君キン | ナノ


ピッピッピッピッ

「っ、……ここ、は?」

「優奈!!」


視界に広がる真っ白な世界。そんな世界に、涙を流している浅香と両親の姿が映り込んで来た。口に付けられていた呼吸器を外され、あたしは重たい身体をゆっくりと起こした。



ガバッ

「!?」

「もうっバカバカバカ」

「うっ、あなた!」

「優奈、生きて戻って来てくれて嬉しいよ」


「お父さん、お母さん……」


抱き合って嬉し泣きを零す両親を見て、それからあたしをきつく抱き締める浅香を見て、微笑んだ。


「ごめん、心配かけた」

「ほんとよ!1年も寝て……!一時は本当に危なかったんだからね!?」

「1ねん……1年!?」


「そりゃ驚くのも無理ないか。優奈、おまえは事故に遭ってから1年間、寝てたんだ」

「だから知らないかもしれないけど、お母さん達、ちゃんと誕生日祝ってあげたわよ!」


カレンダーを見れば、本当に1年、時が進んでいた。今日は9月4日らしい。あたしが元気だということがわかり、両親はこのことを医師に伝えると病室を出て行った。

少しだけ胸の内が空っぽになっている感覚を覚えながら、あたしは浅香に問うた。


「浅香、イジメは……?」

「え?あぁ、イジメね。大丈夫、終わった」

「ほんと!?」

「そりゃ1年も経てばね。クラスも違うって理由もあるけど、ちゃんと打ち勝ったんだよ私!」

「そっか、よかった」

「ま、優奈のお陰かな」


「え、なんで?」


変なことを言う幼なじみだなと思いながら彼女を見れば、一緒に戦ってくれているような気がした、と言うのだ。事故って寝てるのにね、と乾いた笑みを零す浅香に釣られて、あたしも小さく笑った。

そこで不意に目の前にあった鏡を見て、自らの姿を、目を細めながら映し込む。



「あたしだ」

「何言ってんの?」


鏡を見つめながら当たり前のことを言うあたしに、浅香は怪訝な顔をしてじろじろと鏡とあたしとを交互に見ていた。ずっと向こうにいたのに、なんだかもう遠い思い出、夢のような出来事だったんじゃないかと感じてしまう。


「優奈、ボーッとしてられないよ」

「ん?」

「1年経ったんだから、あまり実感湧かないかもだけど、高3なんだよ私達!」


「……受験、」

「そ!まぁあんたは頭良いから、今から猛勉強すれば間に合うかもね」

「いやいや間に合わないって!!」


そこで一気に現実に戻された。そうだ、1年も経っているということは受験生じゃないかあたし!ってか、よく進級できて……いや、今はそこに拘っている暇はない、先のことを考えろ!やばい、と一種の興奮状態に陥った途端、脳がぐらりと揺れた気がして頭を押さえる。


「っ気持ち悪……」

「当たり前じゃない、あんた1年分の栄養、血管に流し込んでただけなんだから」

「ううう」

「まずは勉強の前に食べることが優先かな?」


ドンマイ、と肩を叩きながら笑う浅香に、勉強教えてよねと言えば嫌だと即答されてしまった。

バカらしい言い合いをしていると、医師を連れて来た両親が戻って来て、3日後に退院できるらしいことが告げられた。それまでは、勉強もお預け。食べることに専念しなさいとも言われてしまった。



戻って来れた嬉しさ半分、現実思い知らされてのショック、それから寂しさが半々くらいの割合で心を支配していた。


「あ、ねぇ優奈」

「なに?」


医師が出て行き、両親も家に帰った後も、浅香はずっと傍にいて、学校の出来事や最近のニュースなどを教えてくれた。ただポテチを食べるのはやめてほしい。


「あんた読んでたよね、REBORN!」

「!」

「続き、読む?」


明日持って来ようかと言う浅香に、あたしは静かに首を横に振った。


「え、なんで?」

「読まない。てか、読みたくない!」


「えええ!嫌いだったの!?あれ、でもすっごい読んでたよね……あれぇ?」


頭上に疑問符をいっぱい浮かべながら唸っていた浅香だったけど、しばらくして、気にしない方向で落ち着いたのか再びポテチに手をつけ始めた。

あの世界と漫画が別だったとしても、人物は同じ。あたしはもう、彼らの顔を見たくないのだ。



未来へ進むために、
あたしは彼らのことを忘れる。


だから、これで最後。



「みんな、幸せにね」



窓の外に見える雲ひとつない空を見つめながら、あたしは小さく呟いた。









「はよーっ、ツナ」

「あ、おはよう山本!調子はどう?」

「おう、めっちゃいいぜ!」

「けっ、回復早ぇな野球バカは」


岸本がいなくなってから、2ヶ月くらいが経った。季節は最近肌寒くなってきた10月。山本も元気になって、オレ達もしばらくは落ち込みっ放しだったけど回復した。


「おはよう、愛莉ちゃん」

「! う、うん。おはようツナくん」


愛莉ちゃんのことは、ファミリーから脱退させるだけに留めておいた。ザンザスには「相変わらず甘いな」とか散々言われて怖かったけど、殺してしまうことに賛成はできなかったし、それは山本と獄寺くんも同じ意見。

態度はよそよそしくなってしまったけど、彼女は今でも並盛中学校に通ってる。



イジメも、起きていない。

平和過ぎて、今までのはなんだったんだって思うくらい。でも、これが普通なんだよな。

普通に授業受けて、友達と笑って。でも、前まではあんなに短く感じていたのに、最近は時間が長く感じて退屈になりそうだった。



ピンポンパンポン

『2−A 沢田綱吉。直ちに応接室に来るように。3分以内に来なければ、咬み殺す』


「(何今のぉおお!?)ってか、え、雲雀さんだったよね今の!」

「ツナ、なんかやらかしたか?」

「いやまさか……遅刻もしてないし。あ、でもとりあえずオレ行って来る!」

「オレも行きましょうか!?」

「いや、大丈夫!」


突然の呼び出しに驚きながらも、オレは応接室へと走っていく。なんだか少し、胸がざわつく。悪い知らせじゃないといいんだけど。そうして辿り着いた応接室。コンコンとノックをすればすぐに返事は返って来て、恐る恐る扉を開ければ、雲雀さんはもちろんのこと、リボーンやディーノさんまでいた。


「リボーン!?それにディーノさん、どうして学校に!」

「よっ」

「とりあえず落ち着け。扉閉めてソファーに座りやがれこのダメツナが」


えええ、突然呼ばれたのにこの態度!怒鳴りたい衝動を抑え、扉を閉めてソファーに腰を下ろした。そして差し出される、白い封筒。


「手紙……ですか?」


雲雀さんに手渡された封筒を裏表と返してみるが、自分の名前以外の情報は何も書かれていなくて。なんだこれ、と首を傾げていると、雲雀さんが口を開いた。


「優奈からのだよ」

「! 岸本!?」

「そう。先日優奈が使っていた部屋から見つけたんだ」


岸本からの、手紙。それを知った途端、手紙を握る手に力が籠ってしまって。丁寧に扱いたいと思うのに、少しだけしわをつけてしまった。


「大事にとっとけよ」

「わっわかってる!リボーン達にも、何かあったのか?」


「ああ、あったぜ。オレのは、まぁなんだ、あまり部下に迷惑かけんじゃねーぞって……そんな内容だな、ははは」

「そ、そうなんですか。で、リボーンは?」

「秘密だぞ。教えたらおまえ、優奈に惚れちまうからな」


「んなっ、惚れないよ!!」

「咬み殺すよ」

「えっ、ちょっなんでですか!?」

「おいおい落ち着けよおまえら。ここで暴れたら大変だろ──ってどわ!?」

「ディーノさん!?どこに転ぶ場所が!」



そんなこんなで、オレはこの日、岸本からの手紙は静かに読めなかった。

というか、少し読むのが怖かった。これを読んだら、何かが終わってしまうような、そんな感じがしたから。──でも、いつまでも立ち止まってるわけにはいかない。それは痛いほど彼女に教えてもらったことだ。だから、どんな内容が書かれてあっても、オレはもう、後悔せずに前だけを見据えて生きて行く。



手紙を読んで、オレはまた一歩前に進む。


この先どんな未来が待っていたとしても、オレ達は目を背けずに立ち向かっていくんだ。










沢田へ


この手紙を読むのはいつになるかな。
恭弥が見つけなければ、永遠に読まないことになるんだけど……今見てるってことは、無事に発見できたみたいだね。


あたしのことは、リボーンから聞いたりした?まあ、別に知らなくてもいいんだけど。とりあえず、あたしから説明するのも面倒だし、何も言いません。けどこれだけは言っておきます、あたしはきっと元気にしてると思う。



ずっとずっとごめんね。

常盤のことも、イジメのことも、あたしがボンゴレに関係していたということも黙っていて。怒られても文句言えない。あたし、きみ達が10代目ファミリーを継ぐのに相応しいかってのを、イジメを通して見定めていました。

でも結局、あたしの意見が影響することはないだろうから、少しゲームをしている感覚で行動を見てました。


最低って思った?

思われても仕方ないことだね。それは本当にわかってる、だから、ごめんなさい。


沢田も獄寺も山本も、みんな優しい人だということは知ってました。だからこそ、暴力を受けるのは辛かった。きっときみ達も辛かったはず。根が優しい分、そのことを後悔して自分を追い詰めないか心配です。


これから先は自由に生きてください。

マフィアの道に進もうが、サラリーマンになってようが、誰かと幸せな家庭築こうが……全部きみ達が選んだ道。後悔のないよう精一杯生きて!その道が間違ってるなんてことは、絶対にないんだから。


手紙の宛先人は沢田ってことにしてるけど、山本も獄寺も読んでくれてるよね。そんな二人にも言いたいこと書きます。



まずは山本。

きみは最後まで常盤を信じていたね。あたしは、それでもよかったと思う。山本は常盤が一番だったんだから。

そういう真っ直ぐな想いはすごく素敵だから、これからも大事にしてほしい。


あ、常盤のこと、頑張ってね。彼女は鈍感っぽいから、たくさんアタックしないと気づいてくれないと思います。あ、これってただのお節介かな?



次に獄寺。

きっと、最後に言ってると思うけど、本当にすぐカッとなるくせは治した方がいいよ。周りが見えなくなって味方まで傷つけたらダメなんだから。

あと煙草は控えるように。最初にきみに屋上に呼び出された日、煙草はいけないよーって言ったでしょ?将来ガン発生して死んじゃうかもよって言ったのは、まぁ死んだら右腕なれないねって皮肉込めてました。



そして、沢田。

一番最初に真実に気づいてくれたこと、家から逃げたあたしを捜してくれたこと、本当にありがとう。お返しとばかりに、あたしもきみのこといっぱい捜したよ。

京子のこと、大切にね。
泣かせたら容赦しないんだから!


あと、お願いがあります。
これはマフィアの道に進まないと、きっとできないことなんだろうけど……サラリーマンになったとしても絶対にやって!必ずね!

骸さんを、ずっと牢獄の中にいる骸さんをいつか必ず解放してあげてください。


会った回数は少ないけど、それ以上に彼はあたしのことを心配してくれました。だから、骸さんにも自由を掴んでほしい。

難しいお願い突きつけて、ごめんね。



なんか、長くなっちゃった。何書きたいのかわからなくなったな。……締まりのない終わりで申し訳ないけど、今までありがとうございました。

会うことはきっとないでしょう。

あたしのことは忘れても構いません。
あたしも、きみ達のことは忘れます。



ただ、この先何年経っても、今抱いている感情だけは忘れないでください。



岸本優奈


End...


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