「雲雀、さん……」
爆発音がしたから来てみれば……ふうん、こういうことだったのか。
僕を怯えた目で見る沢田綱吉。
その隣で睨みを利かせる獄寺隼人。
そして──、
「何があったんだい、優奈」
「……っ何でもない」
「とてもそうには見えないけれど。きみ達、僕の町で好き勝手暴れて、咬み殺される覚悟はできてるの?」
「「(僕“の”?)」」
「先日笹川京子が刺されたというのも、どうせきみ達絡みでしょ」
「それ、は」
「笹川が!?って、やっぱりそれは岸本が」
「優奈がそんなことをするはずないでしょ。きみ、バカじゃ―」
「せんぱい、」
きゅ、と服を握り締め、優奈はか細い声で僕を呼んだ。その声に、そっと視線を落としてみれば、それ以上は何も言うなということなのか、首を横に振る優奈。
……これ、ほんとに優奈?
僕は、こんなに弱々しく他人に縋るこの子を知らないし、見たこともない。
「きみがそう言うならいいけど。それじゃあ、学校に行こうか、その姿で町を歩き回られちゃ困る」
そう言いながら、今日は確かあの変態医師が保健室にいたはずだと思考を巡らせる。今にも倒れそうな優奈を支えながらバイクを置いた場所まで向かう僕の視界に、何か言いたそうな表情を浮かべる沢田綱吉が映った。
まさかきみ、本当に優奈が笹川京子を刺したとでも思っているの?
僕が勝手に入らされてる組織は何と言ったかな……まあいいけど、もしこの子を疑うだけの脳しか持ち合わせていないのなら、僕はすぐにでもその組織から抜けるよ。
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ガラガラ
「誰だー、休みのこんな時間に来るとは。オレは可愛い子しか見ねーぞー……って、優奈!?」
「この前の傷も開いてる。それから、獄寺隼人の爆発物を直で受けたよ。あとはよろしく」
ピシャンッ
「……」
「……はぁ」
簡単にあたしの現状を説明した恭弥先輩は、すぐさま保健室から出て行ってしまった。
「隼人のダイナマイト受けたのか、バカだな」
「……護衛任務があるから」
「ったく。ほら、怪我診てやるからこっち来い」
ちょいちょい、と手招きするシャマル。
よろよろしながらもベッドまで歩き、重たい身体を休ませるように寝っ転がせた。
「っ!」
怪我の様子を見ようと、シャマルが身体に触れた瞬間、びくりと身体が反応する。
痛いからという理由ももちろんあったと思う。けど、それ以上に、人間に触られるという恐怖の方が大きかった。
無意識に強張ってしまう身体。シャマルはそんなあたしを見て、軽くため息を吐きながら腹部に触れようとしていた手を移動させ、あたしの頭に優しく触れた。
「……、」
「そう怖がりなさんな。そりゃ、この前のことがあっちゃ人間に恐怖を抱いても不思議じゃねーがな。でも、おじさんそんな反応されると悲しくなっちゃうなー」
「シャマル……」
「優奈がそんなだと、信じてくれる奴からも距離を置かれちまうぞ。今のおまえには支えが必要だ。勝手に殻に閉じ籠るな、助けられなくなっちまう」
優しく微笑みながら、でも、どこか悲しい色を浮かべたシャマル。そうだ、あたしの起こしている反応は、とても悲しい。
「助けてくれる人、いるのかな」
「なーに言ってんだ。いるに決まってんだろ?まずオレもそうだし、雲雀も。それに、リボーンだってディーノだって、おまえを助けたいと願ってるはずだ。……さ、しばらく目でも瞑って休んでろ。その間に治療すっから」
「ん。」
少しずつシャマルの手が頭から額、額から瞼へと下りて来て、それに合わせるようにあたしはゆっくりと目を瞑った。小さい時、こういうのお母さんにやってもらっていたななんて思いながら。
静かな保健室。シャマルも、特に話を切り出そうとはしていないみたいで。
窓が開いているのか、外から吹き込む風が心地良く、サッカー部が練習している声、吹奏楽部の合奏する音を耳にして、段々と落ち着いて来たあたしは、口を開く。
「あのね、」
ひとりで抱え込むのが、不安だった。だから誰かに聞いてほしくて……こんな気持ちは初めてだった。
「沢田がね、ようやく真実と向き合おうとしてくれた……あたしの言葉も信じなくちゃいけないって思ったんだって。でもね、嬉しい半面、嫌な結果を招きそうな気もしたからなんだか喜べなくて。だからね、あたし自分でやってもないこと、やったって言っちゃった」
「何をだ?」
「京子を、刺した……って」
「なっ……はぁ、おまえなぁ」
驚きの声が上がったかと思えば、すぐにため息交じりの呆れた声が聞こえた。うん、シャマルの今の表情想像できるよ。
「嫌な結果ってのは、どんなだ?」
「ボンゴレが、バラバラになること。もし沢田がほんとのこと知った時、あいつはあたしを守ろうとする。でもそれは、山本達にとっては理解し難い行動だよね……特に、山本は沢田より何より常盤を優先する。まずそこで、仲間割れ。ね、常盤のファミリーの策略に嵌まるでしょ」
「……よく見てんだな」
「彼女に向ける視線がね、優しいから」
だから、そんな気持ちを知ってか知らずか利用している常盤が許せない。
「ほら、終わったぞ」
「ありがとう」
ひと通り話したいことを話したあたしは、しばらく眠りについていた。そしてシャマルの声を耳にして起きれば、再び綺麗に巻かれた包帯。お礼を述べながら身体を起こせば、両手で肩を押さえられてしまい、そこから先の行動に移せなくなってしまった。
「バカ何してんだ。起き上がるな」
「でも、」
「でもじゃねえ。ダメだダメだ、しばらくは安静。ったく、ほんと見張ってないとおまえはすぐに動くな……見張り見張り」
「え?ちょっ、誰を呼ぶの!?」
白衣のポケットから携帯を取り出すと、見張り役に適した奴はいないかな、と口ずさみながら電話帳を見ているようで。しばらくすると、適任を見つけたのか、通話ボタンをピッと押した。
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・
「10代目、笹川が刺されたって……」
「あ、うん」
雲雀さんが岸本を連れてこの場を去ってから、しばらく沈黙が続いていたけど、それを獄寺くんが破った。衝撃的な事実を聞かされた獄寺くんは、驚きと、それから怒りが混ざり合ったような表情をしていた。
「こんなとこいていいんスか!?」
「朝方までね、オレずっと病院にいたんだ……とりあえず命に別状はないってことだけ聞いて出て来たんだけど。ごめん、行ってもいいかな」
「もちろんです!」
ドクターがしばらくは目覚めないだろうって言ってたから、行っても意味ないかなと思ってたけど無性に行きたくなったんだ。
聞きたいんだ、京子ちゃんに。
ウィイイン
自動ドアを抜けて病院に入れば、外が暑かったせいかやけに涼しく感じて心地良かった。それから、確か部屋は206号室だったよなと思い出しながら足を進める。
「!」
「あ、沢田……あんた、いつ消えたのよ」
部屋の前、ガラリと出て来たのは黒川だった。手元には綺麗な花が飾られている花瓶を持っていて、どうやら水を入れるために病室を出たようだった。
「黒川、京子ちゃんは」
「さっき起きたわよ」
「ほんと!?」
「よかったっスね10代目!」
これで部屋に京子ちゃんだけならば、聞きたいことが聞けると期待して病室に入ろうとした時だ。黒川から、山本と愛莉ちゃんがいるということを聞いた。
それを聞いて、ゲンナリだ。
まさか山本がまだいてくれたなんて……しかも、愛莉ちゃんを呼んだ、なんて。もしかしたら岸本を警戒しての行動だろうけど。ああ、それで黒川、京子ちゃんの目が覚めたってのにあまり喜ばしい顔をしてないんだな。
ガラ、
「! ツナ、おまえいついなくなったんだよ、びっくりしたんだぜ」
「ご、ごめん。何か言おうかとも思ったけど、起こすのも悪いかなってさ」
ベッドの脇に用意されている丸椅子に、山本と愛莉ちゃんは並んで腰かけていた。ベッド上には、少し複雑そうな表情を浮かべている京子ちゃんが座っていた。
「京子ちゃん、大丈夫?」
「う、うん」
「どーせあいつにやられたんだろ!?オレらが今度、もう一回わからせてやるから、安心しろよなっ」
「武くん心強い!」
「……あり、がとう……」
「……」
「しっかし、凶器持持ち出すたァいけ好かねぇ奴っスね」
オレ達も、隅っこに置いてあった丸椅子を用意してベッドの近くに腰かける。山本、京子ちゃんが目の前で刺されるのを見ていたから、責任感じてるのかな……明るく振る舞う山本から視線を外し、京子ちゃんへと移せば、その視線に気づいたのか乾いた笑みを零した。
「愛莉、なんだか怖いなぁ。京子ちゃんをこんな目に遭わせたのは、優奈ちゃん、なんだよね?夏休みの間に、もしかしたら愛莉も……!」
「なっ何言ってんだよ!?その時はオレらが守ってやるって!なぁ、ツナ、獄寺!」
「え!?あぁ、うん、」
「オレらが命懸けても守ります!」
「嬉しいなぁ」
ふふっと照れながら笑う愛莉ちゃん。
信じたい。
京子ちゃんも、愛莉ちゃんも。
でも、それじゃダメなんだ。
岸本の放ったあの言葉は、本当?嘘?
あの言葉を、鵜呑みにしていいのか?
黙り込んで思慮深くなっていた時、院内で誰かの携帯の着信が鳴り響いた。
・
・
・
・
・
「シャマル!一体誰に電話をしたの!?」
履歴を見ようと携帯を奪うために腕を伸ばしてみても、結局痛くて無理に動かせない。聞き出そうとしても、口笛吹いてそっぽ向くだけ。なんなのもう!
「おいおい、怖い顔だぜー?そんな必死にならなくても大丈夫だって。見張りに呼んだ奴は、おまえにとっちゃ味方だ」
「なら教えてくれてもいいじゃん」
「それは、秘密だ」
うふ、と可愛らしくポーズを取って誤魔化すシャマルを見て、背筋が寒くなった。こんな状態の彼に何を言っても無駄だと悟り、あたしは上体を寝かせて毛布をガバッと頭まで被せた。
ガラッ
「お、来たな」
「何の用だぁあ゙あ!」
それから数分後だった。とても聞き覚えのあるうるさい声が、保健室に響いた。でも日本にいるわけがないし……幻聴かな。
「相変わらずうるせーな」
「オレはおまえに会うために日本に来たんじゃねえ゙!何週間過ぎても手紙を寄越さねー優奈に会って叱るためと、自分の任務をしに来たんだ!!」
「優奈なら、ここだ」
「ああ゙!?」
ガバッ
「ひっ」
「……! 優奈、おまえぇ……」
気のせいなんかじゃなかった。勢いよく毛布を取り上げ、それと同時にあたしを怒鳴ろうとしていたのであろう銀色の長い髪の男は、あたしを見るや否や目を丸くして、声を弱めた。
「……久しぶり、スクアーロ」
「久しぶ……っじゃねぇ!おい、何週間も手紙寄越さねえから順調に行ってるのかと思いきや、真逆なのか!?」
「ごめん。全然手紙読んでなくて」
「その怒りが全部オレに来てるの、どう責任とってくれんだぁ」
「だからごめんてば……ザンザスやベルにも、ちゃんと言うから」
「ばかやろう」
ぐいー、と容赦なくあたしの頬を引っ張るスクアーロは苦い顔をしていた。……変なの、あたし、誰に対しても怖がってたのに全然怖くないや。なんでだろう。
「シャマル、オレは見張り役降りるぜ」
「なんでだよ」
「任務があるって言っただろぉ!優奈の見張りは他を当たってくれぇ」
取り上げていた毛布をふわりとかけ直しながら、スクアーロはシャマルに言う。日本での任務……?
あたしは、歩き出そうとしていたスクアーロの服を軽く引っ張り、注意を引いた。
「日本での任務って?あたしの任務とは、関係ないよね?」
「ああ、違うぜぇ。おまえの任務には誰も手をつけてねぇ……勝手に敵マフィアを探ったりもしてねぇ、オレ達自身の仕事で忙しいからな。これで安心したかぁ?」
「うん」
「必ず、手紙でもいいから寄越せ」
ぽん、と軽くあたしの額に手を置いてから、スクアーロは開いていた窓から去って行った。見張り役の適任だと思っていた人物が一瞬にして消え去ってしまったため、シャマルは肩を落とす。確かに、彼は適任だった。あの大声を出させたくなかったら動くな、で一発だっただろうし。
「残念だね、シャマル」
「しゃーねぇ、オレが見張るか。せっかくデートの約束してたってのによぉ」
「(……デート。)見張りは要らない」
「それを決めるのはオレだ。おまえは無茶してでも動くタイプだってのは、もう充分に理解してる」
しばらく、あたしは変態医師の監視のもと、保健室にお世話になりそうです。
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