君キン | ナノ


カリカリカリ……

「先輩、今何時?」

「それくらい自分で見て」

「えー、せっかく順調に手が進んでるのに止めるなんてやだなぁ」

「知らない」


今日のあたしのスケジュール。
午前中は先輩と風紀の仕事、そして午後はまず並盛神社に用があるから行って、それから沢田を捜しにまた歩き回る。

動いていた手を止めて、視線を壁にかかっている時計に移せば、針は11を指していた。



「げっ、もうこんな時間!?」

「……何か用でもあるの」

「ある。かなり重要な用事!すっぽかしたら大変なことになる!」


ガタッと立ち上がり、必要最低限の携帯やらハンカチやら……あと、昨日帰りに買った飲み物と扇子は必ず入れてっと。

それから、今あたしは先輩に対しての敬語を取り払った。先輩の命令を実行して、昨日は帰宅してから敬語を取って話したら、どうしたのと言われた。やっぱりあれ寝惚けてたみたい!目はしっかり開いてたのになぁ。でも、なんとなく敬語ナシで話してる時の方が嬉しそうな表情してる気がするから、そのまま続行中である。


「それじゃあ行ってきまーす」

「あまり遅くならないでよ。僕の夕飯まで遅くなることになるんだから」

「……はーい」


なら作ってくれてもいいじゃん、という言葉を飲み込んで。靴をしっかりと履き、忘れ物はないかと鞄の中身をもう一度確認してから家を出る。

外気に触れた瞬間、溶けてしまうんじゃないかと思うくらい温度差が激しくて。セミの鳴く声も今日は一段と元気がよく、こっちはそれがイラつく原因のひとつでもあるってことを理解してほしいよね!



「あっ急がなくちゃ!あの人、絶対待ち合わせ5分前には必ずいそうだよね」


暑いから本当は走る気なんて起きなかったけど、待ってる人が待ってる人だ。あまり長く待たせてはいけない、とあたしは駆け足で並盛神社へと向かった。




ミーン、ミ──ン、

「はぁ、はぁっ……石段、ながっ」


普通に歩いてここまで来れたならこんなに疲れなかっただろうに、走りっ放しの身体にはこの石段はきつい。じわり、と出てくる汗を拭いながら、一歩一歩確実に上って。はあ、と最後に大きく空気を吸い込み視線を上げれば、丁度木陰になっている場所……そこで彼は待っていた。



「──っ骸さん!」

「……遅いですよ、優奈」


「いたっ……すいません」


駆け寄れば、少し痛めのデコピン。額を撫でながら謝れば、骸さんはやんわりと微笑んで許してくれた。立ち話は疲れると言うので、少し奥に進んだ先にあるベンチに腰を下ろした。



「クロームちゃんに聞きました、骸さん、あたしのこと心配してくれてたって」

「……」

「ありがとうございます」


「クフフ、嫌いなマフィアにきみを傷つけられるのを見ていられなかっただけですよ。それに、僕は実際何もしていない」

「心配してくれただけで嬉しいです!それに、骸さんがあたしに対して友好的じゃなかったら、きっと今もあたしは逃げていたと思うから」

「それは千種のお陰でしょう」

「あはは、そうでした」


さわさわと風に揺れる葉っぱの音が心地良い。それからあたしは、骸さんにも自分自身のことを打ち明けた。ボンゴレ関係者として並盛に来たということは、ずっと前に知られてしまっていたから、それ以外のことを。そうしたら、目を細めて、やはりそうでしたか、と言うのだった。


「やはりって……」

「言ったでしょう、きみからはこの世界の匂いがしない、と。話してくれたおかげでようやく霧が晴れましたよ」

「そんなに気にしてたんですか?」

「ええ、そうですね」


うっ、はっきりと言わないでほしかった!
だって、それだけあたしのことを考えていたって話でしょ……。真っ直ぐ見て来る骸さんの視線から逃れようと、パッと空を仰げば、青い真夏の空が広がっていた。



「(──あ、)骸さん」

「はい」

「沢田の居場所とか、わかりませんか」


「優奈、きみは僕をなんだと」

「ですよね。ああ、マーモンがいればなぁ」


マーモンなら(大金要求されるけど)鼻水ひとつで見つけ出せるのに、なんて思いながらため息をつく。一体、どこにいるのだろう。もうそろそろ見つけないと、彼の体力だって危ないんじゃないかと思う。


「ああ、ですが……」

「?」

「一度だけ、黒曜センターに」

「黒曜に!?やっぱり並盛出てたんだ……どうでしか沢田の様子。もうずっと家にも帰ってないみたいだから、ご飯も食べてないと思って心配で」


「痩せていましたね。珍しく犬がチョコやら色々あげてましたが……あれでは満たされないでしょう」

「チョコ!!」

「しかし、心配することはなさそうだ」

「え、でも」

「彼なりに色々整理をつけるため、覚悟を決めるために行方を晦ましたようなもの。もう残された時間があまりないこともわかっていたようですよ、ボンゴレは」

「そんなことまで?あたし、何も話してないのに」

「ボンゴレの血、でしょうね」


そうか、超直感が働いたのか。

ただ単に行方を晦ましていたわけじゃなかった。それならリボーンに、少しいなくなるとか……一言でも何か言葉を残して行けば、と思ったけどあたしも人のこと言えないじゃないか、まったく。



「ボンゴレは」


捜しに行こう、そう思ってベンチから立ち上がると同時に、骸さんは口を開いた。


「ボンゴレは優奈の言葉を待ってますよ」

「……!!」

「捜しに行きなさい」


「うんっ、骸さん、本当にありがとう!」



石段を駆け下りながら、思った。

もしかしたら、骸さんとはこれを最後に、もう会えなくなるかもしれないって。漠然とした思いだけど、そんな気がして胸はざわつく。それでも骸さんにお別れの言葉を述べずに去って来たのは……また会えると、信じていたかったからだ。


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