君キン | ナノ


「マジない。なんて心臓に悪い起こし方」


マンションに着いて、9代目が用意してくれた部屋へとエレベーターで移動の最中、あたしの気持ちは思いっきり沈んでいた。
心臓に悪い起こし方はたったひとつ……「リボーンに殺されるぞ」という不吉なセリフである。実際に会った回数は多くない、殺されそうになった回数も多くないはず、なのだけどその“多くない回数”で、奴の恐ろしさというのは充分に思い知った。


「えーっと、ここ……」



最上階に着いたと知らせる音が鳴り、扉がヴイィインと開く。よく言うよね、お金持ちの人はマンションの高い場所に住むって。そこは予想はしていた、選んだのは9代目なのだから豪華じゃないのもおかしいんだって。

でも、だからって、ねえ……!



「最上階を一人占めってどういうこと!?」


思わず叫んだこの声も、風に吹かれてすぐに消えてしまった。
夜の並盛町に多少あたしの声が響いたところで、ドアノブに手を伸ばして恐る恐るノブを回してドアを開ける。

最上階丸ごとなわけだから、そりゃあもうひとりじゃ使い切れないほどの広さなんだろうことは容易に想像できる……どうやって使えばいいのよ、と真っ暗なこの場所を明るくしようと電気を点けた。




「!?」


うわああああ。肩にかけていたバッグがずり落ちるくらいには、動揺した。

電気を点ければ、目の前に広がった豪華な家具、家具、家具!おまけに電気はシャンデリアときた。なにこれ、あたしのために用意させたとでも言うの……?



「これはナイ。嬉しい通り越して怖い!」


はあ、とあからまさにため息をついてL字型ソファーにバッグを置いたところで、何者かの気配を感じた。


「……」


普通の人が気配とか察知してちゃダメだよね!そんなのわかってるよ、でも知らず知らずのうちに、勝手に、身に付いちゃったんだから仕方ないの!

どこに潜んでいるかなんて、わからない。でも、このだだっ広いリビングのどこかにいることくらいはわかる。



ゆっくりと周りを見回した。





「さすがだな、成長したじゃねーか」

「! その声……」


聞こえた声に、バッと後ろを振り向く。成長した、はきっとお世辞だ。だってあたし、まったくそちらを見ていなかったんだから。



「ちゃおっス、優奈」

「リボーン!なんで部屋に……てか、ビアンキから逃げられたんだ?」

「オレを誰だと思ってやがる」

「最強の殺し屋リボーン様でございます」


久しぶりに、そして突然の銃の突きつけにビックリしてお手上げのポーズを取りながらご機嫌取りも必死にする。少しでも気に食わないことを言うと、すぐこれだ。





「それで、用があって来たんでしょ?」

「鋭いな」

「まあ、ね」


堂々とソファーに座るリボーンに、(あたしは日本に来たばっかりで疲れているというのに!)お茶を淹れて、すっかりお客様おもてなしモード。あたしの家だから、そうなるのも当たり前なんだろうけど。


「どうして急にこんなハードルの高い任務を任されなきゃならないの?」

「年齢近いのおまえしかいなかったからな。アイツらが後継者として相応しいか見定める役回りは、学校に行くことのできる優奈でいいんじゃねぇかって話し合った結果だぞ」

「それさ、もっと違う人がいいと思うんだけど。いくら4年間、あそこで暮らしていたからと言っても……あたしは普通の人間」

「どこが普通だ。まず存在自体が普通じゃねーんだぞ、おまえは」


「…………」



知ってる、知ってるさ。でも、一番言ってほしくなかった言葉。

存在自体がおかしい人間……“普通”だなんて胸張って言えるような人間じゃないことは、ここに来て、実際に姿かたち年齢までもが変わってしまったあたし自身が一番よくわかってる。



「わかった、その異世界から来た得体も知れない人物が、彼らを見定めてやればいいんでしょ?」

「おい、そこまで言ってねーぞ」

「だって本当のことでしょ!?」

「……、」


ついカッとなり怒鳴りつけてしまったが、リボーンが何も言わずに黙り込んだことにより正気に戻った。

悪い癖だ。素直にごめんなさいと謝ってしまえば済む話なのに、あたしはすぐにこうやって怒鳴って溝を深めてしまう。どうして性格だけは変わらなかったのだろう。



「……えっと、本題に戻ろう。とりあえず、あたしは10代目と守護者6名の様子見と護衛、それから9代目が言ってたんだけど……“厄介な人物”ってなに?」


「もうそこまで話してたのか」


お茶を飲みそう言ったリボーンの声のトーンは、さっきより低くなっていた気がした。
目的とか正体を掴めだとか言っていたけど、あたしがそこに関わって大丈夫なほど簡単な任務じゃないと思うんだよね。


「ファミリー内でイジメが起きてるんだ」

「イジメが……」

「ああ。その厄介な人物の名前は、オレから直接は言えねえ」


「そ。まずは人物を見つけるところからが仕事ってわけだ。まあ、言われちゃったら面白くないしね?」

「遊びじゃねぇぞ」

「わかってる。でも見当くらいはつくね、イジメでしょ?ってことは、虐めてるのもその逆も、女の子……違う?」

「フッ、優奈に頼んで正解だったな。おまえ、やっぱり殺し屋に向いてるぞ」

「何言ってるの!色々叩き込まれたわけだけども一度だって人を殺めたことはないし、今後もするつもりないからね!?」


むしろ殺された身なんだよと言ったら、リボーンは湯呑を置いてソファーから下り玄関にスタスタと向かい出した。はああん、無視ですか!

急いで後を追えば、ドアの前に突っ立って「開けろ」と命令口調。ジャンプすれば開けられる技術くらい備わっているだろうに、なんでか面倒なことはあたしに任せるんだ。



ガチャ

「はい、どーぞ」

「優奈、これだけは覚えとけ」











「ファミリー内のイジメの真実も見つけられないようなボスは、ボンゴレには要らねーんだ……か。」


ソファーに座り、天井を仰ぎながらポツリと呟いた言葉は、さっきリボーンが残した言葉。その声色はほんの少しの悲しみを帯びていた。

この言葉から推測するに、10代目の超直感とやらも働いていない様子。


まだ未熟なボンゴレファミリーを内部から崩壊させようとしているだなんて……一体どこのファミリーがうちの平穏なファミリーに紛れ込んじゃったのかな?



「んっ……さて、眠るか」


それを調べて報告するのがあたしの任務。
最終的にファミリーに紛れ込んだ人物を取り除くのは、そこに入れてしまった10代目の役目だから、彼もしっかりしてもらわなきゃ終わりは来ないけど。

ひとりで寝るには大きいベッドに潜り込み、どう行動しようかなと考えを巡らせながら眠りについた。


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