君キン | ナノ


「……やっぱ、変だ」


リボーンが途中で来てしまったから、最後まで反応は見ることはできなかった。けど、オレが近づいただけであの怖がり方……別に、強姦されたわけじゃないのに人間を怖がり過ぎじゃないだろうか。


それじゃあ、あの子は?

身体は震わせていたけど、オレ達に包み隠さずにその事実を話してくれた。信頼してくれてるからなんだと思ってた。でも普通なら、人間を信頼できなくなるくらいの恐怖を植え付けられたも同然なんだから、話すことだって怖いはずだ。


「愛莉ちゃん、」


信じたいのに、なぜだか心から信じ切れない自分がいる。そのことに腹が立つ。

何が本当で、何が嘘なんだ?

真実を知りたいと思ってるわけじゃないのに、無性にその言葉ばかりが脳内を駆け巡って止まることを知らない。


「おいツナ」

「! リボーン」

「何を確認したかったのかは知らないが、弱り切った女に近づくもんじゃねーぞ」

「ご、ごめん」


「いいか、ツナ、よく聞け」


怒気を含んだ口調のままオレの座るベッドまでやって来ると、言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「山本達には、このこと絶対に言うなよ」

「え」

「当然だろ。優奈にあんな傷を負わせた奴らだ、知られれば何するかわかったもんじゃねーからな」

「……」

「なんだその目は。おまえまだ、あいつらがやってないとでも思ってんのか」

「違う!違うけど、でも……山本達は、大切な仲間なんだよ。だから、」


だから、信じていたい自分がいる。
山本達がやったことなのかもしれない、だけど、ここでオレが山本達を見捨てたらどうなっちゃうんだよ。大切な仲間で、友達なんだ……!


「フッ、言うと思ったぞ」

「へっ?」


急に口調の軽くなったリボーンに驚き、オレは俯いていた顔を上げた。そうすれば、小さく上がった口角が目に付く。


「あいつらを見捨てるって言ってたら、オレはおまえを撃つ気でいたぞ」

「う!?」

「ツナ、おまえはもっと周りを見ろ。いちいち他人の言動に左右されるな。自分の目で見てから、信じられるかどうか見極めろ」


「……」


ディーノさんと同じようなことを言う。要するに、否定する前にあいつを信じて話を聞いてみろってことだよな。
それにしても、一体リボーン達と岸本はどういう関係なんだろう。ただ単に仲良くなっただけの関係じゃないことくらいは、今までの流れを見ていればわかる。


「何考えてやがる」

「!」

「オレ達の関係を探る前に、今起きてることについて考えろ。じゃねーと、このままだとボンゴレはバラバラになって他マフィアに狙われちまうぞ」

「いや、だからマフィアとかは!……って、聞けよ、人の話」



気づけば姿は見当たらなかった。でも、マフィアは関係なしにしても、確かにこのままの状態が続けば、いずれオレ達はバラバラになる。でも、どうしたらいい?どう動き出せば状況は変わっていく?


わからない。

オレ達、何か悪いことしたか?

どこから生活が狂った?



ブーッ、ブーッ

急に震え出した携帯。ディスプレイを見れば、そこには山本武の名前が表示されていて。正直、出ることを躊躇われたけど、オレは携帯を手に取って通話ボタンを押した。


「……もしもし」

『よかった、ツナ!』

「? どうかしたの」


電話越しに聞く山本の声は、なんだか焦っているように聞こえた。岸本のことについての報告かも、と思っていたけど、何か起きたのではないかと不安になる。



『笹川が……っ笹川が!!』

「え、京子ちゃん?ちょっと、山本、落ち着いて。何があった!?」

『オレの目の前で、……刺された』


「え、な、なん──!?」


今、山本は、なんて言った?

信じられない言葉に頭がクラリとする。岸本の次は、京子ちゃん?一体何が起きてるってんだよ!


『さっき救急車呼んだ、けど……笹川が保てるかわかんねぇ、血が、血が止まらねーんだよツナ!』

「っオレも行く!今、どこ!?」

『いや、ツナはあいつのとこ行ってくれ』


「あいつ……って」

『岸本に決まってるのな』

「ど、どうして」


山本の声質が変わった。電話越しだというのに、ビリビリと背筋に電流が走ったかのような感覚に陥った。


『こんなことする奴は岸本しかいねぇ!昼間オレ達にやられたこと根に持って、今こうしてオレの目の前で笹川を刺して……次は愛莉のとこに行くに決まってる!だからその前に、』

「無理だよ!!」

『!?な、なに言って』


オレはベッドから立ち上がり、急いで隣の部屋へと向かう。だって、だって、山本が言う岸本は今、オレの家にいて、オレの部屋の隣で……!




勢いよく開けた襖。

オレは、自身の目を疑った。



「いない……!?」


暗い部屋の中、さっきまでは襖を開けたすぐ目の前に、力なく座り込む岸本の姿があったというのに。だけど、今この部屋には誰もいない。



『おい、ツナ?どうした?』

「! とりあえず山本は、そのまま京子ちゃんに付き添って!」

『え、あ、おう……!』


ピッ

「うそだろ!?」


通話を切り、1階へと駆け下りる。もしかしたら、リビングにいるかもしれないと思ったからだ。

バンッ!と勢いよく扉を開けたオレの目に飛び込んで来たのは、騒音に苛立ちを見せるリボーン、驚いた表情の母さん、ランボ、イーピン……肝心の姿は見当たらない。


「岸本、……岸本来てない!?」

「いや、あいつはしばらく顔出さねーぞ」

「まさか、ほんとに……?」


リボーンの一言により、岸本がこの家を出たことは確証に変わった。でも、だからって京子ちゃんを刺したのがあいつだっていう根拠はない。だって、深い怪我を負ってるしすぐに動き回れるわけがないんだから。そうは思っていても、疑う心は消えない。


「何かあったのか、ツナ」


眉間にしわを寄せて尋ねるリボーンに、オレはそっと耳打ちをする。そうすれば、その顔はどんどんと険しいものになり、小さく舌打ちをするリボーン。完全に、予想外の行動に出られた、という気持ちが現れていた。


「とりあえずツナ、おまえは先に捜しに行け」

「う、うん。でもリボーンは」

「少し部屋の様子を見てから行くぞ」


ただ事ではないと感じたのか、母さんがどうしたのと聞いてくる。けど、今はそんな質問に答えられる暇はないし、答えるべきじゃないと思った。

急いで靴を履き家を飛び出したオレが向う場所は、愛莉ちゃんの家。



もし山本の言う通り、岸本が京子ちゃんを刺したのなら、次に向かうのはここだ。








目的地の愛莉ちゃんの家が見えて来るだろう時だった。家に向かうことに夢中で周りのことに意識が向かなかったオレの耳に、聞き慣れた声が飛び込んだ。


「10代目!」

「えっ、ご、獄寺くん!?」


どうしてここにという問いは、彼の後ろにいる存在で掻き消される。


「愛莉ちゃん!?」

「ツナくんだぁ」

「どうして二人が、こんなところに」

「さっき、そこで常盤さんと会ったんスよ。夜道は危険だと思い、家まで送ろうと思ってたとこなんです」

「平気だって言ったのにぃ」


心配性だなぁ隼人くんはと言いながら、照れ臭そうに頬をポリポリと掻く愛莉ちゃん。そんな彼女の指先が、目に付いた。


「あの、愛莉ちゃん」

「なぁに、ツナくん?」

「指、どうしたの……赤いけど」


「! あぁ、これね、さっき隼人くんに会う前に転んじゃったんだぁ。へへ、ドジでしょ」



転んだだけなら、何もそんなに急いで隠すことなかったんじゃないのか……?

嫌な予感がする。聞いちゃいけない、現実を知って絶望するのはオレ自身だろ、そう頭では思っているのに口は勝手に動いた。


「愛莉ちゃん、」

「ん?」

「オレ今から山本に会いに行くんだけど、家にいなくて……どこにいるか、知ってるかな」


「あぁうん!この道真っ直ぐ行って、確か信号を左に曲がった場所で会ったよ。もう家に帰るって言ってたから、すれ違いになっちゃったんだね」

「本当?それ、どれくらい前のこと?」

「えっと、隼人くんに会う前だから……10分くらい前だったかなぁ」



その時間だと、もう京子ちゃんは刺されているし、山本がオレに電話を寄越している最中だ。なのに愛莉ちゃんは平然としているし、何も知らない様子。


「(ああ、頭が痛い)」


どっちが本当?どっちが嘘?

山本と愛莉ちゃんの発言。その二つに惑わされているオレの耳に、わずかに救急車のサイレンの音が聞こえてきた。


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