君キン | ナノ


「暑ィ……」


雲ひとつない空から照りつける真夏の太陽は、肌に痛いくらいに突き刺さる。岸本に会って、色々と言われて、それからオレはもう逃げないと誓った。

リボーンさんにも怒鳴られちまった。おまえは10代目の右腕なんじゃねぇのか、と。何があっても一番にオレが信じなきゃいけねぇのは10代目だって。


10代目が岸本を信じている理由はまだわからない。オレには、超直感なんて優れたもん、持ってねぇから。



「!」


はあ、とため息をつき、角を曲がろうと足を進めると、そこには岸本が。出て行ってもよかった。でも、今更どんな顔して会えばいいのかわからず、反射的に隠れてしまった。



「それにしても、今日暑過ぎ」


そう言って汗を拭い、鞄から飲み物を取り出して喉を潤わせる岸本。あいつは、10代目を捜しているのだろうか。

今まで酷いことをされてきたってのに、よく捜そうとか思うよな。壁に寄りかかりながら、相手に気づかれないようにそっと様子を見る。すると、後方からひとりの女が近寄って来た……あれは、常盤さんだ。



「常盤……」

「元気そうだねぇ、優奈ちゃん?」


いつもと全然違う表情。あんな笑い方は見たことがない……自然と、額から冷や汗が流れ出る。


「そんなに急いでどうしたの?」

「別にどうもしない」

「あら、素っ気ない!優奈ちゃん、愛莉ねぇ、あなたの家を見つけちゃったの」


「そ、そう」


……家?
あいつの家に、何かあるってのか?

家を見つけたことを自慢げに話す意味がわからず、眉間にしわを寄せながら耳を欹てていれば、次に驚くべき言葉を、常盤さんは放つ。


「優奈ちゃんボンゴレ関係者でしょ」



は……!?

思わず声に出しそうになり、口を押さえる。
いや、この前からおかしいとは思っていたんだ。オレのことを10代目の右腕だと知っていたし、何よりあの鮫野郎……あいつの怒りは明らかに岸本に対する悪口をオレ達が言ったからだ。


「……いつわかった」

「んー?暗殺部隊の、スクアーロって人が来たでしょ。それで確定したの!本当はツナくん達とみんなであなたの家に入って、優奈ちゃんがどっかのマフィアなんじゃないかって疑わせてからバラバラにさせる計画だったんだけど、その人が来てくれたから手間が省けちゃった!」


今ね、面白いくらいバラバラよ、と高らかに笑いながら言う常盤さんに寒気がした。オレは今、何を見ているんだ……?あそこにいるのは、常盤さんであって常盤さんでないような気がした。だって、本当に違うのだ。でも、きっとあれが……。


「悔しい?バラバラにさせずに愛莉のファミリーを暴こうと思った?ふふっ、無理だったね、愛莉の勝ち!」

「まだそんなのわからない」


「──は?」

「確かに今はバラバラだ。でも、それは現実から目を背けてる奴らがいるから」



どきり、
岸本の言葉に反応する心臓は正直だ。

現実から目を背けてる奴ら。それは、間違いなくオレや山本に向けられた言葉だろう。


「まぁね。でも、あんたにその現実を彼らにわからせてやることはできないし、わかったとしても今更よ、もう遅い!こっちは動き出してる!」

「なら、こっちは時間ギリギリまであんたのファミリーの名を探し出す。それさえわかれば、こちらには最強の暗殺部隊がいる。正直言うと、沢田達が真実知ろうが知るまいが関係ない……あんたらを殲滅できればね」


「ずいぶん余裕そうな声じゃない。この何ヶ月か愛莉のファミリーを見つけることができなかったのに、今更どう頑張っても無駄じゃない?」

「ヒントもらったから」

「……ヒント?」

「そう。だから、見つけ出すのもそう遠くはない」


「っ!ふ、ふん!そんなの無理!せいぜい頑張って足掻けばいいわ!そしてその目でボンゴレの最期を見ていればいい!!」



岸本を鋭く睨みつけ、常盤さんは踵を返して去って行った。


ああ、これが現実。

なんて、苦しいんだ。まさか、彼女がボンゴレ以外のファミリーにいたとは、考えもしなかった。むしろオレは、笹川やアホ女のような一般人だと思っていた。


でも実際は違う。常盤さんはあるファミリーのマフィアとして、ボンゴレの仲間になり、オレ達の仲をバラバラにしてから何かをしようと企んでいた。



「……っ」


こうしちゃいられねぇ。オレは冷や汗をグイッと拭い、走り出す。山本に、伝えなくちゃいけない。

動き出しているということは、オレ達は敵マフィアに襲われる可能性があるってこと。今ここでバラバラになっていたら、確実にボンゴレ10代目ファミリーは潰される!




ガラッ

「へいらっしゃい!って、あんたは武の友達の」


太陽の下、柄にもなく全速力で走ったせいか、かなり体力が奪われていてまともに声すら出せない。肩で息をしているだけのオレを見て、親父さんは山本を呼んでくれた。

椅子に腰かけテーブルに突っ伏していると、頭にひんやりとした物を当てられ、顔を上げる。


「何か用か?ついでにこれ」

「……悪い」


別にいいって、といつもの憎たらしい笑顔をオレに向ける山本に軽く舌打ちをしながら、手渡された水を受け取り飲み干す。


「ちょっと表出ろ」

「ん?ああ。親父、ちょっくら出て来る」

「おー」


山本を連れ出し、近くにある公園へ。運のいいことに、ちびっこや老人もいねぇ、話をするには最高だった。


「なんだよ獄寺」

「ああ。……おまえさ、どっちを信じる」


「え?」

「常盤さんと、岸本」

「なんだよその質問。愛莉に決まって……おい獄寺、おまえ、何考えてんだ?」


変な奴、と最初は笑っていた山本だったが、オレの質問に疑問を感じたのか、いきなり表情が真剣になりやがった。これはもう、ストレートに言っちまった方がいいかもな。


「よく聞けよ山本。敵は……常盤さんだ」

「!?な、何言って」

「ずっとオレ達は騙されてたんだよ!」

「嘘だろ!?愛莉がオレ達を騙すはずがない!おまえも愛莉を裏切るってのかよ!!」

「裏切られてるのはオレ達だ」


ガッ

「っつー……」

「何言ってんだよ獄寺!愛莉が、どれだけ酷いイジメを受けて泣いたと思ってんだ!?それなのに、愛莉が裏切ってる?ふざけるのもいい加減にしろよ!」


山本の目がキラリと光ってから拳が飛んで来るまで数秒もかからなかった。強烈な拳をモロに食らい、ふらりとよろける。


「さっき、常盤さんと岸本が話してる内容を聞いた。常盤さんはボンゴレをバラバラにさせようとしている敵マフィアだって、本人が言ってやがったんだぞ!」

「何かの聞き間違いじゃねーのか?」


「……っくそ」


真実を知ってしまったオレ

真実を知らず、そして知りたくない山本


こうもオレの言葉を聞き入れてくれないとは思わなかった。いや、10代目から見ればオレだってそうだったんだ。言葉も聞かず、逃げた。

他にどう言えば伝わる?拳を握り締め、考えを巡らせる。イジメに関してはよく知らない、知ったのはマフィア関係のことだけだ。……山本が一番知らなければならないのは、イジメ関係のことだろうな。こいつはマフィア云々に対してはあまり興味がないようだから。それでも守護者かよと言いたくなるくらいには。



ピリリリン、ピリリリン

「!」

「メール!?」


しばらくお互い黙り込んでいれば、同時に携帯の着信音が鳴る。誰だと思いメールボックスを開けば、送信者は常盤愛莉。どうやらオレと山本に一括送信したらしい。


「チッ……また岸本かよ」

「(嘘だな、これ)」


メールの内容は、岸本に会い、笑顔で挨拶をしただけなのに頬を叩かれたというもの。その現場を見ていたオレにはわかる、完全に嘘だということが。ってか、こんなこと普通一括送信するものか?

……ははっ、真実がわかっちまうと、常盤って女にどうして今まで従っていたのか不思議で堪らねぇや。



「これは嘘だぜ、山本」

「っ!」

「さっきオレは二人でいたのを見てた。けど、岸本は手なんか上げてねえ」

「愛莉が嘘ついてるってのか?」

「ああ」


「──ふざけんなっ」

「山本」


意味がわからないと混乱し、唇をギリッと噛み締め肩を震わせる山本。何を信じたらいいかわからないといった風な表情をしている山本に、更に追い打ちをかけるかのように、ポツリポツリと雨が降ってきた。



「嘘だ……!愛莉が、オレ達を騙すなんて」

「嘘じゃねぇ!!」


見ていられなかった。イライラした。少し前のオレを見ているようで、嫌だった。

段々大粒の雨になっていく中、オレは山本の胸倉を掴み上げた。うぐ、と苦しそうにする山本を見ながら、オレは言葉を紡ぐ。


「オレも少し前までおまえと一緒だった!岸本がイジメをやってないだなんて信じられなくて、だからオレはそんなことを言った10代目から背を向けることで現実から逃げてたんだよ……今のおまえのようにだ、山本!!」


「…………」

「この雨で頭冷やせ。じゃーな」


パッと放し、オレはすぐにこの場を去る。向かう先は10代目のいる場所。どこにいるかなんてわからない……とりあえず岸本が向かった方向に行ってみるかと足を進めていると、その数時間後に再び携帯が鳴り響いた。








「バカかおめぇは!!」

「う、ご、ごめんなさい」

「まぁまぁリボーン、それくらいにしとけって。優奈も反省してるって」

「うるせぇディーノ」


迎えに来るよう頼んだのはディーノ。彼は思っていた通りまだ日本にいて、というかあたしの住んでいたマンションにいた。電話をすればすぐに飛んで来てくれた。それから無事沢田を運んで、ひと息ついたところでリボーンに怒鳴られ始めたのだった。

この怒りは、あれだ、あたしが勝手に家を出ていなくなったことに対してだ。


「無事だったんだからいいだろ?」

「甘ぇぞディーノ。こいつは一度きつく言ってやらねーと覚えねぇ……いや、身体に叩き込まねぇと覚えないタイプだぞ」

「あの時は、ほら、色々精神的に不安定で」


「……人間不信は治ったのか」

「信頼できる人相手には。だから、本当に迷惑をかけました、ごめんなさい」


そう言って目を伏せる。笑っちゃうくらい心臓がドキドキしてる。彼らには何回も迷惑かけてしまっていたけど、今回はいつもの倍、迷惑をかけた。だからこそ簡単に許してくれるはずないってわかっちゃうから、真っ直ぐ目を見て謝れなかった。

そんなあたしの頭に、ぽふ、と大きな手が乗っかる。視線を上げれば、ディーノは困ったように笑っていた。


「いいって。優奈が無事に戻って来てくれて、オレはそれだけで充分だぜ」

「あまり心配させんな」


「……、うん」


ああ、温かいな。いつもと変わらないその温かさに、すごく安心して頬が緩んだ。と同時に、今まですっかり忘れていたけど、突然恭弥先輩のことを思い出した。



「今、何時!?」

「うわっ急に頭上げんなよ。っと、今は8時だけど……どうかしたのか?」

「8時……!やばい、殺される!!」


バッと立ち上がり、ディーノがあたしの家から持って来てくれたノートパソコンを手に持って出ようとるすが止められた。


「なによリボーン!」

「まぁ、もう少しゆっくりしてけ」

「そんなっ、無理だよ」

「雲雀なら自分でなんとかするだろ」

「そうなんだけど、でも……って、なんでそのこと知ってるの!?」


「シャマルから聞いた」


帰ろうと頑張ってみても、部屋の扉の前で銃を持ちながら通せん坊をしているリボーンという障害を乗り越えることはあたしにはできない。観念し、ため息を吐きながら床に座り込んでベッドに眠る沢田を一瞥した。これだけうるさくしてても起きないんだ……それだけ寝てなかったんだなぁ。

携帯を取り出し、帰りはかなり遅くなることを伝えるため先輩にメールを入れる。と、その時、訪問者が来た。ピンポーンと鳴ったかと思えば、返事を聞いたのか聞いてないのかわからないが、ドタドタと階段を駆け上がる音。


こんな時間に誰だろう。ふと携帯から視線を外してリボーンを見れば、薄っすらと笑みを浮かべていた。



バターンッ

「10代目ぇえええ!!」

「!」


そりゃもう扉が壊れるんじゃないかという勢いで入って来て、そのまま沢田の眠るベッドへと駆け寄る。涙を浮かべながら、寝ている沢田の手をギュッと握り、ご無事でよかったですと言い続けるのは、言うまでもなく獄寺隼人で。


「リボーンが連絡を?」

「ああ」

「……てか、びしょ濡れ」


雨の中、傘も差さずに走って来たというのか。とりあえず風邪をひかれても困る。あたしは押し入れの中からタオルを一発で見つけ出し、獄寺の頭の上に被せた。


「……岸本」

「なに?」



何か言いたそうな目を向けて来るも、黙ってタオルを手に取りゴシゴシと拭く獄寺。しばらく沈黙の続いた部屋だったが、獄寺が口を開いた。


「悪かった……今まで」

「……」

「今日、おまえらが話してるのを偶然聞いちまって。それで、常盤が敵だってわかって」

「聞いてたの知ってるよ」

「え」

「大丈夫、常盤は気づいてない。それでどうなの?常盤が敵だとわかって、あいつが全部悪いと思う?」


「──いや」


話してる内容が内容だ。ここにいるのは場違いだと感じたのか、ディーノは静かに部屋を出て行った。


「オレは、常盤が悪いと思う以前に、オレ自身が一番悪いと思う。確かにオレ達を嵌めようとしている常盤は悪いと思うけどよ、それに気づこうともせずにおまえをイジメ続けたオレ達が一番酷い。
あいつの言葉ばっかりバカみたいに信じ続けて、結果ばかり見てよ。おまえがやったって言う証拠なんて無いに等しかったのに、勝手にストレス発散みたいに暴力振るって。それを常盤は遠くからただ見てただけなんだと思うと、悔しくて仕方ねえ!!本当に、悪かった……」

「獄寺、頭上げろ。おまえらは確かに酷いことを優奈が来る以前から京子にしてきた。本当に心の底から謝らなきゃならねーのは、京子の方だぞ。優奈にだって悪いとこはいっぱいあったしな」

「リボーン、痛いとこ突くなぁ」

「岸本、おまえイジメは……」

「え、イジメ?」


その問いに怪訝な目をして獄寺を見る。常盤が敵だってわかったのなら、イジメのことだってわかるはずなのに、なぜそんなことを聞くのか。


「イジメに関しての確証を得ねえと、山本のバカが納得しねーんだよ」

「ああ、山本。あいつは無理でしょ」

「は?」

「だから、常盤があいつの前で本性出さない限り、誰の言葉も信じないよ」

「んでそんなこと」

「わからない?みんな鈍いのかな。山本は常盤のことが好きなの」


一瞬キョトンした表情をした獄寺は、その数秒後には目を見開いて顔を真っ赤にさせ、あたしから目を逸らした。


「そ、そうか……」

「うん。だから山本には悪いけど、一番つらい形で真実を知ることになる。ま、彼にはそれくらいが丁度いいのかぁ、一番酷かったわけだし」

「オレだって、おまえにダイナマイト投げたりした!本当に、悪かっんぐ!?」


再び謝罪の言葉を述べようとする口を、タオルできつく縛る。苦しそうにもがくのに手を緩めないのを見てか、リボーンが「Sだな」と呟いた。


「さっき、心から悪かったと思って謝罪したんだよね?何回も謝ったところで、罪が軽くなるわけじゃないの、だからもうやめて。聞かされるこっちの身にもなってよね。それと、自分のした罪の重さがわかったのなら、今度は前に進んで行かなきゃダメ」


念を押すように、わかった!?と言えば、獄寺は必死に首を上下に振った。苦しさもあってか顔は青ざめている。その様子を見てからタオルを外せば、ぷはっと大きく空気を吸い込む獄寺。

それを尻目に、ノートパソコンを手に取り、あたしは今度こそ帰るために扉の方へと足を運ぶ。もうリボーンはあたしを止めない、その理由がないからだ。



ギィ、

「獄寺は、沢田が目を覚ますまで傍にいてあげて。そうすれば、目を覚ました時、沢田も安心するでしょ」

「……岸本」

「ん?」


「──ありがと、な」


少し言いづらそうに、でもはっきりとそう告げる獄寺。そんな言葉に微笑みを返して扉を閉める。

また言われてしまった。
ありがとうなんて、そんな言葉を言われる筋合い、あたしにはないだろうと思いながら階段を下りて行く。玄関には、ディーノが腰を下ろしていた……ずっとこうしていたのだろうか。あたしはそんな彼の背後に寄り、ぽんと肩に手を置く。


「!」

「お待たせ」

「終わったのか……解決、したか?」


「解決っていうか。でもまぁ、少しはいい方向に進みそう、かな」


へら、と笑って言えば、ディーノも笑ってくれた。それから恭弥先輩の家に車で送ってもらうけど、その間に会話は特になかった……と言うよりも、あたしが違うことに考えを巡らせていたせいで話しなどできなかった。


常盤のファミリーを見つけるまでは。

この世界から、消えたくない。


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