「誰だよ、やったの!!」
「じゅ、10代目?」
「どーしたんだよ急に怒鳴って」
いきなり怒鳴ったんだ、クラスメート達の視線を集めたのは当たり前で。オレ自身、どうしてこんなにも怒りに震えているのかわからない。だけど、怒らなきゃいけないような気がしたんだ。
「どうしたの……ツナくん?」
不安げに近寄って来た愛莉ちゃん。彼女は違う。きっと、彼女に暴力をしている岸本に対して怒っている誰かがこんなものを仕込んだんだ。
オレはぐるりと教室を見回して、口を開く。
「確かに岸本は悪い奴だよ。京子ちゃんを利用して、愛莉ちゃんを虐めてたんだから。でも、それでもこんなものを使うのは、オレは許さない」
そうだ、だから、京子ちゃんがカッターを愛莉ちゃんに突き刺したと知った時、手を上げられずにはいられなかったんだ。暴力なら大丈夫だなんて言いたいわけじゃないけど、やっぱり刃物はいけない。
「誰もやってねーよ。てか、岸本のそんな真っ暗で汚い机になんか近づきたくもないし」
「もしかしたら、他のクラスの人とかじゃないかな?」
「それか、岸本の手のひらで踊らされてた笹川さんか、間接的に傷つけられてた常盤さんの復讐劇……なんちって」
「そんな!愛莉、そんなことしてない!」
「おいテメェ、根拠もねえくせに勝手に常盤さんを犯人扱いすんじゃねぇ!」
「ひっ」
ガッシャアアアン!!
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「…………」
あたしがいない間に、沢田が何を見て、感じて、怒りに震えたのかわからない。
教室に入ろうとした時に彼の怒鳴り声が聞こえてから、なんとなく入れずにここで立って聞いていたけれど……もちろん彼は、あたしを許してくれているわけではない、でも庇ってくれているようにも聞こえて。
「(バカだな、あたし……)」
今までの出来事の元凶は全てあたしなんだって嘘を言ったあの日から冷たくなったみんなの視線。
そんなの当たり前の現象。きっと、やっていないことを証明でもしない限り、もう簡単には許してもらえる日なんて一生来ない。
「……っ」
別に任務とは関係ないから、そう必死になることじゃない。だけど、こうして小さな優しさに触れてしまうと、自分はやっていないと訴えて平和な日々に戻りたいと願ってしまう。
暴力も罵声も視線も孤独も……。
まだ始まったばかりの、我が儘なお姫様によって仕掛けられたイジメ……京子にも花にも、あたしは平気なフリして心配させないようにしているけど、でも本当は、本当はやっぱり辛くて仕方ないんだよ。
自分の心の弱さに気づいた途端、悲しみの波が押し寄せてきた。このままじゃいけない、負けてしまう……扉の前でしゃがみ込んで、必死にその波を抑え込もうとしていると、ガラッと扉が開いた。
「! 優奈ちゃん!?」
「ど、どうしたのよこんな場所で……今にも泣きそうな顔しちゃって、あんたらしくないじゃない」
「京子、花……」
もう少しで授業が始まるというのに、教室から出て来た彼女達。二人の疲れ切った様子と、教室内の怒鳴り声を聞けばわかったが、どうやらさっき常盤を犯人扱いされたことを怒った獄寺がかなり暴れているようだ。
「優奈ちゃん、何かあった?話なら聞くよ?」
「ううん、何でもない!大丈夫だか―」
必死に笑顔を貼り付けて言うあたしの頬を、花が掴んだと思ったら力いっぱい抓ってきた。
「嘘つけ。あのさ、どうしちゃったわけ?あれだけ嘘つくの嫌いって言ったくせに、今は嘘だらけ。
常盤にトイレで引っ叩かれた時も、屋上で沢田達にやられて傷だらけになった時も、京子を庇うために自分から標的になった時も……全部嘘ばっかりじゃない!優しさで固められた嘘なんて、私達には、要らないんだよ」
普段から冷静でどこか大人びている、そんな花があたしのことを想って泣いている。
ねえ、違うよ、泣かせたいんじゃないのに……花達には笑顔でいてほしいって、そう思って頑張っているのに……あたしだけが犠牲になればいいって考えは間違っているの?安心させたいと思ってやっていた行動が、逆に彼女達を不安にさせてる。
「あの……ずっと言ってなかったことが」
そう切り出したと同時、授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。
期末テストも近いから授業はちゃんと出なくちゃという考えが巡り、急いで立ち上がり教室に入ろうとするが、その行動を京子と花が止めた。
「出なきゃ……テスト、近いんだよ?」
「そりゃ授業も大事だけど、今はそれよりもあんたの方が大事でしょ?」
「そうだよ優奈ちゃん。何か言いかけてたよね……屋上で話そう」
あたしの腕を掴む手からは、二人の気持ちが痛いくらい伝わって来て。さっき咄嗟に出た言葉も、タイミングはこの時だと思ったからなんだろう。
二人に連れられ、屋上へ行くことを決心した。
ギィイイ
イジメ目的以外で屋上へと足を踏み入れるのはいつ振りだろう。太陽に照らされる屋上の、わずかな日陰を探してあたし達は座り込んだ。
「この時期に屋上は間違いだったわね」
「そうだね、ごめん」
「でもここしか話せる場所ないし、平気だよ」
それに、これから話す内容は、9代目とヴァリアー、リボーン、それからシャマルとディーノしか知らない自分の素性のこと。知らない誰かに聞かれてしまう可能性が最も少ない屋上でしか、話せないことだ。
「あのね、この並盛に来て、一番最初に話すなら京子と花って決めてたの」
頭上に広がる青空を仰ぎながら言葉を放てば、京子と花は真剣な表情をして見つめてきた。
「二人とも、前に行ってたよね、あたしが消えちゃうかもしれないって」
「でもそれは」
「それね、間違いじゃないよ」
「え?」
「今まで黙っててごめん。これから驚いても無理ないこと言う……信じられないかもしれないけど、あたしは、この世界の人間じゃ、ない」
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優奈ちゃんからどんな驚かされる内容を聞かされるのだろう、そう思っていたけど、私が考えていた以上に驚きは大きかった。思わず花と顔を見合わせて、聞き返してしまうほど。苦笑いを浮かべてもう一度、彼女は言った、この世界の人間じゃないと、今度はさっきよりもはっきりとした口調で。
「びっくりしたよね。……無理に受け入れようとしてくれなくてもいい、ただ、あたしが勝手に伝えておきたかっただけだから。このことね、前にも話したことがあって、でもやっぱり信じてくれるまで何ヶ月もかかったよ」
「いや、信じる信じないはともかく……この世界の人間じゃないって言うけど、じゃあ他にどこよ」
「更に驚くだろうけど、」
うーん、と眉間にしわを寄せながら優奈ちゃんは何かを考えている……ううん、言葉を選んでいるんだ。私達に、わかり易く丁寧に伝えるために。
「元々いた世界も、たいした差はないよ。けど、決定的に違うのがひとつだけ……こっちが、あたしにとって漫画の世界だってこと」
「!?」
「ほら、初対面だったはずのきみ達の名前を知ってたでしょ?その理由は、きみ達が漫画の登場人物だから、知っていた。もちろん沢田達のことも知ってた」
「私達が漫画の登場人物……はー、ちょっと待ってね、それが本当だったとしたら、色々ショッキングね」
「う、うん」
「花達がショック受けるのも当然だよね。あたしだって、そんなの嫌だと思う」
そう言って、ごめんねと呟く優奈ちゃん。
花がショックを受けているように、私もやっぱりショックを受けている。だって、漫画の世界だなんて。
けど、優奈ちゃんが謝る必要なんてない。だって、私達のことを知っていたからこそあの日の出会いがあって、私を立ち直らせてくれて、そして今があるんだもん。
「……優奈?」
頭の整理をするためにしばらく黙っていた私達だったけど、優奈ちゃんがスカートのポケットを漁っている行動を見て不思議に思った花が沈黙を破った。
ちょっと待ってね、と言って取り出したのは携帯。可愛らしいデザインの携帯だったけど、そんな種類のは見たこともなくて……ああ、優奈ちゃんは本当に別世界から来た人なんだなと証明するのには充分だった。
「あったあった。これ、見てくれる?」
「なに?」
「プリクラの画像だよね、これ」
差し出された携帯のディスプレイには、二人の女の子が映ったプリクラの画像。すごく大人っぽくて、見てすぐに高校生の子だとわかった。けど、一体誰だろう、そんな疑問が出現したのがわかったのか、優奈ちゃんは左側の子を指差しながらこう言った。
「これ、あたし」
「え!?」
「は?どういうこと!?」
「なに、その、あり得ない!って反応」
そりゃそうか、なんて笑う優奈ちゃんを見ながら、とりあえず驚くことしかできなかった。だって、姿が違うし……それに年齢とか。えええ?混乱気味に、私は何度も本人とディスプレイの画面に映る人を見比べてしまった。
「どうしてこうなったのかわからないんだ。とりあえず、そっちに映ってるのが本来の姿です……この衝撃的な変化には、あたしもショックだった」
「細さは相変わらずみたいね」
「ってことは、優奈ちゃん、年上?」
「そうだね。でも、敬語とか絶対ナシだよ!」
「今更敬語で話せるかっての」
「さすが花さん。で、京子、他に何か聞いておきたいことある?」
「えっ」
凝視していたのがバレたのか、突然話を振られてしまった。きっと、何か言いたいのに言い出せないのだろう、と思ったんだろう。ほんと、優奈ちゃんは人のことをよく見てるなぁ。
「えっと、寂しくはないの?」
こんな質問でよかったのかはわからない。ただ、無性に聞きたかったことではある。今こうして笑ってくれてるけど、本当は自分の世界に帰りたいんじゃないのかな、とか考えていたりしたら……なんか、私も、寂しいし。
優奈ちゃんの幸せはどこにあるんだろう。
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「寂しい、か──」
考えたこともなかった。いや、考える暇がなかったって言った方がいいかもしれない。
最初の頃は、あたしがこっちに来るキッカケとなった(横断歩道を渡っていただけのあたしにトラックが突っ込んできた)事件後の自分はどうなっているのかとか、浅香のこととかを考える時はあったけど……。
「色々思うことはあるけど、寂しくはないよ。京子と花がいるもん!」
「そっか」
京子がホッと安心したような表情を浮かべると、まるで計っていたかのように授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
屋上から出て、階段を下りている最中、何かを思い出したかのように二人揃って微笑みを浮かべながらこちらを見てきた。なんだ、なにを、企んでいる!
「年上かぁ」
「花の女子高生ってやつよね」
「怖いよ、なに!?」
「私達、1時限目の授業置いてかれちゃったな……誰かさんのせいで。」
「この時期は大切なのにね」
「あーあ、近くに数学教えてくれる優しいお姉さんとかいないかしら」
「ふふっ、可愛いお姉さんがいいね!」
ひと通り打ち合わせ通りしたかのようなセリフを言い終わった彼女達は、ニッと白い歯を見せて意地悪そうに笑ってきた。ああもう、生意気な中学生だ!
「わかった、優しくて可愛いお姉さんが教えてあげましょう!数学は得意科目だから、任せてよ」
「そう言うの待ってました!でも、可愛いなんて自画自賛しちゃって、その頭は大丈夫かしら?」
「もう、花っ!それじゃあ、またあとでね、優奈ちゃん」
あたしの背中をバシッと叩き、足早に階段を駆け降りて行く花と、それについて行く京子。
もう少し時間を置いてから行った方が安全だろうと思い、その姿を見送りながら、あたしはその場に座り込んだ。
信じてくれたかは別として、彼女達はいつも通りに接してくれるし、あたし自身もなんだかすごくスッキリしていた。あ、このことヴァリアーへの手紙に書いておこう!素性を話せるほど仲良い友達ができましたーって知らせておかないと。そろそろ心配させちゃうだろうし。
「そうと決まれば、次の授業は手紙だ」
あの教室でまともに授業を受けていることなんてできない。唯一、イジメという現実を忘れさせてくれるのが、彼らに宛てた手紙を書いている時……それくらい集中しているってことなんだけど。
2時限目が始まる3分前、この世界に来て初めて、清々しい気分で教室に入ることができた気がする。
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