「恭弥、お昼はそうめんでもいい?」
「構わないよ」
今日もまた真夏日。こんなに暑い日は、いや、むしろ夏の間はそうめんに限る!ということで、お昼はそうめんでいいかと聞けばあっさりOK。3日に一度はそうめんなんだけど、結構こだわりとかないみたいだし、家事全般はあたしがやるって話だから好きにしていいみたい。でもそろそろいい加減飽きた、とか言いそうかな。
そして、あたしは恭弥と呼ぶようになった(今日で6日目になる)。なぜかって?そりゃあ色々ありました。半ば無理やり呼ばされてるようなもの。
ディーノに車で送ってもらったあの日、帰って早々に冷たい視線。リボーンの言っていた通り、彼はちゃんと自分で夕飯を作って勝手に食べていた。それでも、あたしが帰って来る可能性を信じていたのか、ギリギリまで調理を開始しなかったから食べる時間が遅くなったとか色々グチグチ言われて。
きちんと謝ったよ。土下座までして、ごめんなさいごめんなさい、と何度も。それなのに、敬称を取らないなら道に捨てる、とか言いやがりまして。あたしはペットかって話だよまったく!
「はい、どうぞ!」
「置いといて」
「……風紀の仕事、手伝おうか?」
あたしも風紀委員だし、と付け加えながら食卓についてそうめんを口に運ぶ。朝からずっとテーブルにある書類と睨めっこしたままなのだ、やっぱり手伝った方が捗るでしょうと思ったのに、要らないと即答。
「きみは自分のやるべきことを優先させた方がいいんじゃない?」
「そ、そうだね」
「敵が動き出してるなら尚更。おそらく常盤愛莉は、夏休みに一度だけある、明後日の登校日に仕掛けて来るだろうね」
「……やっぱりそう思う?」
確かに、登校日ならボンゴレファミリーが集まる。その方が効率はいい……けど、関係のない生徒を巻き込むことになる。まあ、そんなことを気にしているわけがないか。相手は人を簡単に殺めることのできる、マフィアなのだから。
考えていることが考えていることだから、眉間には自然としわを寄せていて、その表情のままそうめんを食べていたから、恭弥に額を小突かれてしまった。
「そうめん、不味いの」
「違う、そうじゃない」
「なら、そんな顔して食べないでよ。食べる気が失せるでしょ」
「はーい。っと、ごちそうさま!」
食器をシンクに運び、すぐさま洗って部屋に向かって出かける準備。恭弥の言っていたヒントを頼りに、ここ最近は並盛の町を歩き回っているのだ。
「今日も行くんだ」
「うん。5時までにはちゃんと帰って来るから、安心して待っててね」
「当たり前だよ」
「……それから、入らないと思うけど、部屋には入らないでね」
「なぜ」
「ひみつー」
「そう。まあ、興味無いから」
あまり深く詮索しないのが恭弥のいいところだと思う。つい、と視線を逸らしてそうめんを口に運ぶ恭弥に、行ってきますと声をかけてから家を出た。今日こそは答えを見つけるんだ!
彼も言っていたように、常盤が仕掛けて来るのは登校日だと思う。でもそれは、本当に最終段階。今もすでに仕掛けられている。最近あたしの周りに変な男の人増えてるし、リボーンからも変な奴らがうろついているという情報は受け取っている。
おそらく常盤のファミリー。
こうして、あたし達を見張っているのだ。
明後日の登校日までは注意しとかないとな、とため息を吐きながら、ひとり散歩気分で町を歩く。
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ガチャッ
「10代目ぇー、りんご剥けましたよ!」
「う、うん、ありがとう」
にこーっと笑いながら、なんとも不格好なりんごを差し出す獄寺くんに苦笑い。
最近彼はずっと家を訪ねて来る。オレのことを心配してのことなんだろう。目が覚めた時、獄寺くんが涙を流しながら謝って来てすごく驚いた。
「お身体の調子はどうです?」
「平気だよ。寝食してなかった分は取り戻せたし、気持ちもすっきりしてる」
「よかった!!もうオレ、10代目がいなくなったらこの先どうやって生きて行こうかと」
「そんな大袈裟な」
「オレにとっては一大事スから」
ギュッとオレの手を握り、真剣な眼差しを向けながら言う獄寺くんもまた、何が真実であったのかがわかったらしい。……と言うよりも、目が覚めた、と言っていた。今までどうしてあの女の言っていることすべてに疑問を持たず動けていたのか、自分でもわからないと乾いた笑みを零していた。
でも薄々は気づいているんだ。
──現実から、真実から逃げていたから……だから、常盤愛莉という少女を信じることで、自分は悪いことをしていないんだという錯覚に自らを陥れようとしていたのだと。
「そういえば10代目、笹川とは会ったんスか?」
「あ、うん。お見舞いに来てくれて」
「よかったっスね!!」
りんごをかじりながらその言葉を聞き、本当によかったなと改めて思う。
京子ちゃんが来てくれなければ、オレはきっと謝るタイミングを逃したままになっていただろうから。
ツナくん。
私はあなた達の今までやってきたことは許せないよ。いくらやってないと訴えても、信じるのはいつも愛莉ちゃんで。
私は辛くて、苦しかった。
でもね、私……ツナくん達と友達でいたいよ。
震える声で聞かされた瞬間、涙が出た。
ああ、どうしてオレは、この子の真実の言葉を信じてあげられなかったんだろう、と。酷い後悔の波に襲われた。
「獄寺くん、山本は……」
「ああ、あいつは全然ダメです」
それを聞いて肩を落とす。獄寺くんには、山本を説得するように言ってあった。けど、やっぱりなかなか信じてくれないみたいだ。これ以上、何を言っても無駄なのか?
獄寺くんの言うように、山本にはイジメ関係の確かな証拠がなければいけないんだろう。でも、証拠なんて、ない。岸本はあくまでも、愛莉ちゃんのファミリーを見つけるだけの任務らしいから、盗聴器なんて用いてないだろうって話だ。
現場そのものを見てもらうしかないんだけど……でも、そんな日って来るのか?
「でも、山本にも信じてもらわなきゃ」
「本当のこと知った時、あいつ何するかわかりませんしね」
「というか、今この時点でも何するか!」
そうだ。少なくとも、オレ達の言葉を聞いて混乱しているのには間違いない。ひとりで勝手に行動しなければいいんだけど。
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「お嬢ちゃん、このパンいかが?」
「いえ、結構です」
並盛商店街。スッと焼き立てのパンを差し出しながら絡んでくるおじさんにやんわりと断りの言葉を述べながら、先へと進む。あいつは常盤の差し金だ。今まで試食を勧めて来る人間がいなかったことと、あたしにしか寄って来ないのだから間違いない。
それにしても、いちいち断るのめんどくさいな。思わず舌打ちをしながら歩いていると、一軒の花屋が目に留まった。……恭弥、花好きかな?あの家殺風景だし、何か買って帰ろうかな。
「いらっしゃいませー」
小さなお花屋さんに入り、色とりどりの花を順々に見て行く。香りの強い花が集まっていることもあり、頭がちょっとだけクラクラする。
「こんにちは」
「あらおばあちゃんこんにちは。今日はどうしたのかな?」
「観葉植物がほしくてねぇ。何かいいのはないかね、綺麗な緑色のがいいねぇ」
「うーん、そうねぇ」
可愛らしいおばあさんのリクエストに、店員さんはどれにしようかと悩んでいるようだった。なんてことのない日常会話。あたしは気にすることもなく、花を見ていた。
「あ!これはどうですか?“トキワシノブ”っていう植物なんですけど」
植物の名前に、ピクリと反応を示す。トキワ……なんて言った?とりあえず、あたしの耳は嫌でも覚えてしまった常盤という単語に反応したようだった。でも、なんだろう、胸がざわつく。
「へぇ、シブノの一種かい」
「ええ。でもこれは耐寒性があるので、冬でも葉を落とすことはないんですよ〜」
店員さんの手に持たれているのは、緑一色の観葉植物。それをジッと見つめながら、手に持っていた花を元の場所に置いて彼女達の傍に寄った。
ずいぶん真剣な表情をしていたんだろう、あたしに気づいた店員さんはちょっと驚いた反応をしてきた。それから、おずおずと口を開く。
「? ど、どうしましたか?」
「その植物」
「これが、何か?」
「この植物の名前、教えてください!」
「え?これはトキワシノブって言う」
「ありがとうございます!!」
ペコッと一礼し、あたしは花を買うことなく花屋を飛び出した。ドクン、ドクンと大きくなる鼓動。
トキワシノブか……恭弥の言っていたヒントとも繋がる。そうか、常盤っていう名前自体がすでに答えだったんだ。そう思うと、自分のイタリア語の力不足が浮き彫りになったようで悲しくなる。バカバカッと心の中で叱りながら、帰ったら急いで調べなくちゃと走っていた時だった。
バキュンッ
「!?」
ざわり、と商店街がざわめく。日本では滅多に聞くことのない音。いきなり鳴り響いた銃声にあたしはピタッと足を止め、周囲を見渡す。……ああ、嫌な予感がするな。
ポケットから携帯を取り出し、すぐさまリボーンに連絡を入れる。相手は銃を持っているから、あたしだけでは絶対に無理だ、撃たれてしまう。
『なんだ』
「リボーン!今、銃声が聞こえた」
『なに……?どこだそこは』
「あたしは今商店街にいる。ここ近辺から離れた場所じゃないことは確かなんだけど……嫌な予感がするの。あたしは先に行くから、リボーンも早めに来て」
わかった、という言葉を聞いて通話を切る。
この嫌な予感が外れてればいいのに。そんな想いを胸に、常盤のファミリーに気づかれないよう、並盛商店街のお店を見ている風を装いながら銃声の発生源を探る。
けど、嫌な予感と言うのは当たるもので。
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「あ、愛莉っ」
「武くんのせいだよ?“本当にやってないよな”なんて問い詰めるから、我慢できなくて撃っちゃった。バカみたいに愛莉のことだけ信じてればよかったのに、どこで疑い始めちゃったのかなぁ」
グリッ
「ぐぁあっ」
「痛い?そりゃあ痛いよね。でも、これ以上の痛みを京子ちゃんや優奈ちゃんは毎日受けてたんだよぉ?あなた達の暴行で」
銃で撃ち抜かれた右肩を重点的に爪先でぐりぐりと押し付ける常盤に、山本は悲痛な叫びを上げることしかできなかった。
こいつは一体誰だ。
自分は今何をされた。
自分は今まで何をしていた。
そんな考えばかりが脳内を埋め尽くす。
スクアーロが来たあの日の沢田の言葉や、獄寺からの信じ難い言葉を聞いていた山本は少なからず混乱していた。ずっと一緒にいた常盤が敵で、岸本が味方だなんて信じられなかったからだ。
でもそれなら、と山本はひとつの決心をしていたのだ。ボンゴレを潰すなんてバカな計画は中止にして、自分達ボンゴレファミリーの一員として新たな一歩を踏み出させようと説得することを。
ずっと一緒にいた常盤ならば、この気持ちに応えてくれるはずだと思って。
しかし、現実は甘くない。
「バカじゃない?愛莉がボンゴレにひれ伏すとでも思ってるんだ、武くん。というか、武くんはそれ以前の問題かなぁ。あの時は笑いそうになっちゃったよぉ、やっと真実を見つけたツナくんのことを見損なったとか言っちゃってさ。まぁ、そのお陰でボンゴレはバラバラじゃない?ありがとうね、武くん」
「あい、りっ、おまえ……ぐはっ」
「喋らないでよ。バカな駒のくせに」
バカな割には仕事は一番よくやってくれたけど、と高笑いする常盤。そんな彼女の顔は見えない。顔を足の裏で押さえ付けられている山本の頬に、一筋の涙が伝った。
「……あれっ、泣いてるの?ふふ、男の涙なんてみっともなーい!今更“信じて”なんて言っても無理なのはわかってるからぁ、教えてあげる。愛莉はね、ずーっとずーっと……
武くん達のことを騙してた。そして、京子ちゃんや優奈ちゃんを地獄に陥れた張本人でーす」
「!!」
「愛莉は天才だからね。傷痕なんて特殊メイクで作ったし、カッターはちょっと怖かったけど浅く切っただけ……あぁそれから、強姦なんて受けてないよぉ愛莉ちゃんは!」
まんまと信じちゃって面白かったー、と山本の顔を覗き込みながら満面の笑みで言う常盤。
山本は、ただただ涙を流すばかり。
常盤の嘘の言葉だけを信じ、笹川や岸本を傷つけていた自分が腹立たしいというよりも、常盤の嘘を見抜けずに、止めることができずに、このままずるずると引きずってしまっていた自分に腹が立つのだ。
常盤の笑顔が好きだった。
嘘偽りのものだったのかもしれない。けれど、彼女のその笑顔が大好きだったのだ。それがいつから、こんなに醜く歪んだ笑顔になってしまったのだろう。
こうしてしまったのも、すべては早く真実に気づこうとしなかった自分達のせい。
「……、愛莉」
「まだ言うの!?」
「うぐっ、わる、かった……」
「は?」
「もっと、早く気づけてれば、っ愛莉は、もっと綺麗に、笑えた……のに、な」
「ハッ、笑わせないでよ。どこまでバカなの?今どんな状況に置かれてるのかわかってんの!?」
ドカッ、ゲシッゲシッ
「くそっ、くそっ!」
ひたすら山本の身体を蹴り続ける常盤の目は狂気に満ちていた。けれど、その蹴りは、何か湧き上がる想いを必死に振り払っているかのような行動にも見える。
「何を今更!!愛莉はずっとボンゴレを潰すためだけを考えてきたの!」
「おい、もうやめとけ」
「もう意識飛んでるよ、山本」
「!?」
そんな常盤の目に飛び込んで来たのは、小さな赤ん坊と、岸本優奈の姿だった。
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山本の肩から流れ出ている血に、あたしは顔をしかめた。そうして視線の行き着く先は、息を乱している常盤愛莉。
「優奈ちゃん、……よくわかったわね」
「商店街近くで銃声鳴らされちゃったら嫌でもわかる。さて、あんたの下で寝てる山本を解放してくれないかな?」
「フッ、どうしてぇ?優奈ちゃん、武くんに殺されかけたのに憎くないの?」
「そりゃ憎い。そいつのお陰で、あたしは生死をさ迷ったし、人間に恐怖を抱くようになった。でも、それはそれ。早く病院に運んじゃいたいんだよね」
殺してしまうわけにはいかないんだ。どんなに憎くて、死んじゃえばいいと思えてしまうほどの相手でも、それは結局あたし個人の感情だから。
ボンゴレはそんなこと望んでいない。
彼が欠けたら、10代目ファミリーとして成立しなくなってしまう。マフィア云々を抜きにしたって、沢田や獄寺は彼の死を望んでなんかいない。
「生意気な口叩かないでよ。あぁそうだ、優奈ちゃんも銃で撃たれてみる?」
「……」
「もちろん心臓は撃たないけど。だって、あなたにはボンゴレの最期を見てもらわないといけないもの」
妖しい笑みを浮かべながら言う常盤にゾクリと来るよりも、隣にいるリボーンが放つ殺気の方が何倍もゾクリと来る。現に、リボーンは銃を構えている。常盤が撃つ姿勢を取れば、その前に彼は一発撃ち込むだろう。
「止めておいた方がいいよ。あんたが撃つよりも前に、こっちが撃っちゃうから」
「チッ、言うな優奈」
「だって本当のことじゃない。お怒りの気持ちもわかるけど、リボーンは手を出しちゃダメ。常盤の処分は、10代目が決めることだから」
「はぁ?愛莉の処分って……ふふ、笑っちゃう。ツナくんがそんなことできるわけないじゃない。それに、ツナくんだけじゃ、みんなを信用させることなんてできないんじゃないのかしら。武くんはしばらく起きないと思うし」
「それはどうかな」
「強気の発言、気に入らないなぁ」
「強気なんだから仕方ないじゃない?」
勝ち誇ったように言ってやれば、常盤は顔を歪ませた。彼女はまだ、獄寺は迷っていると思っているんだろう。あたしとの会話を聞かれていたことなど、知らないから。
しばらく睨み合いを続けていると、外が徐々に騒がしくなってきた。おそらく、銃声の音を聞いたであろう一般人がパトカーを呼んだのだろう。さて、厄介なことになる前に退散してしまわないといけないんだけど。
「うーんと、山本どうしよう」
「オレに任せとけ」
え?と隣に視線を落とせば、そこにはもうリボーンの姿はなくて。気づけば数歩先をゆっくりと歩いていた。
常盤に近づいて、何をするつもりだろう。もし銃を放たれたりしたら……という不安は要らなかったようだ。様子を見ていれば、どうやらリボーンは常盤を圧倒させるほどの強い殺気を遠慮なしに放っている。顔を真っ青にさせた常盤は、その場から動くこともできない。
その隙に山本をずるずると引っ張りこちらに戻って来た。ほんと、最強で最恐のマフィアだよ、リボーンは。
「う、重っ!……じゃ、明後日の登校日、また会いましょう常盤さん」
「!っその日がボンゴレの最期よ!!」
自分よりかなり大きい山本を引きずりながら、リボーンと一緒にこの場を去った。車を手配してあると言うので、パトカーに見つからないよう移動し、なんとか山本を車に入れることができた。
「はぁっ、疲れた……!」
「お疲れ。」
「ほんとよ、まったく!リボーンのせいで余計重かった!!」
途中からなんか重量が増したなと思って山本を見れば、お腹の上に座ってるんだもの!警察に見つかったらどうしてたのかな!?
車に乗り込み、聞こえていませんよと主張するかのように寝息を立てるリボーンに向かってガミガミ言うあたしに、ディーノは苦笑した。はぁ、怒ってても無視だし、もう帰ろう……疲れ切った身体をクルッと回転させれば、おい、と声をかけられる。
「乗らないのか?」
「うん。山本と一緒にいたくないし、歩いて恭弥の家に帰るよ」
「そうか、気をつけてな」
「はーい。ディーノも安全運転でね」
「オレってそんな危なっかしいか?」
車の中を見てロマーリオさんがいないのを確認して、コクリと頷く。ひっでー!と声を上げるディーノに微笑んでから、車から離れて帰路に着く。
任務の終わりは明後日の登校日。
「…………」
手のひらを見て、握ったり開いたり。そのまま腕を上げ手のひらを空に翳せば、薄っすらと見える青。
あたしの消滅も、きっと、明後日だ。
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