君キン | ナノ


pipipipi...

「う、んん……」

「クフフ」


……ん、今、携帯のアラームと混じって他に変なのが聞こえた気がするんだけど。
いや、気のせいだよね!隣で寝てるのは可愛い可愛いクロームちゃんなんだよ!?なのにここで南国果実の笑い声が聞こえてくるなんておかしいんだよ!



「……」

「おや、ようやくお目覚めですか」



待てええええ!!
目を開けたあたしの視界に映った存在を消すかのように、勢いよく毛布を被ってその存在に背中を向けた。

おかしい、おかしいです!
隣にいるのはクロームちゃんのはずだったのに、なんか六道骸がいるんだけど!?


だって、彼は二度と出て来れないような、そんな場所の牢獄に閉じ込められているんだよね?なのに、なぜここに……ハッ、まさか幻術を使って来ちゃった?



「クフフ、あなたは恥ずかしがり屋のようですね。突然背を向けてどうしたんです」

「ひっ」


背中を見せたのをいいことに、ごそごそと動いて、抱き枕に抱き着くように、ギュッと抱き締めてきた。う、待って待って……!


「っやめてください!あの、恥ずかしがり屋ってことで構わないので、このあたしの腹部に巻きついてる腕取っ払ってもらえません!?傷が痛むし、」

「傷……ああ、そういえば昨晩、犬達と話していましたね」

「(聞こえてたの!?)」

「僕はクロームを通してますからね、聞こえない会話はありませんよ」


「そ、そうですか。」



また読心術か、もう慣れたよ……なんてため息をついて、なんで朝っぱらから男と密着してるんだろうと考えたところで、急に背筋がぞわぞわとした。



「いやぁああああ!!犬っ、千種っ……こっちに来てぇえええ!」


冷静に今の状態を分析したら怖くなったんです。叫び声を上げて数分後、犬と千種は眠たそうな顔をして来てくれた。

そんなのダメ。普通、女の子が叫んだら数秒もかからず飛んで来るのが男ってもんなんだよ!その数分間ずっと抱き締められてたこっちの身にもなって!




「朝からうるせえびょんおまえ!!って、え、骸さんれすか!?」

「骸、様……」

「お久しぶりです、犬、千種。どこも変わりないようで」

「もっちろんれすよ!」

「クフフ」


「いや、あの、感動の再会してるとこ悪いんだけど、早くこの人どうにかしてよ二人とも」

「「めんどい」」

「!?揃って言うことないじゃない!」


それから数分後、ようやく骸さんは離れてくれた。それからというもの、相当久しぶりに会うのか、朝ごはんを食べながら犬や千種と楽しそうに会話を繰り広げている。

あ、今日学校なのにのんびりし過ぎじゃないの、あたし。急がないと、と思い食器を重ね合わせて立ち上がった時だった。



「そういえば、優奈はこんな時間までのんびりしていていいんですか?今日は平日ですよ、休日は明日です」

「言われなくてもわかってます!ってか、名前呼びがナチュラル過ぎて困る!!」

「やはり恥ずかしがり屋なんですねぇ」


「……それじゃあ、あたしは学校に行きます」

「それなら僕らも」


足元に置いてあった鞄を持ち玄関へ向かおうとすれば、それを見計らって骸さんも立ち上がった。


「そろそろあなたの家にいるのも迷惑でしょう。黒曜センターに帰るついでに、並盛中の前を通るので送りますよ」

「なっ骸さん、こいつに優しくすることなんてねーびょん!」

「何を言っているんですか犬。きみは昨晩、お風呂に夕飯までご馳走になっていたでしょう、送らないバカがどこにいますか」

「ゔ」


うわぁ、まともな意見だし紳士だわ骸さん。いや知ってたけど、紳士なんだけど、今朝のことを考えると変態っぽい感じもして素直に認められないっていうか……あれ、なんでこっち見て笑ってるんだろう。


「今、何を考えましたか、優奈?」

「(くっそ読心術!)」


山本とは違った素敵スマイル。恐ろしくて悪態吐けない……ってか、読心術を習得している人ばっかりで、なんなのこの世界!!



「えっと、じゃあ行きましょうか」


浮かべる笑顔は引き攣ったものしか出ない。送ってくれると言う骸さんは、すぐさま動き出してくれたが、犬と千種は本当にめんどくさそうに重たい腰を持ち上げていた。まるで自分の家のように寛いでいらっしゃるけど、ここあたしの家だから!

犬と千種の背を押し、家から出て登校開始。マンションから出るまでは4人で固まって動いていたが、そこから出れば犬や千種は足が速いのかどんどんと先に進んで。一方、紳士というべきか、骸さんはあたしのスピードに合わせてくれていた。別に先に言っていてもいいのにな、恭弥先輩とは違った空気醸し出してるから、なんか緊張しちゃう。



「気になってたんですが」

「え、何がです?」


「あなたは、何者なんですか」


何を言うかと思えばそんなこと。
しかし、笑顔を添えて「どういう意味ですかー?」と言える雰囲気とは言い難い。黙って隣を歩くあたしの目をしっかりと捉えてくる骸さんに、冗談なんて一切なしだ。



「何者って……昨日クロームちゃん達に話したことが全部ですよ。一般人よりちょっと運動神経がいい、ヴァリアーと仲良くなれる変わった人です」

「あの暗殺部隊と仲良くやっているという話は、さすがに僕も驚きましたよ」


なんせきみのような女の子がね、とその後にもなんか色々付け加えてぶつぶつ言っていたけど、結果驚いたんだね。それから少し黙る骸さん。何か考えているのか、顎に手を添えているその姿は本当に様になっている……一緒に歩いてるのが恥ずかしくなるな。

そんな彼からスッと目を離せば、並中の校門が見えてきた。あ、そういえば恭弥先輩のこと考えてなかったけど、これ出くわしたらどうすればいいんだろう、なんて思い始めたあたしの耳に、骸さんの驚くような言葉が届いた。




「優奈は、この世界に本当に存在しているんですか?」


「……え?」

「どうもこの世界の匂いがしない」

「あたしが無臭ってことですか?」


「そういう意味ではありません。わかっているんでしょう、僕の言いたいことが」

「いや……」


わからないですね、なんて素っ気なく返しながら視線を外せば、さっきまで誰もいなかった校門前に学ランを肩にかけた少年が。


「あ、あの骸さん……」

「話してくれる気になりましたか?」

「じゃなくて。いつクロームちゃんに戻るんでしょうか」

「優奈を送り届けたら戻ります。そろそろ僕の体力も限界に近い」


「あ、じゃあ、今すぐ戻りましょう!そうしてくれると、すっごく有難いんですよね!」



やばいやばいやばい……!校門まで残りどれくらいかわからないけど、このままじゃ大変なことになっちゃうって!お願いだから恭弥先輩、こっちだけは見ないでね、そのまま黄色い飛行生命物体と戯れてて!!

早く戻ってよー!と内心あたふたしているあたしは、骸さんを見たり恭弥先輩を見たりして挙動不審。そんな動きを不審に思わないはずもなく、今まであたししか見ていなかった視線を歩を進める方向へと向けた。


「ぎゃあああ、見ちゃダメったら!」


咄嗟に骸さんの目を隠そうと試みたが、その前に危険を察知した。たぶん、目を隠したら逆にあたしが何かされてしまうんじゃないか。そう感じ、彼の首元まで伸びた手を引っ込めた。


「ほう、雲雀恭弥じゃないですか」

「何さり気なくいい表情しちゃってるの!?まさかここで戦う気じゃ……!」

「そのまさか、だと言ったら?」


「大っ嫌いになりますよ」

「おや、それは困りましたねぇ」


嫌いになることはないだろう。むしろ、ここで骸さんまで敵にしたら、もうやっていけないだろうし。本当は困ってなんかないくせに、眉尻を下げてどうしたものかと悩み始める。……変なの、あたし、この人はもっと冷たくて恐ろしい人なんだとばかり。




「骸さん何してるんれすかー?」

「犬んんんっ!!」

「おやおや」


「(こっち見ちゃったじゃん!)」


先を歩く犬や千種の存在を忘れていた。そりゃあ、後ろを振り向いた先にピタリと立ち止まってしまっている連れがいれば声もかけたくなる、けど……!ここは黙って見逃しておいてほしかったな!!




「優奈……そいつ、六道骸じゃないか」

「おっおおおはようございます先輩!今日もいい天気ですよね、ほらほら早く風紀委員の仕事始めちゃいましょう!」

「何を慌ててるんだい?心配しなくても、今すぐに仕事を始めるよ」


口角を上げ、鋭い視線が捉える先には骸さん。まさに、お目当ての獲物を狩ろうとしている肉食獣のようで。学ランの中からチラチラと見える銀色のそれは、間違いなくトンファーで……仕事って、骸さん退治!?


「ま、待って……」

「クフフ、やる気ですね雲雀恭弥。しかし手合わせできないのが残念だ。優奈に嫌われるのは御免ですからね、今回は帰りますよ」

「ありがとうございます、骸さん」


「ええ。そして今度はぜひ、本当のきみについてを聞きに行きます。誤魔化しは無用ですよ」



耳元に口を寄せてそう言うと、骸さんは犬と千種を呼んで、消えるようにこの場から去って行った。

ああ、困ったな、今顔が赤いかもしれない。好きだからとかいう理由ではない、ただ単に、ああいう男の行為に慣れていないのだ。だからこそ、朝のあの悲鳴だ、あたしは本当にそういった経験がないのである!



「本当のきみって、どういうこと」

「え……ってか聞こえて!?な、なにそれ耳元で言った意味はどこですか骸さんのバカ!!」

「教えてくれないと咬み殺すよ」


「ちょっ待ってください!別に隠してるってわけじゃないんですけど、話したい順番が、あるんです」

「へえ。僕が一番じゃないってことか」

「……一番は、京子と花です。彼女達には一番に知ってもらいたい。あの、だから、もう少し待っててもらえませんか?」


「──そう」


さっきまではあんなに楽しそうに目を光らせていたのに。今はもう、戦意喪失っていうか、冷たい目だ。

そんな空気に居た堪れなくなり、あたしは風紀委員の仕事を理由にして恭弥先輩の傍を離れた。








委員の仕事が終わり、教室へと向かうその足取りは、決して軽くはない。


「来てんじゃねーよブス」
「いい加減愛莉ちゃんに謝ってよ!」
「てか生きてる意味あるの?」
「言えてるー」


このくらいの罵声、どうってことはない。生きている意味くらいはある、自分のためじゃないけれど。

廊下で飛び交う言葉を受け流しながら、ガラリと教室の扉を開ければ、教室内にいたクラスメート達は一斉にこちらを見てくる。いつかも見たような光景に笑いが出る。それにしても、こんな視線を浴びるくらいなら、恭弥先輩と骸さんの戦いを見てる方がまだ気が楽かもしれない。



「あ、忘れてた」


机のことを先輩に言うのを、忘れていた。
仕方ない、今日もまたこの真っ黒な机で我慢して授業を受けようか、とため息をつきながら、よく使う筆箱だけを机の中に入れようと手を入れた瞬間だ。


「イタッ!?」


突然の鋭い痛みに、咄嗟に手を引っ込める。そして目に飛び込んだのは、鮮やかな赤。紛れもなく、血だ。

サックリと切られた手の甲を見ていれば、冷たく鋭い視線を感じたので顔を上げてみれば、窓際の席に座る常盤が恐ろしい笑みを浮かべていた。あまり見ていても寒気がするだけだと悟ったので、中に入っている凶器を確認するために机の中を覗き込んだ。



やっぱりカッターですよね。
ご丁寧にガムテープで貼って、触れた瞬間に簡単に動かないようにしてあった。

冷静に対処しようと試みるけど、結構勢いよく突っ込んだから傷が深い。血が流れているんだ、と再確認されるうかのようにドクンドクンと大きく脈打っていて、頭がクラクラしてきた。
保健室に行こう、そう思って席を立ったと同時に豪快に扉を開けて入って来た担任。この状況で抜け出すわけにはいかないし……仕方ない、HRが終わってから行こう。ジクジクと痛みを伴ってきた傷口に手を当てながら、椅子に座り直した。



「みんなわかっていると思うが、来週から期末テストが始まるからな、勉強を怠るなよ?」


中・高生活で最も苦とされる行事、テストが来週から始まる。わかっていたのに、再度そう告げられると焦りを感じる。まあ、中2の問題なんて簡単だろうけど。どんどん溢れて来る血を気にしながら、教室内で沸き起こる大ブーイングを聞いてため息。


「嫌だとか言うんじゃないぞ?中2という学年は、受験の成績にも大いに関わって来るんだからな!点数悪かった生徒は、自動的に面談が入るから覚悟しておくように」








ビシッと決めポーズをしてから、誇らしげに、でもどこか悪を感じる表情をして教室を出て行った。一瞬静まり返った教室も、すぐに雑談(テストの話)が飛び交い始めた。

そしてオレも頭を抱える。


「どうしよ、数学、本当にやばい」

「大丈夫っスよ10代目!オレが10代目のために一生懸命数学教えます!!」

「獄寺くん……」


近づいてきているとは思っていたさ。カレンダーにだって期末テストの予定が書き込まれてあったから、忘れようにも忘れられなかったってのが正しいんだけど。なのに、どうしてオレはまた……。



「テスト勉強、まだ一度もちゃんとしてないよ、あはは」

「!!」

「おいおいツナ、そりゃ危ねーな」

「え!まさか山本、ちゃんと勉強して……」


中間まではオレと同じようにテスト3日前勉強だったのに!なんで今、オレの目の前にいる山本の顔がこんなにもキラキラ輝いてるんだ!?

しかも、当たり前だろって、返された。




「……?」


ショックを受け床に視線を落としたオレの視界に、珍しく岸本の机の下が目に入った。茶色の床に、点々とした模様が見えて、なぜかオレの胸は異様なほどざわついた。


「10代目、どうしました?」

「……」

「! おい、ツナ?」


急に椅子を立ちあがったことに驚きつつも、オレの少し後ろをついて来る二人。辿り着く場所は、わずか数メートルしか離れていない真っ黒い机。



「岸本の机がどうかしたか?」

「机じゃない。その下だよ」

「? あ、ほんとっスね、なんか模様が……ってか、あいつどこ行きやがった?」


岸本がいないことにも気づいた二人はそのままキョロキョロ見渡していたが、オレはしゃがみ込んで模様にそっと指先を近づけ、触れた。

水とはまた違った独特な感覚が伝わる。
ぬめり、としたそれに触れた指を見てみれば、それは空気に晒されて若干黒くなりかかった赤色。


「これ、血……」


でもあり得ない。今日はまだ何も騒動は起こしていないのに、どうして朝から血を流さなきゃいけないんだ?

床から視線を外して、次に辿り着いた場所は机の中だった。



「!(カッターがある)」


キラリと光る鋭利な刃を見ればすぐにわかった。そこに付着している血は、きっと岸本のものであって……誰かに仕込まれて、気づかないで手を入れて切った?

こんなの、別に今まであいつが愛莉ちゃんにやってきたことを考えればどうってことない。だけど……、どうしてか、オレの中の何かがプチッと切れた気がした。



「誰だよ、やったの!!」


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