、3時間は使いっ放し。それも、9代目やリボーンが言っていた厄介な人物を調べるためだった。


「2−A 常盤愛莉、か」


なんか化粧濃いなぁ、まだ14歳だよね?早くに化粧し始めると肌荒れの原因になるって前に……じゃなくって。今はそんなことどうでもいい。

画面に映る写真を見て、やっぱりイジメの首謀者ってのはこういう子がなりやすいのだろうか。あたしの世界もこんな感じの子、まるで自分中心に世界が回っているんだ、とでも思っているかのような。


情報を得るために画面をスクロール。
生年月日、好き・嫌いなモノ、性格などの基本的なプロフィールから、決して一般ルートでは流れ出ることのない裏プロフィールまで。


「残念、ボンゴレ所属ってことしか書いてない……そりゃ消去しとくよね」



でも、絶対に相手のファミリーはボンゴレと何らかの関係があるはずなのだ。恨みでもあるんじゃないだろうか、でなければこんな卑怯な方法でボンゴレを崩壊させようなどと思うはずもない。

しかしマフィアってのは正々堂々って言葉は知らないのかな、嫌なことがあったなら真正面からぶつかればいいのに。どうせ力の差によってすぐ潰されるんだろうけど……あぁ、それが怖いからか。



「やっぱり京子ちゃん、だよね」


2−Aの生徒一覧ページに戻り、次にクリックした名前は、笹川京子。可愛らしい写真を見てから画面をスクロールしていけば、学校状況の情報も漏れることなく記載されていた。


「3週間前くらいからずっと休んでる……ただの風邪、なわけないよね。登校拒否かな」


ボンゴレと関わりのある人間で、さらに女の子となればこの子しか思いつかなくて。安易すぎるかとも思ったけど、ドンピシャだった。

しかし登校拒否はいけないよ。
まだまだ将来があるんだもの、そんな子がこんなところで躓いてちゃいけない。



パタン、とノートパソコンを閉めてから、服を着替えて家を出る。

今の時間なら迷惑はかからない。
それに、ほんの少しでもいい、彼女と言葉が交わせればそれだけで充分なのだ。






ピンポーン

印刷した地図片手に辿り着いた一軒家。門には笹川の表札があるから間違いない。インターホンを押し、なんとなく2階の窓を見つめる。まだ明るいのに、しっかりとカーテンで閉じられていて……なんだか、外界と繋がりたくないという気持ちがそこにはあるような気がした。


『……はい』

「あ、あの!笹川京子ちゃん……?」


『違うけど。あんた、誰』

「えっ、えと……じゃあ、黒川花ちゃん?」

『!?なんで私の名前知って……まさか、常盤に何か言われて来たの!?私達には話すことなんかないから、帰って』

「待って、違う!あのね、あたしは京子ちゃんと話がしたくて勝手に来たの。だから、常盤って人とは関わりはないよ」


これで通してもらえるとは思わなかったけど、なんとか家に上がることができた。




「名前、まだ聞いてないけど?」


京子ちゃんの部屋に入ってゆっくりと腰を下ろすあたしに、花ちゃんは刺々しい視線と言葉をこちらに向けた。


「そうだったね。あたしは、岸本優奈。先日イタリアから日本に来たばかりだから、さっきの常盤って人はもちろん、学校の事情も全然知らない」

「ふーん?それにしてはおかしいわよね、どうして私達の名前を知ってるのかしら」


「そ、それは……」


本当にその通りだ。何も知らないのなら、彼女たちの名前だって知っているわけがないのに……正直に言ってしまえばいいのだろうか、いやでも、と悩み唸っていると今までずっと黙り込んでいた京子ちゃんが口を開いた。


「どうしたの、京子?」

「あの、あのね……岸本さんの話、聞いてみない?」

「でも」


「なんでかな。私、岸本さんが愛莉ちゃんと関わっている人物だとは思えないの」


真剣な眼差しで親友である彼女にそう告げる京子ちゃんの気持ちが伝わったのか、花ちゃんはさっきまでの刺々しい雰囲気を解き、あたしに続きを話すように促した。



「じゃあ単刀直入に聞くけど、京子ちゃんは、その常盤って人に虐められた?」

「!!」

「そう、やっぱり……花ちゃん、大丈夫よ何もしないから、そんな怖い顔しないで」

「…………っ」


「どうして、虐められることになったのかな」

「私っ、何も悪いことしてないよ!?愛莉ちゃんに手を上げたことなんて、ないよ……カッターを向けたことだって、ないよ」

「わかってるよ。それは全部、常盤が作った嘘なんでしょう?」


すっかり怯えてしまった京子ちゃんには申し訳ないけど、あたしは腰を持ち上げて彼女に近づき、そして手を伸ばした。


「ごめんね」


「っ!?」

「あんた!何もしないって、さっき言ったばかりじゃないのよ!!」


彼女が着ている服を、胸が見えないギリギリまで捲った。突然の行動に驚くのは無理ないし、花ちゃんが怒るのも無理ない。ごめんなさい。けど知るためには必要なことだったんだ……思っていた通り、腹部には痛々しく残る痣があった。



「痛かったよね……我慢、してたんだよね」

「!」

「でもね、酷いこと言うかもしれないけど、学校を休むのはダメだよ。まだ義務教育を受けてる最中だもの、きちんと卒業しないと!あたしは、これが言いたくて来たの」

「はあ?あんたさっきから偉そうに言ってるけどさ、京子が受けた肉体的精神的ダメージは相当なものなのよ。それを、義務教育だからって理由で無理やり登校させるってわけ!?ふざけないでよ!」


「……」

「学校行き始めたって、また京子はイジメに遭うの。誰もこの子のことは信じてくれない……!去年の秋にひょっこり現れた常盤の言うことにはホイホイ信じるくせにっ、京子のことは、誰も信じてくれないのよ……あの沢田だってそうだよ!!」


そう怒鳴り散らす花ちゃんの目からは、今すぐにでも涙が零れてしまいそうで。

悔しいんだろう。
誰も信じてくれる人がいない中、自分だけはと守ってあげたい気持ちがあるのに、いざって時には怖くなって、彼女を支えてあげられるのは学校を離れてから。


「花ちゃんがいる。それに、あたしも」

「あんたが?」

「そう。明日から並中に通うことになってるんだ。だからね、あたしが行くその場所に京子ちゃんがいないなんて寂しいよ。
学校でたくさん喋ろう?あたしね、屋上で友だちと喋るっていうの、昔からの夢なんだぁ。ほら、青春してるなーって感じするでしょ?」

「ふっ……バカじゃないの」


あはは、と笑いながら言えば、苦笑だったけど初めて花ちゃんが笑顔を見せてくれた。

そりゃ屋上で云々の話はバカなことかもしれない。でもね、あたしにとっては絶対に叶えたい夢なのだ。なんせ私立ってのは、屋上に行くことができなかったんだから!



「岸本、さん……」

「ん?」

「私、本当は学校に行きたいよ……花とも、こうして家の中じゃなくって、学校で授業の話とかしたい」

「うん」


「学校で授業受けたい……っみんなと笑って、過ごしたい。なのに、どうしてっ、こんなことになっちゃったのかな……!」



それから京子ちゃんは、堰を切ったように泣き出した。

たぶん、今まで我慢してきた証拠。親友の花ちゃんも、お兄さんも困らせたくなかったから、涙を閉じ込めていたんだね。



こんなに可愛くて、優しくて、友だちのことを大切にする京子ちゃんが、どうしてこんな目に遭わなくてはいけないのか。

泣いている姿を見て、今までその感情がなかったわけではないけれど、湧き上がる怒りの感情に握り拳が震えた。絶対に、──京子ちゃんも花ちゃんも守りたい。


あたしはどうなってもいい。

どうせ、リボーンが言っていたように存在自体がおかしい人間なんだもの。顔も身体も違うし、傷つけられたって構わない、京子ちゃんがこの先笑って過ごせる人生を送れるのなら。
これは、神様が与えてくれたチャンスだと思うことにする。生前で幼なじみを助けられなかった、あたしへのチャンス……そう捉えないと、途中で挫けてしまうかもしれないから。




10代目 沢田綱吉

おまえの超直感はそんなものなのか?
おまえが憧れて、好きな女の子がこんなにも苦しくてつらくて泣いているのに、全然気づかないの?


真実も見抜けないような奴らに、将来のボンゴレは任せられない。

9代目が何と言おうとも、彼ら自身がきちんと気づかなければ……後継者として彼らを認めることは、一生ない。


しおりを挟む