君キン | ナノ


プルルルル、プルルルル、プルルルル

「……出ねーな、どこ行ったんだ、優奈」


今日は終業式だけで、帰りはお昼頃になるんじゃないかと聞いた。なのに、夕方の4時になった今でも家には姿を現さない。何度もかけている電話にも出ない。

あいつが電話に出ない時などないし、仮にあったとしても数分後には必ず折り返してくるってのに……どうして今日はいつものやり取りがない?



「ボス、どうします?」

「捜す。捜すしかねーだろうが!!ロマーリオはツナの家に行って、リボーンにもこのことを伝えてくれ」


口早にロマーリオに命令し、オレは靴も充分に履かないまま家を飛び出し、マンションから出た。


天から照りつける太陽に、目を細める。

こんな明るいうちから誘拐なんてことはないだろうし、そもそも優奈が捕まるようなヘマはしないはずだ。それなのに、不安で不安で仕方がない。嫌な予感がしてならない……こういう予感ほどよく当たると言うが、そうでなければいいのに。



「くそっ」


どこにいるかもわからない優奈を捜すため、オレは並盛の町を走った。








「おかしいな」

「! な、なにがだよ」


もうすぐリボーンが言っていた居候が来る頃だ、とそわそわしながら待っていた時、ボソリとそんな言葉を零した。それを母さんも聞いていたのか、心配そうな表情をして時計を見ていた。


確かに、3時頃に来ると聞いていたのに約束の時間はとうに過ぎてる。

愛莉ちゃんのこともあったから、岸本には痛いほどの制裁を加えようと思っていたのに、居候の件もあってオレはやむを得ず先に帰って来たんだけど……こんなことなら、帰って来なくても平気だったんじゃ。



殴りたい、と震える拳を押さえながら時計を見た時だった。ピンポーンと訪問者を伝えるドアホンが鳴り響き、ソファーから下りて玄関に向かうリボーンの後ろを、オレも慌てて立ち上がって追った。

どんな人が来るのだろうという期待と不安を胸に抱えながら。


ガチャ

「遅かったじゃねーか……おい、ディーノはどうした、なんでいない」

「ロマーリオさん!?ど、どうしたんですか、汗だくだよ!」


玄関の扉を開けた先にいたのは、いつもの冷静さの欠片もなく、汗だくになり肩で息をしているロマーリオさんだった。その様子を見ただけでも、何か起こったのではないかと不安にさせるのには充分で。


「帰って来ないんですよ……彼女が!」

「なんだと?おいツナ、学校はとっくに終わったはずだな」


「えっ!?う、うん、今日は午前中だけ」


いつもの声より低くなった声に驚き、焦ったように答える。けど、一体何のことだ。彼女って誰で、どうして学校の終わりの時間が関係あるんだ?


「ボスは先に捜しに」

「そうか。もしかすると、学校かもしれねーな。おいツナ、」


その次に出る言葉は、リボーンの目を見たらなんとなくわかった。けど、それを言われる前に、彼の持っている携帯がうるさく鳴り響いた。









ふわふわ、ふわふわ

身体がとっても軽くて、宙を浮いているよう。
あたし、どうしちゃったんだろうか……目は開いているのに、周りが暗闇のせいか、閉じているみたいだ。



ピッピッピッピッ


規則正しく鳴る音、そして鼻を刺激するのは薬品の臭い……もしかして、病院だろうか。



「今日はね、また画鋲とかが入ってたの。なんかもう、色々マンネリ化し始めててさ、そろそろ終われるかな……」


ねえ、優奈?と問いかける女の子。

暗闇だった周囲に白い靄がかかり始めたかと思えば、段々見えてくる景色。浅香がいる、そう認識するまで数分はかかった。そして彼女の視線の先には、ベッドに眠っている女の子……あたし、岸本優奈がいた。



「あんたが事故に遭って入院し始めてから、学校でひとりぼっちでさ……ね、早く起きてよ……っ!」


あんたがいれば、頑張れるのに……。
決して目を開けることのない、少し痩せたあたしを目の前にして、そう呟いた。

あたしだって、起きれるものなら起きたい!いつまであの世界にいて、イジメを受け続けなければいけないの、ほんとに終わりは来るの?



「ごめん、弱気になった。優奈だって、頑張ってるのにね……これ以上負担かけちゃいけないよね。
負けてられない、私、イジメに打ち勝ってみせるって決めたの!だから、あんたも頑張るんだよ。ずっとずっと友達だって約束したんだから、力尽きたら許さないからね!」


ペチッと頬を軽く叩き、浅香は病室を出た。




「……」


こっちでは、浅香が頑張ってる。

誰のためでもなく、自分のために。


浅香は、味方なんていないに等しい環境。それに比べて、あたしには、ほんとはいっぱい味方がいるのに……いつからか、ひとりだと勝手に決め付けて。



「浅香に比べたら、全然辛くないのにね」


自分は辛いと悲観的になっていた。意地っ張りなこの性格のせいで、周囲に頼ることをしないで勝手に自分を追い詰めて。だけど、性格なんて頑張れば直せる。


まだ、あの世界から消えられない。


もう、助けを呼ばないなんてバカなことはしない。同じ失敗は繰り返さないから。だから、もう少しだけ頑張らせて……任務を全うできる、その日まで。








突然鳴り出した電話に出たリボーンは、ほんの少しだけやり取りをしてすぐに通話を切った。

それからオレに向けられる視線。


「学校の応接室に行くぞ」

「え!?な、なんで急に!居候の人を捜すんじゃなかったの?あそこにいるの雲雀さんだよ!」


あの危険地帯に誰が行くかよ!そう言って、オレは家の中に入ろうと方向転換をしてドアノブに手を伸ばした。



「居候が見つかった」


「はあ!?意味わかんないって!なんで学校の応接室で見つかるんだよ!まさか、居候って並中の生徒!?」

「そうだぞ。家が火事になって困ってたからな、オレが招いたんだ。だが、学校を出る前に集団リンチにあったらしい」

「……え」


「見つかったのは体育館裏の倉庫の中。で、血塗れの姿。今でも意識を失ったままらしい」


今、シャマルが応急処置をしてる。そう付け加えるリボーンの声は、もう半分以上オレの耳には届いていなかった。代わりに、耳障りなほどに聞こえてくるのは、自分自身の心臓の音。



「おい、ツナ」

「……」

「どーすんだ!行くのか、行かねーのか!」


「! い、行くよ」


ハッと我に返り、咄嗟に出た答えがそれ。

ほんとは行きたくない。行って、現実を見るのが怖いから。なのに、意に反してオレの身体は動いて行く。


もし、その血塗れが愛莉ちゃんなら。

オレはますます岸本に対して暴力を振るうようになって、きっと、以前のオレにはもう戻れなくなるくらい、怒り狂うだろう。



じゃあ、血塗れが、岸本だったら……。


わからない。けど、その方が恐ろしく怖い現実だっていうことは、なぜだかわかる。



「そろそろ現実見やがれ」

「え?」


「いや、なんでもねぇ……行くぞ」


そう言って走り出すリボーンの後を追う。そんな時、ふと頭の中にとんでもない願望が浮かんだ。


その血塗れが、愛莉ちゃんならいいのに。



そんな願望を振り払おうと、頭をふるふると振りながら、並中へと向かって行く。


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