獄寺のお陰で、2時限目から授業に出ることができた。その際のクラスメートの反応を簡単に表すならば、ぎょっ、である。
教室に戻ってから、机の上がすごいことになっていたのを思い出した。先生に何か言われるのも嫌だしとりあえず菊の花はゴミ箱に投げ入れて、落書きは消すのも面倒だったし、もう真っ黒い机だと思って使おう。あとで恭弥先輩に相談してみようかな。
授業中に暴力はさすがになかったけど、ヒソヒソ声で悪口を言っていたり消しカスを投げてきたりゴミを投げてきたり……ごめん、ここはゴミ箱じゃあないです。
終了を知らせるチャイムが鳴れば、あたしはすぐに席を立ってトイレへ駆け込み個室に閉じ籠る。男子はまず入って来れないし、女子はまだそんなに目立ったイジメをしてこないから大丈夫だろう。それにしても放課後か……気が重たいな。
「では今日はこれで終わりだ。日直!」
「起立、礼」
さようなら、の声で生徒達は一斉に帰る支度を始める。あたしももちろん帰る準備はする、とは言っても机の中も汚いから教科書類はずっと鞄の中に入れてて準備も何もないんだけれど。
隣の席が山本なのは知っているけど、もしかしたら!って思うではないか。鞄を手に持って、そっと扉へと近づいて出ようと試みた……けど、やっぱり無理なわけで。
「逃げる気かよ?」
「あ、山本。あれ、何か約束していた?」
「おまえ、モノ忘れ激しいのな」
「そういうことでもいいよ」
しかしどうしたものか、腕を掴まれてしまっていて逃げようにも逃げられない状態だ。
必死に振り払おうと努力はしているものの、力の強い手には敵わなくて、仕舞いには山本に腕を引かれる形になってしまった。
ぐいっ
「屋上来てもらうぜ」
「い、いや!絶対にイヤ!!」
「岸本、今日はずいぶん嫌がるね。いつもはオレ達を見下すような態度なのに」
山本の動きに対抗しようと反対方向に体重をかけていれば、沢田が寄って来た。
さすがに2対1では分が悪い。
「そんな態度しているつもりないんだけどな。まあ、性格上仕方ないのかも。沢田こそ、もうちょっと弱そうでダメダメな人だと思ってたのに」
「っ!」
「おまえ、ツナをバカにすんの好きなのかよ!」
パシンッ
「つっ、」
沢田を侮辱されたことに怒ったのか、山本はカッと血相を変えて平手打ちをしてきた。
その行動の際、山本はあたしの腕を掴む手を放していた。それを絶好のチャンスと見たあたしは、打たれた頬を押さえながら逃げるように走り出す。
「あっテメェ待ちやがれ!追いかけるぞ野球バカ!」
「獄寺に言われなくても行くっての」
「わっ待って二人とも!!」
走りながら後方をチラッと見てみれば、物凄いスピードで追いかけて来る獄寺と山本、そしてその数メートル後ろには沢田が……こんな時にダメツナを発揮されてもなぁ。
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「あいつ足速えーな」
「野球バカ!こういう時はあれだろっ、おまえの得意な野球モード発揮しろ!」
「え、でも山本、今ボールなんて」
「持ってるぜ……?」
ポケットからスッと出てきた真っ白い野球ボールに、思わず、ええ!?と獄寺くんと声を合わせてしまった。いや、提案した本人も驚いてるって……まあいっか。どうする、と言うかのように手のひらでボールを転がしている山本を見て、それを投げて岸本が止まるならとコクリと頷いた。
「──そんじゃ、いくぜ」
投球体勢に入れば、一気に山本の表情は締まった。
ここは廊下。関係のない人まで巻き込むわけにはいかないから、オレと獄寺くんは岸本以外の人物にはなるべく廊下の端に寄るように注意を促した。
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「?」
なんだか廊下がやけに静かだ。追いかけるの諦めたのかな、なんて思って立ち止まり後ろを振り返ってみれば予想外な光景が広がっていた。
「なっ……」
山本だけが、あたしと一直線上の位置に立っている。生徒達はわけもわからないだろうに、とりあえず廊下の端に寄って……目を細めて様子を見ていれば、山本は何か構えをしている。まさか、と嫌な予感がした。そう、あの構えはおそらく野球、彼が大得意とするスポーツ、野球じゃないか!!なんでボール持ってるの!?
「いけぇ山本!」
「当てちまえあんな奴!」
「きゃー、山本くんかっこいいっ」
状況を把握し出したのか、周囲の生徒達が煽り立て始めた。山本がどれくらいのスピードの球を投げて来るのかなんて見たこともないし、そもそも野球のキャッチャーという立場にすらなったことないんだからわかるわけない。だけど、それを避けなくちゃいけない……シャマルとの約束を、こんな数時間で破るわけには!
それに教室に戻れなくなるなんて、もし京子に何かあった、ら……?
「……────あ」
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「今だよ山本!」
「ああ」
スッ……ビュンッ!!
勢いよく投げられたボールは、真っ直ぐに岸本の立ち尽くす場所へと向かっていく。自分で言うのもなんだけどコントロールは抜群だ。ここにいる誰もが、あいつの身体の一部もしくはど真ん中に当たるだろうと思っていた。
ドゴォオオオン
「(ひいい、今の音ボールが!?)」
「当たったのか?」
「……いや、当たって、ねえぞ」
絶対に当たると思っていた。でも確かに、あの音は人体にぶつかった時の音とはまったくの別物で、たぶん壁に当たっただけだ。そしてきっと壊しちまった。こりゃあとで雲雀がうるさいかもな、なんて暢気に考えていれば、獄寺が声を上げる。
「はあ!?ンでいねーんだよ!」
「えっ」
「いない?……あ、本当だ」
衝撃により出てきていた白煙が薄くなり、目を凝らすようにその場所を見ていれば本当に岸本の姿はどこにもなくて。
瞬間移動だなんてそんなことできるわけないだろうし、一体何がどうなったんだという疑問を残しつつ、雲雀に見つかるのは厄介だと考えたオレ達はすぐさま学校から飛び出してそれぞれの帰路へと着いた。
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「…………」
「危ないとこだったな」
物凄い爆発音みたいなのが後方で響いて顔が青くなるけど、目の前のこの状況にもまだ対応できていない自分がいた。
「礼言うくらいできんだろーが」
「あっありがとうリボーン!そ、それよりこんな場所で何してるの、優雅にコーヒーなんて飲んじゃって」
率直に言えば、あたしは彼に助けられたのだ。立ち止まっていた場所に、偶然、火災警報機(と言っても形だけのものっぽい)があり、そこが急に開いたのを見つけることができたのが助かったポイント。
え、これ入れるの!?と思考を巡らせるよりも先に、山本の放った猛スピードで向かって来るボールを見て飛び込んだのだった。
「で、ここって何?中はずいぶん広くて住み心地抜群って感じだけど」
「ああ、学校にはオレのアジトが張り巡らせてるからな。そのひとつだ」
「すごいね」
「悪いな、オレのダメ生徒が」
「いや、いいよ。守れる対象に京子が入ったことで、沢田の悩みはなくなったみたいだし」
ホッと一息ついていると、リボーンが珍しくあたしのためにコーヒーを淹れてくれた。もちろんミルクも砂糖もたっぷりと入った、あたし好みのコーヒー。ひと口飲んだら緊張でバクバクだった心臓も落ち着いた。
「どうだ、任務の方は」
「あー……うん、任務ねぇ」
思わず言葉を濁す。だって、任務らしい任務はしていない。
「自分のことで精一杯で、周り何も見れてない」
「階段で必死だったしな」
「もしかして見たの!?」
「あそこまで階段に命懸ける奴も初めて見たからな、いいもん見せてもらったぞ」
「ハッ、まさかパンツ!!」
当たり前だぞ、というような笑みを浮かべた。うっ、シャマルは医者だから大丈夫だと思ってたから恥ずかしさもなかったけど、リボーンに見られたと思うとすっごく恥ずかしい。
「そういや、ここに呼んだのは本当は助けるためってわけじゃなかったんだがな」
「え?」
「ほら、イタリアからの手紙だぞ」
「早くない!?」
差し出された手紙を見てみれば、それは紛れもなくイタリアからのものだと、9代目の死ぬ気の炎が示してくれた。
「でも、どうしてリボーンが」
「普通に郵便を通したら、おまえがマフィアと関係しているとバレちまうかもしれねーからな。念には念を入れてだ」
「そっか。あ、見てよリボーン!ザンザスがあたしのために字書いてるよ、驚いちゃうよねあははっ!」
「……おまえ、あいつらにはイジメのこと伝えたのか?」
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楽しそうに手紙に目を通している優奈に尋ねると、途端に明るさは消え、伝えていないと短い返答。まあそれもそうだ、あいつらに伝えたら日本まで飛んできてツナ達を問答無用で殺しちまうかもしれねーしな。
優奈が絡むといつも以上に恐ろしくなる奴らばかりだからな。いや、それはディーノもオレも同じか。
「リボーン?どうしたの、怖い顔」
「なんでもねーぞ」
「そう。あ、もう帰らなきゃ。リボーンも、沢田が探し始めないうちに帰るんだよ」
「ふん、ツナが探そうがどうしようがオレは帰らねえ。けど、ママンの料理が待ってるからな」
その言葉に、もう一度「そう」と言い、優奈は廊下に誰もいないことを確認してからアジトを出て行った。
任務が始まってすでに2週間以上、イジメが始まってまだ数日。それでももうあいつの身体はボロボロだ……優奈が音を上げるか、それともオレ達が動き出すか……どちらが先だろうな。
残ったコーヒーを飲み干し、オレもアジトを出て家へと向かった。
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帰り道、イタリアから届いた手紙を読んでいれば涙が出そうになった。まだ2週間くらいしか彼らと離れてないのに、なんだかすごく昔のことのようだ。変だなぁ、手紙の内容は普通だしむしろ貶されてたりするのに、彼らが書いたひとつひとつの文字が温かく感じる。
「……泣くな」
すぐにでも溢れ出ようとする涙を、夜空を仰いで閉じ込めようとした。
こんなとこで泣いてちゃ先が思いやられる!あたしは大丈夫、強いよ、と勇気づけるように両頬をパシパシと叩いてから、夕飯の買い物に行くためにスーパーへ向かおうとクルリと方向転換をした。
「!」
すると目の前には、びっくりするほど近くに、
「……、泣いてるの?」
あたしよりも少し高いソプラノの声を出す女の子がいた。
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