君キン | ナノ


コンコンッ

雲雀さんの部屋と言っても過言じゃない応接室の扉をリボーンが叩けば、中からディーノさんの声がした。


「入るぞ」

「う、うん……」


この先にはどんな光景が広がっているのか。そう思うと緊張せずにはいられなかった。汗ばんだ手をギュッと握り締めながら、リボーンが入った後、数秒遅れて応接室へと足を踏み入れた。



「どーだ、シャマル」

「ああ、止血もちゃんとしたし命に別状はない。今はただ眠ってるだけだ……なんだ、ボンゴレ坊主も来てたのか」


「! あ、あ、……」



真っ白い包帯に包まれてソファーに眠る岸本。

その横には、タライ一杯に積み上げられた真っ赤に染まったタオルやガーゼ。シャマルの白衣も、そしてディーノさんの服も赤く染まっていた。


少し離れた場所には雲雀さんもいた。

その光景に、オレは気持ち悪さを感じて口を手で押さえながらその場に蹲った。



「どうした、ツナ。こんくれぇの血で何びびってんだ。将来のボンゴレが心配だな」

「沢田綱吉、これ以上汚さないでよね」

「まぁまぁ恭弥!大丈夫か、ツナ……」


蹲るオレの背後に回り込み、ディーノさんは優しく背中を撫でてくれた。けど、気持ち悪いのは一向に治まることを知らない。




「──っ」


気持ち悪さの原因は、血じゃない。

この、現実だ。



「そういやディーノ、どうして体育館裏の倉庫にいるってわかったんだ」

「優奈から電話があったんだ。今にも死にそうなくらいか細い声でよ……自分はまだ生きてるって泣いててよ、そんで、早く助け求めなくてごめんってさ。優奈らしくねーだろ?」

「そうか。それで、怪我はどうだ?」

「腹部に深さ3センチの傷と、肋骨と背骨の骨折とヒビ……それから、右手の中指の爪」


「どういうことだ」

「……爪を剥がされたんだ」


女の子なのに、お洒落ができねーなと言いながら、シャマルは眠っている岸本の頭を優しく撫でた。


右手にぐるぐる巻かれている包帯を見て、オレの頭の中では嘘だ嘘だと悲鳴を上げる。これは現実じゃない。悪い夢でも見ているんだ、と。



「山本達が、こんな……」

「ツナ、これが現実なんだよ」


「でも結局はっ、結局はこいつが汚い男使って愛莉ちゃんを襲ったのがいけないんだから自業自得だ!!だから山本達は悪くない、悪いのは全部」

「優奈だってか?おい坊主、聞いてりゃずいぶんと優奈にすべてを押し付けてるようだけどよ……今までに一度だって、その愛莉って子がこいつに虐められてた瞬間を見たことがあるのか?」

「そ、れは……」

「虐められてる奴より虐めてる奴の方が怪我が多いって、どういうことなんだろうな」



こんなシャマルの目は見たことがなかった。ギン、と睨みを利かせてオレを見る。何か言わなくちゃ、言わなくちゃ……!

ごちゃごちゃの頭の中で言葉を探そうとしていれば、掠れた声が耳に届いた。



「もういいよ、シャマル」


視線を床に落としていたオレは、その声を聞いても、いや、聞いたからこそ顔を上げることができなかった。


「優奈!よかった、目が覚めたんだな」

「……現実を見ようとしない奴に、何言ったって無駄だよ。聞き入れてくれないの。みんな、ごめん、部屋から出て行ってくれないかな。……少しの間、ひとりに、なりたい」



その言葉を聞いて、普段なら嫌だと言いそうな雲雀さんですら静かに部屋を出て行った。

オレも、ディーノさんに腕を引っ張られながら出て。その時のみんなの表情は、ほとんど同じ。眉間にしわを寄せて、悲しそうな……でも、怒りが含まれているもの。



部屋を追い出されたオレ達は、どこに行くわけでもなく、応接室の前の廊下に座り込んでいた。
雲雀さんだけは、もう群れたくないと言ってどこかへ行ってしまったけれど。



中からは何も聞こえない。
岸本は、一体何をしているんだろう。



「軽い人間不信に陥ったな」

「……え?」

「気づかなかったのか?」


起きてからのあいつ、ずっと震えてた。そう言うディーノさんの言葉に、リボーンもシャマルも目を伏せた。

そう、なんだ……全然、気づかなかったな。


「これは夢じゃねーぞ、ツナ。怪我を負わせたのは、紛れもなくおまえのクラスメートで、優奈は生死をさ迷った。これは現実だ」

「でもっ」


「でもじゃねぇ。現実を否定すんな。……ここまで教え子がバカだとは思わなかったぞ。ディーノ、シャマル、オレはもう帰る……優奈は、落ち着いたら連れて来てくれ」

「ああ、わかった」



──見放されたような、気がした。

オレがどんなにバカでも、運動音痴でも、嫌だと駄々をこねても、必ずオレの傍にいた。


なのに、今日は違った。

怖かった。
あいつ、オレに対して少しだけ殺気を放った。



「すぐにわかってやろう、なんて頑張らなくてもいいさ」

「……」

「けど、すぐ否定する前に、少しだけでいい、優奈の言葉を聞き入れてみてほしい」


「──ひとついいですか、ディーノさん」

「ん?」


まだまだわかりたくないことばかりだけど、少しだけ冷静になってきた頭に、ある疑問が降ってきた。



「岸本と知り合いなんですか?」

「え、ああ……知り合いっつーか、聞いたか?ほら、優奈の家が、火事になったって」

「はい」


「それで、学校のこととか聞いてたら話してくれてな。それで色々相談に乗ってたら仲良くなったんだよ!」

「そう、ですか」


はははっと笑うディーノさんの隣では、シャマルが頭を掻きながら渋い顔をしている。その顔はまるで、嘘だってバレバレじゃねーか、と言っているようで。

そう、嘘だ、と瞬時に思った。


でも、その先を知りたいとは思わなかった。

知ったら、きっとオレは後悔する。なんとなくだけど、そう思ったから。


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