ゆっくりゆっくりと夜の並盛町を、どこに行くでもなくふらふらと歩いている。
あたしがいなくなったこと、気づいてないといいけど……でも、リボーンは鋭いからなぁ。ポケットに入っている電源を切った携帯には、もしかしたらいっぱい着信が入ってるかもしれない。
「これからどうしよう」
星が瞬く夜空を見上げ、呟く。
家を出た理由は至って単純。ランボやイーピン、それからリボーンにビアンキ……こんなにも大勢居候がいるのに、あたしまで増えて家事全般を困らせたくない。でも、こんなのは形だけの理由。本当は、沢田といたくなかったからだ。
暴力は振るわないだろう。でも、今回のことで色々感づいていそうで、あたしの目を見て何かを探ろうとするその行動に怖くなった。だから、帰らない。
呆れられてもいい、見放されてもいい、今は誰の顔も見たくない。そっとしておいて。
遠くで鳴り響く救急車のサイレンを聞きながら、ひたすら前へと歩を進める。いつもより歩くスピードが遅いことが、今は何よりももどかしかった。
「う……っ、痛いなぁ」
数十分くらいとぼとぼと歩いているだけなのに、思っていたより傷というのは身体に影響を及ぼす。痛む傷口を押さえながら、塀に身体を預けて休む。ふと視線を空へ向ければ、こんな状況のあたしを嘲笑っているかのような三日月が。
「ほんと、どこに行こう。自分の家に帰れるかなぁ……あ、でもディーノがいるかも」
そんな時、ふと思い浮かんだのは黒曜センター。
あたしが彼らと出会っていることは、恭弥先輩以外は知らないし、まさか隣町まで行くとは思わないだろうから捜しにやって来る可能性も低いはず。
そう考えて動こうとした身体は、目の前に立つ人影を見た瞬間に動かなくなってしまった。
「──優奈?」
「! クローム、ちゃん……?」
「そう。怯えないで」
「どうして、こんなとこに」
まさか、今まさに向かおうと思っていた場所にいるはずのクロームちゃんがこの町に、そしてあたしの前に立っていた。
「骸様に言われたの」
「え、骸さん……?」
「優奈が心配だから、様子を見に行くようにって……そうして来てみたら、こんな状況。骸様は毎日心配してた。だから、私、時々様子を見に来てた」
「そう、だったの」
「うん。日に日に悪化していく優奈を見ていられない。もうボス達の傍にいるのは危険」
「逃げて来た」
「え?」
クロームちゃんに会って、どこか安心した。
ごちゃごちゃした関係の中に、この子がいないからかもしれない。ボンゴレの守護者としての関わりは持ってても、黒曜メンバーは沢田達を信頼しているわけじゃない。
もっとも、骸さんはマフィア嫌いだし。
「優奈の任務のことは、深く追求しない。だから、一緒に来よう?」
「行こうと思ってた」
「……」
「今のあたしが一番信頼できるのは、クロームちゃん達しかいないって、今会話をしてて感じた。全然、怖くないの、落ち着くの」
そう言えば、2・3回と目を瞬きさせてから優しく微笑んで、じゃあ行こう、と手を差し出してくれるクロームちゃん。その行動に少し戸惑ったけど、あたしはその手をきゅっと握った。……握り返される手が、温かい。
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プルルルル、プルルル、ピッ
『なんだ』
「りっリボーン!!」
獄寺くん達と別れたオレは、とりあえず愛莉ちゃんの言っていた通りの道を進みながらリボーンに電話をかけた。
『優奈は見つかったか?』
「いや、ここら辺にはもういないみたい。なあリボーン、オレ、京子ちゃんの方に行ってもいいかな……心配なんだ」
『ああ、いいぞ』
「岸本のことは、」
『あいつもバカじゃねーからな、なんとかするだろ』
オレはもう寝る。その言葉を最後に、通話は切れた。
どんな状況でも俺様なリボーンにある意味感心しながら、オレは走る。どうせなら、向かう場所に誰もいなければいいのに。サイレンの音なんか、幻聴ならいいのに。
でも、山本が嘘をつくはずがない。
「はぁ、はぁ……っ」
愛莉ちゃんに言われた通りの場所。
そこには、京子ちゃんの姿も山本の姿もなく……でも、周囲を囲った黄色いテープと現場を調べている警察の姿を見れば、何かが起きたっていうことを知るには充分。
「あ、あの……」
「なんだい坊や。ここは今立ち入り禁止だ」
「ここで何が起きたんですか!?」
「ああ、女の子がひとり刺されてね。背の高い男の子が付き添いで、今さっき並盛病院に搬送されたよ」
「ありがとうございます!」
結構な出血だから助かるかどうか、なんて言葉を背に受けたけど、そんなの決め付けるなよ!京子ちゃんは、絶対に助かる!!
現場に来たら来たで、京子ちゃんが刺されたというその衝撃は、山本の電話を受けた時よりも大きかった。涙目になりながらも、オレは急いで病院へと向かった。
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「お願い、京子っ……助かって!!」
「…………」
「うおぉおおお京子ぉおおおお!!」
ウィーン
「山本! あ、黒川にお兄さんも!」
病院に着き、集中治療室前に来れば、手術中と赤く点灯されている扉の前に、山本と黒川、そしてお兄さんがいた。京子ちゃんは、と尋ねれば、今はまだわからないと黒川は涙を浮かべながら言った。
「京子っ!なぜ京子がこのような目に遭わねばならんのだ!!誰だこんなことをしたのは」
「おっお兄さん、ここ病院ですから、静かに!」
「す、すまない……」
注意を促したが、お兄さんが怒鳴り散らす理由もわかる。オレだって、叫びたいよ。どうして京子ちゃんがこんな目に遭わなければならなかったのか……あの時間帯なら、もっと歩いていた人なんていたはずなのに。
やっぱり、この事件はオレ達と関係している?
「なぁ、ツナ……」
「山本、大丈夫?顔、真っ青だよ」
「ああ。それより、岸本はどこだよ?あいつだろ、犯人」
「はぁ?どういうことよ、それ」
本当にその声は山本から出ているのかと疑いたくなるくらい低い声に驚いていると、鼻声になりながらも黒川が反応した。
「岸本が愛莉を汚したんだよ。だから、その仕返しにオレ達が昼間ボコッてやって……んで、今度はあいつがその仕返しに来たのな。オレ達と仲のいい奴を傷つけに」
なあ、ツナ?
岸本って、マフィアなんじゃねーのか。
そんな意が込められた視線を向けられる。岸本が、マフィア?いや、ダメだ、そこには一番繋げてはいけない。
リボーンともディーノさんとも仲良いマフィアだなんて。
「あんた達、あの子に何をしたって……?」
「え(……黒川?)」
「常盤が汚されたから、仕返しにボコした?なんてことをしてくれたのよ!!
あんた達、一度だってあの子から攻撃を受けたことある!?本当に、その現場を見たことがある!?常盤の発言が、全部合ってるとでも思ってるわけ!?ねえ、嘘なんじゃないかって思わないの、あんた達!!」
「ちょっ黒川!」
「愛莉が嘘つくはずねーのな」
突然鋭い視線を向けて、信じられないと言った表情で怒鳴る黒川。彼女を怒らせたのは、間違いなく、岸本をボコした、という言葉。彼女と岸本はそこまで関わり合いのある者同士だったかと考えを巡らせながら宥めようとしたけど、そこで山本は挑戦的な言葉を放ってしまって。
「優奈をなんだと思ってるの!?」
「最低な人間じゃねーの?」
「あの子のこと知りもしないくせに!信じてやろうともしないくせに、最低なのはどっちよ!!」
「ああもう!二人とも、落ち着けって!」
お互い引けを取らない言い合いになかなか終止符が打てずに困っていると、お兄さんに声をかけられた。
「岸本という娘は、どこにいるのだ?」
「え?」
「京子を本当に刺したのか訊き出してやるのだ。それに、直接会って訊いてみなければ真偽などわからんからな!」
口ではいくらでも嘘つける!そう言うお兄さんの視線は真っ直ぐで、確かにそうだなと思った。でも……。
「すいませんお兄さん、岸本、今どこにいるのかわからなくて」
ほんと、どこに行ったんだ、あいつ。
集中治療室の前、オレは、京子ちゃんが助かるようにと願いながら、頭の隅では岸本のことも考えていた。
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