君キン | ナノ


「ん……っ、朝……?」


昨晩病院に来てから、京子ちゃんが心配で心が落ち着くわけもなかったので帰らずにそのまま集中治療室の前にあるソファーに座って寝ていた。

窓から射す日の光で目が覚めれば、オレの横には黒川さんにお兄さん、山本もソファーでまだ寝ていた。



「起きられましたか」

「え、あ、……っ京子ちゃんは!?」

「大丈夫です。出血の量が多かったので、しばらくは目を覚まさないかと思いますが、命に別状はありません」


やんわりと微笑んで京子ちゃんの無事を告げるドクターに、オレの身体は一気に力が抜けた。

京子ちゃん、助かったんだ。
ホッと胸を撫で下ろすも、まだ次の問題が残っているのを思い出す。もしかしたら、こちらの方が少々厄介かもしれない。


しばらくどうしていようか悩んでいたけど、そのまま病院に居座り続けていても、京子ちゃんが目を覚ますまでは意味がない。オレは、寝ている3人に声もかけずに静かに病院を出る。

ポケットから取り出した携帯に、リボーンからの連絡はない。岸本の部屋を確認する、とか言ってたけど……とりあえず一度家に帰ろうか。そう思い、進めていた足をクルリと180度方向を回転させた。


「うおっ!?」

「よ」

「お、驚かせるなよリボーン!」


俯いていたお陰ですぐに飛び込んできたその姿に、思わず飛び退く。


「京子はもういいのか?」

「あ、うん。しばらく目は覚まさないみたいだけど、命に別状はないってさ」

「そうか」

「リボーン、岸本の方は」

「ああ、すまねぇが何もわからねー。あいつのことだから、手紙くれぇ置いてくと思ったんだがな……携帯の電源も入れてねぇし、居場所も把握しようがない。チッ、捜すなってことか」


「情報は一切なし、か」


徐々に昇ってきた太陽に目を細めながら、ため息を吐く。そして、拳をギュッと握り締めて、揺れに揺れていた気持ちを固めた。

もう、逃げちゃいけない。オレはずっと逃げてた。それは今に始まったことじゃなく、京子ちゃんがイジメをしていたんだと知ったあの日から、オレは真実から目を背けるように逃げ出していたんだ。


「どうした、ツナ」

「……オレ、向き合うよ、真実と」

「ほう?」


「今まで知ろうとも思わなかった、いや、知りたくなくて目を背けてたけど、今回こんなことも起きて……もう無視できる問題じゃないって、はっきりと理解した」

「で、どーすんだ」

「まだわかんないけど、とりあえずは岸本を見つけてから、かな」


先は長いなと苦笑すれば、リボーンも、そうだなと言いながらフッと表情を和らげた。


「リボーン、」

「?」

「オレのこと、見捨てないでくれてありがとう」

「何言ってんだ、ダメツナが」

「言いたかっただけ!」


改めて言ってみると、やけに恥ずかしくて。その気持ちを紛らわすかのように、オレは岸本を捜すために駆け出した。


何時間経ったかわからない。とりあえず並盛の至るところを歩き回ってみたけど、そう簡単に見つかるわけはなくて。並盛商店街にまで戻って来た途端、朝から何も食べていなかったせいで空腹を訴えるお腹が盛大に鳴った。

並盛出ちゃったのかなぁなんて思いながら、グルグルと鳴るお腹を押さえてパンでも買おうとお店に目を向けた。そんな時、オレの視界の隅で、たどたどしく歩く人を捉えた。こんなに人がたくさんいる中でその人だけがオレにはよく見えて。

ぐっと目を細める。
そうすれば、その人が誰なのかすぐにわかった。



「岸本!!」


黒い髪、細い腕、包帯に巻かれている右手。腹部を押さえる左手。なるべく人と接触しないようにと注意しながら歩く姿。

あれは紛れもなく、岸本だ。そう認識した途端に発した声は、思いの外大きくて。自分自身もそれに驚いたが、周りを歩いていた人達の視線もオレに集中し、そしてその人物の肩も、大きく揺れた。


「…………っ」

「あっ!ちょっと待てって!」


ゆっくりとこちらを振り返った岸本は、信じられない、といったような表情。オレの姿を確認するや否や、一目散に走り出した。

見失っちゃいけない。捜し回って、ようやく見つけたんだ。……ってか、走るとかダメだろ!?もう、何考えてんだよ!




「──10代目?」







「お腹、空いちゃったな……」


黒曜センターで朝ごはんを食べたとは言え、チョコやスナック菓子。あれだけでお腹が満たされるはずもなく、その上ずっと歩き続けていたあたしのお腹はもう限界だった。


黒曜から歩き続けて、辿り着いた場所は、休みとあってかいつもより賑やかな並盛商店街。
嫌でもわかる、人々の視線。そりゃあ、顔や腕に痣があって、右手もぐるぐるに包帯で巻かれていれば気にもなるし、じろじろ見たくなるのもわかる。けど、いざその的となると嫌なことこの上ない。

はぁ、とため息をつきながら、なるべく人と接触しないよう歩いていると、ふんわりとした優しい匂いが鼻孔をくすぐった。空きっ腹には無視できない匂い。お昼はパンを食べよう、とお店に向かって歩を進めた時だった。



「岸本!!」

「!?」


な、なに……?
突然呼ばれた自分の名に驚いて肩が揺れる。ピタリと足を止め、しばらく辺りを見回してみると、近いとも遠いとも言えない場所に、見覚えのある髪型を発見した。沢田だ。



「…………っ」

「あっ!ちょっと待てって!」


ここで捕まるわけにはいかない。嫌というほど迷惑をかけてしまっているリボーンに、今更どんな顔して会えばいいのだ。身体に負担もかかるし、痛みも走るしで本当はこんなことしたくなかったけど、今回ばかりは仕方がない。クルリと踵を返し、人波を避けながら、今のあたしにできる全速力を出して走った。



じくりと、腹部が熱くなった気がした。



「待てって!走るなよバカ!!」


数十メートル後方で声を荒げる沢田。
そうだよ、走って傷つくのはあたし……でも、止まって追い詰められるのもあたし。ならば、傷が開こうと何が起きようと、足を止めるわけにはいかない。



「ゔっ……!」


また、じくりと熱くなる腹部。

危ないのかもしれない。額に嫌な汗をかきながら、人混みを利用して、気づかれないように狭い路地に入り込むと、すぐにその場に崩れ落ちた。


「はぁ、はぁっ」


腹部を押さえていた左手を見れば、見事に赤く染まっていた。服も真っ赤だ……完璧に傷が開いてしまった。でも、休んでる暇なんて、ない。

しばらく息を整えるために座り込んでいたけど、嫌な予感がして、あたしは奥へ進もうと身体を引きずりながら動き出す。



「走るなって、言ったじゃん」

「……!!」


バッと後ろを振り向けば、未だ肩で息をしている沢田の姿。その顔は、あたしの腹部を見たからなのか、苦い顔をしている。


「こんな近くにいるとは、思わなかった」

「……」

「ねえ岸本、帰ろう。その身体で動いてたら危ないから、ね?」


「触らないで」

「!」


差し出された手を、パシンと払った。
誰があんな家に……沢田がいる家になんか帰るものか。そもそもなぜ、沢田はあたしなんかを捜して、必死に追いかけてきた?

──ああ、何か思うことがあったのか。

ようやく、真実と向き合う気になった?
でもね、沢田が気づいたところで、もう遅いんだよ……もっと前に気づくべきことだったんだよ!


払い除けられた沢田の手は、再びこちらに伸びようとしていたけど、それは躊躇された。


「弱った人の身体に触れるのっていけないよな……この前も、ごめん。考えなしの行動だった」

「……今更、なに」

「えっと」

「あたしがリボーンやディーノの知り合いだとわかって、焦って味方面でもしてる?今までどれだけの暴力や罵声をあんたから受けたと思ってるの……心配されるとか、意味わからない。あたしをバカにしてるの?」

「ちがっ……いや、違うとは言い切れない、けど(うわ、どうしよう!)」


髪をくしゃくしゃと掻き乱す沢田を見て、もう以前の彼とは違うことに気づいた。操り人形から、離れ始めている。

真実を知ってほしいよ。
それは、ボンゴレを救える手でもあるから。


だけど、もうダメだ。
真実を知った途端、10代目ファミリーは絆が強くなるどころか、バラバラになって崩壊していく一途を辿るだろう。それだけ常盤と仲良くなってしまったことと、山本の気持ちが、そうなる理由。



ぽたり、

「あっ、岸本……血が」

「あんたの親友、山本武。」

「!?」

「人を傷つけるとか絶対にしない、むしろそんなものは嫌いだ、とでも言えそうな人物なのに、一番ノリがよかったよ」

「山本はっ」

「そう、常盤愛莉が強姦されたっていう理由で、怒ってあたしをボコした。体育館裏に連れて行かれた時は何事かと思った、そんな事実知らないのに」

「──ほんとに、やってない?」


「何言っても聞き入れないくせに。いきなりいい人ぶっててムカつく。あんたは、大人しく常盤の言うことでも聞いていればいいのよ」

「それじゃダメなんだ!!」

「……」

「愛莉ちゃんのこと信じたいけど、でもそれで岸本の言うことに背を向けちゃダメだって、思うから」


震える拳が目に入った。視線を上げれば、沢田は真っ直ぐとあたしを見据えていて。迷いなんて一切ないようなその瞳。ああ、あたし、その瞳を見るとダメだ。

ゆっくりと視線を外せば、沢田から、ひとつ訊きたいことがあると言われた。そのまま耳を向けていれば、その口から衝撃的な言葉が飛び出た。


「岸本、京子ちゃんを、刺した……?」


「──え?」

「おまえが家を出るのと同時くらい。京子ちゃん、腹部を刺されて危ない状態に陥ったんだ」

「!」

「ねぇ、正直に答えて」


目の前が真っ白になった。
京子が刺された?それは本当なの?誰にやられたの……京子は、今どこにいるの?

信じ難い話に、喉が渇く。


しばらく思考回路が停止していたけど、段々と戻って来て、あたしはどうしなければいけないのかと考えを巡らせた。怒りを抑え込み、考える。そして出た答えは、きっと京子を怒らせてしまう……でも、仕方がないこと。


「そうだよ、あたしが、やった」

「なっ」


「じゃあ、もう―」
「10代目っ!離れてください!!」


痛くて動きたくもなかったけど、なんとか立ち上がり、沢田から離れようと足を進めた時だった。

鼓膜にビリビリと振動させるほどの大声。振り向けば、すでに点火された大量のダイナマイトを両手に持っている獄寺がいた。


「ご、獄寺くん!?」


離れてと注意を促したけど、すぐにダイナマイトを放ってしまえば、沢田にその時間を与えることなんてなくて。ヒュルルル、と火花の散るダイナマイトが頭上から降って来る……あたしも、沢田も逃げることは不可能。



彼と守護者が後継者に相応しいかの見定めと護衛をしてほしい。


「──っ」

「(うわああ!もうダメ!今日死ぬ気丸持ってないし!)──っうわ!?」








ドカァアアアアンッ


グイッと腕を引っ張られてから、獄寺くんのダイナマイトが一斉に爆発するまで、数秒もかからなかった。

耳のすぐ近くで爆発する音がしたのに、あれ、なんで身体が痛くないんだろう。そしてそんな疑問はすぐに解ける。


「……っ岸本!?」

「沢田、無事……?」

「え、うん。お陰さまで……って!」


モクモクと立ち込める白煙の中、オレは目を疑った。これって、まるで岸本がオレを助けた、みたいじゃないか。覆い被さる彼女がいたからこそ、オレは無傷で。



「なん、なんでオレを庇ってんだよ!」

「さあ……身体が動いた。ごめん、今すぐ離れてくれるかな」


「……」


爆発により煤だらけになり、更に傷ついた岸本は一言、オレに退けと言った。その身体は震えていた。そして思い出されるのは、人間不信という言葉。



「10代目!お怪我は──」

「獄寺くん……オレは、平気だよ」


心配そうな表情を浮かべていた獄寺くんは、オレの身体を見て、怪我がないのを確認できた途端に安堵の表情へと変わった。しかし、次に目に入った人物を捉えると、その顔は怒りへと変わる。



「おい岸本!テメェ、10代目に近づいて何をしようとしてたんだ!!」

「ちょっ、落ち着いて獄寺くん!」


スッとオレの横を通り過ぎたかと思えば、倒れている岸本の胸倉を掴み無理やり立たせる獄寺くん。意識も朦朧としているのか、彼女の反応はだいぶ鈍かった。


「……う、」

「何か言うことはねーのかよ!ああ!?」


「べつ、に……っあたしは、なにも」

「してないってか?ふざけ―」

「獄寺くん待って!!」


今にも殴りかかりそうな獄寺くんに、ストップをかけた。だって、岸本は何もしていない、殴られる理由なんてどこにもないんだから。



「オレには何もしてないから」

「しかし!」

「いいから、岸本を放してあげて」


「は、はい……」



ドサッ

「うぐっ……!」


渋々と言った顔で手を放す獄寺くん。地に足は着いていたのに、獄寺くんが胸倉を掴んでいたことで辛うじて立っていられた身体は、そのまま崩れ落ちた。けど、しばらくすると、ゆっくりと身体を起こして立ち上がり、ふらふらになり壁にぶつかりながらも歩を進めて行く。


「本当に……」

「10代目?」


「本当におまえ……」

「何度も、言わせない、……で」


言葉にも力がない岸本は、フッと力が抜けたように前へと身体が傾いていく。倒れる!そう思い、足を一歩踏み出した、けどその行動は無意味に終わる。



「!」

「げっ」


「やぁきみ達、何してるの」

「……、せんぱ、い」


並盛の頂点に君臨する、並盛中学校の風紀委員長、雲雀恭弥が、岸本を支えたから。


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