キーンコーンカーンコーン
いつもよりも大きく聞こえるような気がするチャイムを耳にして、今まで持っていたシャーペンを机の上に置き、小さく息を吐いた。この瞬間から、期末テストという苦しみから解放された。
「終わったぁ!!」
「やっと解放されたぜ〜」
「カラオケ行こうよ」
その解放感はもちろん、この学校にいる全生徒が感じていることだろう。しかし、なんとなく手放しに喜べないでいるのは、この瞬間から、また平和ではなくなる可能性が高くなるからだ。彼らも受験の際に支障が出たら困るのは自分だと理解していたようで、この期間中は暴力は一切振るわれなかったのだ。
「さて、帰ろうかな」
教室内にまだ残っていた京子と花に軽く挨拶をしてから、教室を出る。誰かに止められるかもしれないと覚悟もしていたが、山本は久しぶりの部活に張り切っているようでもう姿はなく、獄寺は、テスト結果などまだ出てもいないのに落ち込んでいる沢田を宥めるのに必死でこちらに気づいていない。
結果、この3人の誰もあたしを気にしなかったために、他の人が気づいていたとしても止める勇気さえ出ていなかったのだ。
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「(今日もか……)」
このところ気色悪い気配を感じて仕方がない。あたしが気づいていないとでも思って油断して気配をバンバン漏らしているみたいだけど……もう3日間くらいは帰り道、こうして毎日後をつけて来る奴がいる。
毎回撒くの大変なんだよね。マフィアと関係なければ、家の場所などバレても問題はないけど、その可能性はかなり低い……更に言えば、常盤の属するファミリーの者である可能性はかなり高い。だからこそ、簡単に家には帰れない。
あたしは、後方で静かに後をつけて来る奴を横目で確認しながら、並盛商店街の人混みの中へと紛れた。
──が、今日はいつものようにはいかなかった。
「待て!」
「!?」
ここで撒けるだろうと安堵した時だった。いつもなら声も上げずにひっそりとしているだけなのに、今日は、そんなことお構いなしのようで。待てと叫び声を上げながら、後方にいた男は人混みをするする避けながら走って来る。
予想外な展開に、焦って走り出す。
とりあえず距離を取らなくちゃいけない、が、向こうは大人の男。マフィア関係なら運動だってできるはずだから、追いつかれるのも時間の問題かもしれない。
チラと様子を見てみれば、なんとも上手に人を避けながら誰かと連絡を取っているようで。
ドサッ
「あっ、ごめんなさ」
「へ、大人しく捕まるんだな、お嬢ちゃん」
「!」
余所見をしていたせいでぶつかった相手は、追いかけて来る男と同じ恰好の体格のいい男だった。ガバリとあたしを捕まえようと大きく両腕を広げたその隙に、ダッと地を蹴り走ったことでなんとか逃げられた。
「そっち行ったぞ!」
「んなっ、トランシーバー!?」
奴らの連絡手段は、携帯電話なんて可愛いものじゃなく、警察なんかが使っていそうなトランシーバーだった。ああ、やっぱりマフィア関係かと思ったと同時、ここで捕まってしまえば、自分だけではなくボンゴレも危険な状態になってしまうかも……!
「ハァ……ハァッ……」
危険だと感じてから無我夢中に走り過ぎたせいか、ここがどこかもわからない。ただ、ここで足を止めてしまったら後ろから追って来る奴らに捕まってしまう、ということだけは確実にわかる。疲れただなんて言ってられない。
「あっつ、」
ジリジリと照りつけてくる太陽の光。ああ、そういえば今日は30度を超える真夏日だって、お天気のお姉さんが清々しい笑顔で言っていたような。
すでに頭が真っ白になりかかっている中、ポケットを探り、取り出したのは携帯。どこかに電話をしなければ、と電話帳を開いて誰かの電話にコールをするまで、もうほとんど意識はなくて全部感覚でやっていたようなものだった。
プルルル、プルルル、プルル
『もしもし』
「っハァ、……たす、けて……!」
『!?お、おい!』
ああ、この声、誰だったかなぁ。
なんとか口から出た救いを求める言葉を最後に、完全に意識はなくなった。
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チリンチリーン……
「っ、」
「お、起きたか?」
「!?こ、ここは……」
目が覚めたあたしの目に映り込んだのは、涼しい風に揺れる夕日に照らされて真っ赤になって染められている風鈴。意識がなくなってからだいぶ時間が経ったことを知るのには充分だった。
とりあえず捕まってはいないみたい。
そういえばさっき……と、声のした方へ顔を向けてみれば、そこには思いがけない人物が涼んでいた。
「いっ家光!?」
「おう、久しぶりだな」
「ちょっと待って。あたし、家光に電話をしたの?ごめん、全然覚えてなくて」
「いや、電話の相手はオレじゃねーな。たまたま通りかかったら、道路にぶっ倒れてるおまえを取り囲んでる輩を見つけたんでな」
「危なかったな、優奈」
「リボーン!?ってことは、ここは沢田の家なの?」
「そうだぞ」
そうとわかれば暢気に休んでいる場合じゃない!いつ(獄寺を引きつれて)帰宅して来るかわからないのだから。寝転がっていた身体を起こして立ち上がろうとすれば、視界が一気に真っ白になり、あたしの身体はふらりとバランスを崩しながらその場にしゃがみ込んでしまった。
「……ええっと、これは」
「脱水症状に熱射病だな」
「あの日差しの中、だいぶ走ってたみてーだからな。家光がおまえを背負って戻ってきた時は、顔面蒼白でやばかったんだぞ」
もっと早く連絡入れるとかしやがれ、と言ってあたしの額に軽くデコピンを食らわすリボーンにごめんなさいと謝った。
「あ、そういえば誰に電話したんだろう」
そんな疑問が再度浮上した時だった。
バッターン!と物凄い音が玄関でしたかと思えば、あたしの名前を叫びながら、ドカドカと床が抜けるんじゃないかと思えるほど大きな足音を立てて誰かがこちらに向かって来る。
「来たな」
「え、誰が―」
「大丈夫かっ!?」
ニヤリと笑うリボーンに質問をぶつける前に、扉が壊れるんじゃないかってくらいの勢いでリビングの扉が開くと、そこには心配そうな表情を浮かべた汗だくのディーノがいた。
「まさか、あたし……」
「めちゃくちゃ心配したんだぞ!?あんな、今にも死にそうな声出して……それだけでも心臓に悪いってのに、中途半端なとこで電話切れるし!ってか、オレが今日本にいなかったらどーすんだよバカ」
「ご、ごめん。とりあえず誰かにって思ってたから。今はだいぶ落ち着いてるから、もう大丈夫。心配かけてすみませんでした!」
「はぁ〜〜、確実に寿命縮まったぜこれ」
疲れと安心からか、ディーノは深いため息を吐きながらガクッと膝をついた。本当に心配かけちゃったみたい。リビングに入って来た時の彼、びっくりするくらい青ざめてたから……なんか悪いことしちゃったな。
「って!のんびりしてる場合じゃない、沢田が帰って来たら大変!」
「ツナのことなら心配要らねーぞ。今夜は、山本の家で夕飯食べて来るらしいからな」
「で、でも」
「優奈、今はまだ帰れないと思うぜ?ここに来るまでの間に、怪しい奴らがうろついてるのをかなり見たからな」
「そういうことだ。それに、もう少しすればママンの手料理が食べられるぞ、いいのか?久しぶりの豪華な料理になるんだぞ」
最後の言葉で、今すぐ帰るという選択肢はパッと消えた。だって、いつかは食べてみたいって思ってたし!
それにこの状況、何も言わずに帰れる雰囲気ではない。あたしは仮にもボンゴレに関係している者だし、今回のことは包み隠さず彼らに話すべきだろう。
「怪しい奴らがいたって言うなら、帰らない方がいいか。捕まって色々バレることがあれば、ボンゴレが不利になるだろうし」
「それじゃあ、優奈に絡んでた奴らはどっかのマフィアってわけか」
「たぶん。トランシーバーで連絡取り合ってたし、それに実を言うと、結構前からストーカーされてたんだよね」
「なんでもっと早く言わねーんだ」
「だって確証なかったし!」
それでも怪しいと思ったら普通連絡するだろ。
関係なかったら迷惑なだけじゃん!
すぐそう考えるなって言ってんだろアホ。
アホ!?
と、危うく喧嘩が勃発してしまいそうなところで、ディーノが仲裁に入ってくれた。
「でもまずいな。今日、こういうことが起きたってことは、相手は少なからずおまえの正体を掴もうと動いてるわけだろ?あのマンションの最上階に住んでるって知られたら、さすがに一般人だとは言えなくなってくるよな」
「もう、だから普通のアパートでいいって言ったのに!」
「それは9代目に言えって」
「んん、バレるのも時間の問題だな。リボーン、おまえならどうする?」
「フッ、愚問だな家光。もしそうなりそうな場合は、この家に居候させる」
え?今なんて言ったの?
その小さい口で何を言ったの!?
リボーンはもう一度、はっきりとした口調で「居候だ」と言った。もちろんその提案にすぐさま意を唱えた。でもそれはあたしだけで、家光もディーノも賛成の様子。
「ちょっと待ってよ!あたしがこの家に住む?学校でどうなってるとか、どういう立場にいるのかわかってるよね!?わざわざ危険な方向に導かないでよ」
「落ち着け、優奈」
「そう落ち着いていられるもんですか!」
「リボーンの気持ちもわかってやれよ。確かに、学校のイジメ問題に深く関わってるおまえとツナとをひとつ屋根の下に住まわせるのは危険かもしれない。けど、あのマンションにひとりで住んでて、突然奴らが来たらどうする?おまえだけじゃ、どうすることもできねーだろ?」
「そうだけど……」
「ははは、難しく考えることはない。ツナもなぁ、悪い息子じゃないんだ。おまえが何か言ってやれば、この家でツナが暴力を振るうことは絶対にない」
この人は、本当に事の重大性をわかってるんだろうか。……でも、家光の言う通りかな。なんて言ったら沢田には悪いかもしれないけど、彼だけであたしをどうこうするなんてきっとできないはず。
周りに誰かが、特に守りたいと強く望む者がいる時にこそ、彼は本領を発揮するタイプだから。
それなら、この家にお世話になった方が安心ではあるのかなぁなんて考えを巡らせながら疑問に思ったことを口に出す。
「なんで二人が学校の出来事知ってるの」
「「リボーンに聞いた」」
「リボーン!?」
「すぴー」
「っ寝たフリするな赤ん坊!!」
このことあまり言ってほしくなかったのに!腹が立ったあたしは、相手がリボーンにも関わらず殴りかかろうと拳を振り上げる。そんな行動を見ているだけ、は絶対にできないディーノが必死に押さえ込んできて。放してよー!とブンブン腕を振り回していれば、「愉快だなぁ!」と豪快に笑っている家光の笑い声が耳に届いた。
そんな声を聞いていたら怒ってるのもバカらしくなってきて、それからはイタリアの話を聞いたりして笑い合った。
そして奈々さんに料理ができたと呼ばれてから、10時になるまで沢田家で笑いの絶えない時間を過ごした。こんなに笑っているのも久しぶりで、時間が本当にあっという間に感じて少しだけ寂しい。
「それじゃあ、ご馳走様でした!」
「ええ!」
ディーノに車で送ってもらい、家に帰って来たあたしは、リビングの電気を点けてから壁にかかっているカレンダーを眺めた。
「夏休みから、か……」
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「ただいまー!」
テスト終わりにパーッとしようということで、今日は山本の家で夕飯をご馳走になった。
いつもなら突然リボーンが現れて、高いもん食べたりするのに、今日は珍しく姿を見せることはなかった。
「あら、お帰り」
「ただいま……って、リボーン家にいたの?いつもならお寿司食べにひょっこり出て来るのに、珍しいじゃん」
「今日は山本の寿司よりも大事な用事があったからな」
「? そういえば、父さんがこんな時間に家にいるなんて珍しいな。しかも夕食豪華っぽいし」
酔い潰れて腹を出しながら爆睡している父さんに苦笑いを浮かべながら、テーブルの上の余り物に目を向ければいつもよりちょっぴり豪華な料理。
「誰か来てたのか?」
「ああ、おまえの知ってる奴がな」
「……ディーノさん?」
「ひとりはな」
なんだよその答え方。でもまぁ、二人の客人が来ていたってことはわかった。別に誰が来てても気にすることじゃない。
部屋に充満している酒臭さに耐え切れず、冷蔵庫を開けて冷たいお茶を一杯飲んでから自分の部屋に向かおうと扉を少し開けた時だった。
「ツナ」
「なんだよリボーン?」
「ひとつ、伝えておきてぇことがある」
「(嫌な予感しかしないんだけど)なんだよ突然、改まって」
「夏休みから、この家にもうひとり居候が増えることになったぞ」
「えええええ!?」
「心配すんな。あいつらよりは静かな奴だ」
ビシッと指差して言う先を見れば、ランボとイーピンがソファーで眠っていた。静かなのはいいと思うけど、そういう問題!?ってか、リボーンがそう言うってことはマフィア関係者って可能性もあるよな!?
勘弁してくれよと項垂れていると、オレの心を読んだのか「マフィアとは関係ない奴だ」と言った。
「それ、信じていいの?」
「ツナのくせにオレを疑うのか?そんな余裕あったら部屋行って勉強でもしろ」
「今日テスト終わったばっかだよ!」
反抗するが意味はなし。カチャリと銃口を向けられてしまえば、こっちに逆らう権利なんかまったくなく。オレはため息を吐きながら、夏休みになったら居候するというまだ見ぬ誰かを想像しながら部屋へと上がって行った。
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