「せんぱーい?先輩っ、恭弥先輩!」
久しぶりに布団で眠ることができたからか、かなりぐっすりと眠ることができたし、目覚めもすっきりだ。顔も洗って、服も昨日の服に着替えて、あたしは言われた通り朝ご飯をきちんと作った。因みに夜は先輩の学校ジャージを貸してもらった。
な、の、に、7時半になっても先輩が部屋から出て来ないから、こうして部屋の前で呼んでいるわけなんだけど。反応もないし、全然起きる気配がないのか、無視なのか。
コンコンッ
「起きてくださいって!ご飯冷めちゃう」
まさに、シーン、だ。
なんなの?新手のイジメですか?
「もう、入っちゃいますからね!」
と、ドアノブに手を伸ばしたけど、恐れ多い。だって、あの雲雀恭弥の部屋だよ。まぁ、リビングの感じからしてシンプルなんだろうけど……それよりも、本当に寝てたらどうしよう!?
仮に入ったとしよう。
起こした途端、あたしの顔を見て、「何勝手に入って来てるの、咬み殺すよ」と言われるに決まっている。でも、それで起こさずに放置してたら、それはそれでまた咬み殺されるような気がするんだよね!
「せ、せんぱーい?」
そっと扉を開け、隙間から中を覗けば、まだベッドの布団が盛り上がっている。どうやら寝ているらしい……でも、あれ?確か先輩って、花弁が落ちる音でも起きるとかいう設定なかったっけ。
やっぱり原作とはちょっと違うのかなぁと思いながら、静かにベッドの近くに歩み寄れば、背をこちらに向けているからわからないけど、規則正しい寝息。完璧爆睡中。
「先輩、ご飯冷めちゃいます。だから早く起きてくださいよー!」
「…………」
「朝弱いんですか?意外ですね、先輩って6時とかに、パッと突然目を覚ます人かと思ってまし、た──っうわ!?」
「うるさい。そんなわけないでしょ」
「えっ、あの……ん!?」
しばらくこの状況を理解するのに時間がかかりそうだ。えっと、先輩が起きたのはいいんだよ。なのに、突然手首を掴まれたかと思えば、グイッと力強く引っ張られてしまい……目の前には、先輩のお顔。理解してしまえば、途端に顔に熱が集中。
「うわあああ!?せっ先輩なにを!!」
あまりもの端整な顔立ちを直視できず、目線を逸らしながらも手首を放してほしくてグイグイ手を引っ込めようとするが、全然動かない。寝起きのくせに力強くない!?
「明け方まで仕事してたんだ、まだ眠い。」
「え、あ……それは、すみませんでした」
「僕の分はラップにでもかけておいて」
「了解です。で、あの放してください手首」
「いやだ」
「なんでですか!?」
ぐわっと先輩を見れば、鋭い視線がこちらを見ていた。これまた寝起きとは言えない恐ろしさ……。
「敬語、敬称、外せ。命令」
「は!?」
な、なんで突然そんなこと……?
別に先輩なんだから先輩でいいじゃないか、と思ったので正直にそれを言ってみたけど、手首を放す気配は一向にないし、むしろ力がどんどん強くなっているような。
「いい加減僕のことは…………」
「……?」
急にスッと手首を掴む手が弱まり、不思議に思って顔を覗き込めば、寝ていた。え、まさか今までの寝言……?いや、目ばっちり開いてたよね。先輩でも話の途中で眠ることってあるんだと驚きつつ、倒れていた身体を立たせる。
「起こしちゃってごめんなさい。それから、命令のことは……なるべく、頑張ってみま、……みる」
静かに扉を閉め、リビングに戻る。
敬語と敬称取れ……か。そういえば、本当は“恭弥”って呼ぶように言われていたんだっけね。ずっと、思っていたことなのかな。
「それじゃあ、行ってきます」
寝てるから聞こえてないかもしれないけど、8時丁度、一応挨拶をしてからあたしは京子に会いに行くため家を出た。
コンコンッ
「はーい?」
夏の暑い日差しをいっぱいに受け、ようやく涼しい病院に着いた。ハンカチで汗を拭いながら、京子がいる部屋へ行き、ノックをすれば元気そうな彼女の声が返ってきた。
ガラ
「! 優奈ちゃん!!」
「? 久しぶり、京子。怪我は大丈夫?」
入った瞬間、京子の顔が暗かった。どうしたんだろうと思いながら病室に入って行けば、すぐにその表情は消え去って、明るい表情で迎え入れてくれた。あたしも笑顔で彼女の傍に寄り、横に用意されていた丸椅子に腰を下ろした。
「怪我は大丈夫だよ。もうすぐ退院できるって先生も言ってたし」
「そう、よかった!」
「……優奈ちゃんこそ、」
「え?」
「優奈ちゃんこそ怪我は大丈夫なの!?」
京子は、知らないはずなのに。だから、なんのこと?と笑顔ではぐらかしてみたけど、花から話は聞いていて知っていると教えてくれた。そんな花は、山本本人から聞いたらしい。あーあ、また心配かけちゃったってわけかぁ。
「うん、大丈夫。もうだいぶ治った」
「そ、か……よかったぁ」
ホッと安堵の色を浮かべたのも束の間、今度は頬をぷくりと膨らましてこちらを睨む京子。なんだか今日は表情がよく変わるねぇ。
「どうしてまた嘘ついたの!」
「嘘?」
「そうだよ。どうして、やってないって言わなかったの!?私を刺したのは、暗くてちゃんとは見えなかったけど、香水の匂いで愛莉ちゃんだってことはわかったもん!優奈ちゃんが、やってないって言わないから、山本くん達すっごい怒ってて……休みが終わったら、絶対に制裁加えてやるから安心しなって、ずっと私に言うんだよ!?」
「……」
「でも、私もいけないんだよね」
「京子?」
「私も、ちゃんと優奈ちゃんじゃないって言えればよかったのに。でも、どこかでやっぱり怖がってるの。愛莉ちゃんがやったって言っても、山本くん達は信じてくれないだろうし……それに、またイジメられるかもって、思っちゃって」
布団をギュッと握る手は震えていて。きっと、ずっと堪えていたんだろう、とうとう大粒の涙が零れ落ちた。
「ひどいよね……っ、優奈ちゃんは私を守るために、イジメを受けたのにっ、なのに私は……ずっと、自分のことばっかり」
「いいんだよ、自分のことだけで」
「でも……!」
「京子だって、もう充分傷ついたでしょ?」
・
・
・
・
我慢することなんて、もうないんだよ。
フッと微笑みそう言う優奈ちゃん。なんだかその微笑みが悲しく見えて、私はそんなことはないと、精一杯首を横に振った。
「どうしてそんなに他人の心配できるの!?」
「……」
「自分の心配してよ!私、優奈ちゃんが傷つくのはもう見たくない!嘘もいやだよ!!」
「あたしだって、自分のことばっかだよ」
「嘘だよ……っ」
「本当だよ。自分のことばかりで、だから、自分はやってないって言えないの」
「?」
意味がわからない。自分のことばかりなら、やってないって、訴えるのが普通だよ?なのに優奈ちゃんは、全部自分のせいにする道ばっかり選ぶ。
「傷つくのは嫌だよ。でも、それ以上にもっと守りたいものがあった」
「守りたいもの?」
「そう。沢田達の、強い絆」
「ツナくん達の、絆……?そんなの、全然自分のことなんかじゃないよ!!」
「うーん、そうなのかもしれないね。でも、それを守らなくちゃいけない……もう、遅いかもしれないけど」
視線を落とし、眉をひそめる。
何が遅いの?
ツナくん達、何かあったの……?
ねえ、優奈ちゃん、私わからないことばかり。でも、話を聞く限り、本当は私を守りに並盛に来たんじゃないんだってことはなんとなく理解した。
「ごめん、暗い話して」
「ううん」
ハッとして、切り替えるように笑顔を浮かべる優奈ちゃんは、それからその話題に触れないようになのか、今日はとっても暑いんだとか、今は雲雀さんの家にお邪魔させてもらっているのだとか、色々な話をした。
「あ、そうだ、沢田って来た?」
「ツナくん?ううん、最初の一回しか来てないいけど、どうかしたの?」
「ちょっと彼に用事があったんだけど……仕方ない、じゃあ今日はもう帰ろうかな」
「帰っちゃうの?」
「うん。しなくちゃいけないことがいっぱいあるから!京子はちゃんと休んでね!」
「あ、うん」
ばいばい。
にっこりと笑みを浮かべて病室から出て行った。ツナくんに会ってどうするのかな。また、傷つけられなければいいんだけど。
起き上がらせていた身体をベッドに沈ませ、優奈ちゃんの心配をしながら、ゆっくりと眠りについた。
・
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・
・
・
「病院にも来てないか。どこだろう」
思い当たる場所は全部回った。他の風紀の人も捜してるっていうのに、どうして全然見つからないんだろう……まさか、黒曜センター?いや、まさかね……でも、並盛をこれだけ捜していないんだから、違う町にいてもおかしくはない。
うーん、と頭を悩ませていたら、一際目立つ銀色が目に飛び込んできた。
ああ、獄寺だ。すぐにわかる。
けどその姿は、いつもの近づき難い雰囲気を一切纏っていない。それどころか、なんで泣きそうな表情をしているのか……。
またダイナマイトを投げられるかもしれない。殴られるかもしれない。でも、そんなことよりも、今はあいつに言わなくちゃいけないことがある。もうマフィア関係者だとか、そんなのを隠している場合じゃない。それくらいの状況なんだ。
いつ常盤達が動き出してもおかしくない、そんな状況にまで追い込まれているんだよボンゴレは!!
「獄寺!!」
「!?なっ、岸本!ちょっ放せ!!」
「いいからちょっと来て!」
「はあ!?」
獄寺の服をグイッと引っ張り、人目もはばからずに路地へと連れ込む。我ながら、勇敢なことをしたと褒めてやりたい。腕に力を込めれば、足をもつれさせた獄寺があたしの目の前でドサッと倒れるのはいとも簡単だった。
「いっ……な、なんだよテメェ!」
「それはこっちのセリフ。どうして沢田の傍にいてやらない!?」
「なっ、」
「行方不明になったの知ってるんでしょ!?だったらどうして捜さないの、あんた達仲良かったんじゃないの!?」
「……信じ、られねーんだよ」
「何を信じられないの」
最初の方は威勢がよかった獄寺も、沢田の話題を出せば、すぐに弱々しくなってしまった。スクアーロが来たあの日、沢田からは信じたくない言葉が出た、と言う。……何を聞いたのよ。
「岸本は何もやってないって……そんなの、信じられねーよ」
「……」
「おまえが何か言ったんじゃねぇのか!?10代目を脅すようなこと、言ったんじゃねーのかよ!」
「何も言わないわよ!どうしてそこであたしに押し付けるの!?もっと他に考えなくちゃいけないことたっくさんあるでしょ!」
「…………」
「何を悩んでるの。悩んでる暇あったら沢田を捜しな。ほんとは、心配なんでしょ?」
「!」
その言葉に肩を揺らす獄寺。
心配で、心配で、だからこうして町を歩いていたんだろう。彼の平気そうな姿を、一目でもいいから見たかったんだろう。
「あんただけでも傍にいてあげて。ってか、10代目の右腕でしょ、傍にいなくてどうするの」
「!?んでそれを……」
「どう解釈するかは獄寺の自由。ただこれだけは言わせて……もういい加減気づきな」
「!」
鋭い目で獄寺を見下ろせば、彼は瞠目してこちらを見た。いい加減気づけ、の意味がわかってるんだ。獄寺は頭いいし、誰よりも警戒心強い奴だから、きっと冷静になればすぐに気づくだろう。
「じゃあね、突然ごめん」
「……待て!」
パシッ
「!?」
そろそろ沢田捜しに戻ろうかと思い、路地から抜け出そうと踵を返した時だった。獄寺が伸ばした手が、手首を掴む。
ああ、ダメ、触らないで。震えるから。
「な、なに……?」
「……いや、なんでもねぇ」
微かに震え始めた身体に気づいたのか、獄寺はパッと手を放した。それから何かを考えるかのように眉間にしわを寄せ黙り込んでしまった彼に、あたしは小首を傾げながらこの場を離れた。
そして、この日も遅くまで捜し回ったけど、結局沢田を見つけることはできなかった。
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