君キン | ナノ


くんくん

「っひゃー、すげぇ血の臭いプンプン」

「ちょっ近い!」

「本当に人間不信っぽいね……めんどい」


クロームちゃんに手を引かれ、だいぶ時間がかかってしまったけれどやっとのことで黒曜センターに着いた。それからすぐに、お茶を淹れるから座って待ってて、と言って(キッチンがあるのかわからないけど)クロームちゃんはどこかへ行ってしまった。


そして、違っていた。
クロームちゃんだったから平気なだけで、犬や千種のことまで平気なわけではなかったらしい。震える身体がそれを証明している。

ああ、もしかして男が全般的にダメ!?
すぐ隣で鼻をひくつかせている犬に、遠目からあたしを見ている千種……何もしてこないとわかっているのに、強張る。



「オレらんことまで怖がって、この先どーやって生きてくんらよ?」

「あはは……笑って、いいよ。情けないね」


少しカビ臭いソファーに身を沈め、暗い暗い天井を仰ぐ。情けない。本当に、情けないと思う。
このことヴァリアーのみんなが知ったら、どう思うのかな。今まであれだけ叩き込んだってのに、こんなザマになってて、呆れるのかな。もしかしたら、日本に飛んで来て沢田達と再び戦うかもしれない。ああ、もう一度、ボンゴレリングを賭けて戦ってくれたらいいのに。

あの子達にボンゴレは務まらない。
9代目があたしに言い渡した任務、見定めと護衛、それから常盤について。どうせなら全部任せてほしかった……見定めてあの子達じゃ無理だと言っても、もう決まっていることなんでしょうね。わかってるもの、ザンザスの血では、ボンゴレリングが受け入れてくれないということは。……前に、漫画で読んだし。



「マフィアの何がいいのよ」

「優奈?」

「! クロームちゃん、いつの間に」

「さっきから、いた。はい、お茶……マフィアが、どうかした?」

「あー、声に出てたのかぁ」


テーブルに置かれたお茶を手に取り、ひと口すすりながら周囲を見渡せば、話の続きを待っているのかジッとこちらを見ている3人。その様子に少しほっこりしながら、言葉を紡いだ。


「マフィアの何がいいのかな。実際付き合ってみて、案外悪い人ばかりじゃないってことくらいわかった……でも、やってる内容は酷いことばかり。暗殺とかマフィア間の抗争とか、他にも犯罪にかかわる危険なことばっかりやってさ……そんなものに、沢田達もなるとかさ、なんか似合わないにもほどがある」



途中しか知らないけど、それでも沢田達は立派にマフィアをやっているらしい。10年後には、きちんとボンゴレファミリーの中心として活動しているようで。

確定事項を、あたしが動かせるわけない。何より、あたしはこの世界では存在すらしない人間なんだもの。



「どこまで信じたらいいのかわかんないな」

「信じる?何を……?」

「ごめん、こっちの話」


どこまであの漫画の内容を信じたらいい?

そもそも、本当にその世界なのか。似ているだけで、実は違うんじゃないのか。

だって、京子はイジメなんて遭わないし。常盤だって、中心人物達とあそこまで関わっている人間なんかじゃない。下手したら存在しない人かもしれない。


どうせ、漫画の内容通り進むんじゃないの?

だったら、傷ついてまで常盤のファミリーを突き止めなくたって、いずれヴァリアーの方で見つけてくれて、静かに消してくれるんじゃないのか。



「未来は、数えられないほど枝分かれしてる」

「……え?」


「全部決まってるわけじゃない。今ここにきみはいるけど、いなかった場合だってある……もっと遡れば、出会ってすらいなかったかもしれない。きみの家に行くこともなかったかもしれないし。未来に向かって歩くきみは、たくさんの枝分かれした道から、一本を選んで進んでる」

「……何言ってんだよ柿ピー」

「千種、すごい」

「つまり、それは……えっと?」


「だから、きみが選んだ道、それ相応の結末がそれぞれあるんじゃないかってこと」



千種の言葉は、スッと胸に入り込んできた。そして、鈍器で殴られたかのような衝撃を受ける。あたしは、なんてバカな考えを起こしていたんだろうか。


「……ごめん、」

「へ、何謝ってんら!?」


彼の言う通りだ。この世界は、確かにあたしの知っている漫画の世界かもしれない。だけど、実際漫画と同じような展開はなかった。

それは、あたしが来たことによって変わったことなのかもしれない。あたしという存在が現れたことで、また複数の枝分かれした道と最終的な結末ができたけど、REBORNという漫画自体はそのままの道を突き進んでいるだけなのかもしれない。


どうせ漫画だと思って、軽く見ていた。

みんな、未来のために自分の進むべき道を、迷いながらも進んでいるじゃないか。今を一生懸命生きているクロームちゃんや犬、千種が目の前にいるというのに、あたしはすべてを無駄にしようとした。彼らにとってこれ以上に酷いことはないだろう。



「あたしが、もし今ここで、何もかも投げ出してしまった時の未来は……最悪かもしれない」

「……優奈」

「千種のお陰で目が覚めた。やめたらやめたで、もしかしたらヴァリアーが動いてくれるかもしれないけど、そんな他人任せな未来、きっと一番最高の形にはならない。あたしがいて、みんながいて、そこでたくさんの事柄があってこその未来……たくさん道はあるかもしれないけど、最高の結末を迎えられる道を進みたい」

「そんなのわかんない。本当にちょっとしたことでも、道は大きく変わるもんだし」

「頑張れとかさ、そういう言葉かけてくれたっていいじゃないか、千種さんよ」


「心にもないこと言うの、めんどい」




その後は何も話すことはなく、クロームちゃん達はいつも寝ているという場所に。あたしもそのままカビ臭いソファーに横たわって、安眠とは言えないけど、久しぶりにゆっくりと眠ることができた。

翌朝テーブルに出たのは、やっぱり前と変わらずチョコやスナック菓子。そのことに苦笑いを浮かべつつ、3人の身体のことを気にしながらそれを食べて、ほんの半日しかいられなかったけれど黒曜センターを出ることにした。


「帰っちゃうの……?」

「食べ物とか3人分しかないし、そうするのが一番いいと思うよ」

「柿ピー厳しー」


「あはは。でも本当にあれだけの量じゃ、3人分もないんじゃ……じゃなくて、ちゃんとしたご飯を食べて!それと、帰ると言っても並盛町に帰るってだけだから。今日1日ふらふらしながら場所を決めようと思う。それと、今度骸さんにお礼を言いたい。こっちに姿を現せられるようなら、1週間後の正午、並盛神社に来てほしい……あたし、待ってる」

「優奈……」


行こうとするあたしの手を握りその行動を止めたのは、クロームちゃん。そ、そんな可愛らしい目で見られても!


「大丈夫だよ!あたし、沢田達の近くには寄らない。少しでも信頼できる人の場所に行くから」

「ほんと?」

「うん。それと、今度は料理持ってまたここにも来るよ。心配だし、犬はまたお風呂入ってないでしょ、臭うよー?」


「余計なお世話」

「うっうるせーびょん!」


ふん、とそっぽを向く犬と軽く睨みを利かせている千種。でも、初対面の日より刺々しくないのが、あたしを受け入れてくれてる証拠なのかな、なんて思ったりもする。

あたしは笑顔で手を振り、黒曜センターを去った。


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