君キン | ナノ


「失礼します」


約10分くらいだろうか、それくらい時間をかけて保健室に来たのは初めてだ。変態だから嫌だったわけではなく、ただ単に身体が言うことを聞かなくて、本当に……!何度階段で転びそうになったことやらだ。

しかし、ガラッと扉を開けた先にいると思っていた人がいない。なんだか拍子抜け。


保健室へと一歩足を踏み入れて扉を閉め、室内を見て回った。シャマルのことだからベッドで寝てたりして、なんて思って覗いてみたけど誰も使っていないままの綺麗なベッドだった。仕方ない、戻って来るのを待とう。


とりあえず、水で濡れてしまった制服を脱ぎ、棚を漁れば白いシーツが出てきたのでそれに包まりソファーに座って待つことにした。




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「ねえ浅香〜、もう学校来ないでよ」

「嫌だ!」

「でもさ、来たってこの学校には浅香の味方は誰もいないよ?幼なじみのはずの優奈だて、あんたのこと見捨てたようなもんじゃない」


「……っ優奈」

「あははっ!いくら助けを求めても無駄無駄!きっと、心の中では助けたいとか守ってあげたいとか散々思ってるよ、すっごくいい子だからねぇ優奈は。でも、それは綺麗事並べてるだけの偽善者にしか過ぎないんだよ、あんたの幼なじみはね!」



「うあ゙……っ!!」



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ガラッ

「!!」


突然の物音に、パッと目が覚めた。ああ、夢……でも、あれは何も行動に移せずに、幼なじみがイジメに遭っているのを黙って見ていることしかできなかった光景だ。

焦点が若干定まらない中、視線をさ迷わせて、ある人を捉えた。



「シャマル……?」

「ん? お、優奈じゃねーか!もしかしてオレに会いに来て──って、おまえ何て恰好を!?いやそれ以前にその傷……」

「ちょっ、頭に響くから、静かに話して。それより、なんでそんなに驚いてるの。あたしが常盤を虐めてるって噂、学校中に広まったって恭弥先輩に聞いたんだけど」


違ったの?とズキンズキンと痛む頭を押さえながら問えば、酷く驚いた顔をして、岸本という人間がどんな奴か知らなかった……と、どうやらシャマルはあたしの名字を知らなかったみたいだ。



「それにしても、その恰好そそるな」

「出たよ変態発言。」

「おまえが17の姿だったらどんなによかったことか……なんて冗談はこれくらいにしといて、水でもぶっかけられたのか?」

「うん、そう。教室に入ったら、いきなり」


ぴとり、と額に当てられるシャマルの手が冷たくて、とても気持ち良くて、夢のせいで乱れていた心拍数も落ち着いてきた。


「熱出てんな。おまえ、ちゃんとメシ食ってるか?相変わらず細い身体だな」

「食べてるよ……でも、情けないね、今朝の一発で熱出すなんて」

「それだけ過労してるってことだろ。ほら、氷枕用意しとくから、ベッドに横になっとけ」


「はーい」


元気な声が出る割には、身体は痛いし熱いしで、ベッドに行くのにもよろけてしまう。テーブルやら棚やらに途中途中身体を預けながら、やっとのことで辿り着いて横になる。



ボフッ

「うはぁ……気持ちいい〜」

「それで熱の方は大丈夫だろ。で、まさか虐めてる岸本って奴がおまえだったとはなー」

「あ、もしかして獄寺に聞いた?」

「いや、聞かされた。“常盤さん傷つけてる岸本は絶対ェ果たす!シャマルも診るんじゃねーぞ”ってな……そう言うから、どんな野郎だと思ってたんだがな」


「……シャマル、何してるの」

「ん?」



いや、ん?じゃなくってね!?
どうして、あたしのお腹をさわさわ撫で回してるの!地味にズキズキして痛いよ!


「怪我の様子を見てんだよ」

「は、これが?」

「オレは医者だ。患者を目の前にしてセクハラするほど落ちぶれちゃいねーよ」

「ああそう」


「だいぶやられてるな。おまえ、なんで避けなかった」

「えっ!あ、あれだよ……殺気も結構放ちまくったし、これで攻撃も華麗に避けちゃったりしたら、それこそこいつ何者だってことになって大変でしょ」


急に真剣な眼差しを向けて問うものだから、あたしは少し視線を外しながら苦し紛れの言い訳。
確かに、あれくらい避けようと思えば避けられただろう。ザンザスの投げつけて来る物とか、ベルを怒らせて飛んで来るナイフとか、そんなのに比べたら全然余裕だろうし……実際そういう現場を見ていたシャマルなら疑問に思って当然だった。


「背中も相当やられてるだろ」

「あ、見る?」

「見るっておまえ……シーツ捲ったらパンツ丸見えになるだろ」

「いいよ別に。見られて減るもんじゃないし、14の身体だし」


おまけに自分の身体じゃないし、それにシャマルは医者だ。別にパンツの一枚や二枚見られたところでどうってことない。重たい身体を動かし、彼に背中を見せれば、酷いなという声が聞こえた。


「酷いって、背中が?それともパンツの趣味」

「背中だ!」


「今日もだいぶ蹴られたの。ねえ、折れてはないだろうけど……ヒビとか入ってないよね?」

「ああ、大丈夫だ。ただ、何回も同じ場所に攻撃を受け続けりゃヒビだけじゃ済まなくなる可能性もある」

「……シャマル、湿布貼って」

「はいよ」


冷蔵庫から取り出した湿布をベタンと貼られた瞬間、冷たさのせいで一瞬身体がびくりと跳ねた。それからお腹にも一枚大きなのをプレゼントされ、これは伸びなんてしたらすぐに見えて恥ずかしい思いをしそうだとため息を吐いた。



「ん。おまえ、ほっぺ赤いぞ、叩かれたか?」

「ほっぺ?」

「ああ、左頬。かなり思い切り叩かれたんだな、手形までくっきりだ」

「ああ、これは今朝京子にパーで引っ叩かれちゃって。あ、ほんとにくっきりだ、漫画みたい」


シャマルが持って来た手鏡で顔を見れば、後々出るだろうとは思ってたけど見事な京子の手形。なんか本当に一生懸命引っ叩いてくれたもんね……ああ、ちっちゃくて可愛い手。



「おまえ、笹川にも」

「えっ違う違う!これは、なんて言うか、弱音吐けよばかやろうみたいな感じで」


「は?」

「とにかく、京子は味方なの!」

「ああ、そういうことか。はは、おまえ強情だからなぁ、どうせそう言われたとこで弱音なんて言う柄じゃねぇだろう」

「よくわかってるね。ふぅ……それにしても、あたしのこと普通に診てくれちゃって、獄寺を裏切ってるよ」

「隼人だぁ?あんな真実も見極められねー奴の味方なんざなりたくもねーよ」

「え……じゃあ、常盤のこと知って」

「ああ、リボーンから聞いてる」


どこぞのファミリーかは知らんが、リボーンは勘がいいからなぁと苦笑気味にそう言いながら頭を撫でてくるシャマル。聞いてなかったら鼻の下伸ばしてそうだよね、なんて言ってみればデコピンをお見舞いされてしまった。




「あ、もうすぐ1時限目終わる……」


時計を見れば、時刻は1時限目終了の10分前。セーラー服の乾き具合をシャマルに尋ねれば、もうほとんど乾いたらしい。


「教室に行く気か?」

「だって、ずっと保健室にいるわけにもいかないし……それに、虐め足りなくて京子に矛先向いたら嫌じゃない」

「医者として、行くことはオススメしねーな。だがまぁ、奴らの仕掛けて来る攻撃をちゃんと避けるって約束をしてくれるってぇなら、行かせてやってもいいぞ」

「えー……」

「約束しなさい。」


「うっ」


この目は医者の目だ。約束しなかったら、絶対に教室に戻してくれないだろう……自分の命を投げ出す気か!と怒られてベッドに縛り付けられそうだ。


「わかった……」

「本当だな?」

「本当にわかった」


「今度またバカみたいに殴られてみろ?次からは絶対に教室に戻ることはないと思え」

「了解」


シャマルには見えないところで乾き切ったセーラー服を着る。

ふと視線を上げると窓の映る自分の姿……なんだこの顔。まるで戦場にでも行くみたいに強張ってるじゃないか。負けんな、あたし。



「じゃあ、行ってくる」

「おう。ボンゴレ坊主によろしくな」


誰がよろしくできるかバカ!
ヘラッとした顔で言うもんだから、無性に腹が立って、ピシャンと勢いよく扉を閉めてしまった。傷診てもらった患者の行動じゃないな。


廊下を歩き数分、あたしの目の前には、長い長い階段が待ち構えていた!

だいぶ具合がよくなったとは言え、まだまだフラフラな身体。教室に行くのが怖いとか言う前に、階段がこんなにも怖いだなんてね。はははっと乾いた笑いを零しながら、一段、また一段と踏み締めて上がる。



「うっ……」


突然クラリと襲う目眩。何段上がったと思ってるの、落ちたら死ぬよ!?という思いから必死に手摺に掴まる。年寄りになったらこんなのが日常茶飯事なんだろうかと考えたら、ほんとに、時間よ止まれって感じだ。

ようやく、最後の一段。
だけれど今までのとは一味違う……そう、手摺が存在していない。ここでフラリと後ろに仰け反ってしまえば、手を伸ばしたところで掴むものはなく、そのまま落下。教室戻る前だってのに、シャマルに約束破ったな!と怒鳴られちゃう。



「ふぅ〜」


目を瞑り、ひとつ大きな深呼吸をしながら、上り切るイメージをする。高が階段で命懸けだななんて我ながら思うけど、落ちるのは本当に嫌だし!

よし、行ける!そう思ったら行動に移すのみ。

あたしは手摺を掴んでいる手に力を込め、勢いをつけて右足を上げる。が、バカだったんだ……本当に、バカ。バカ過ぎてどうしようもない。



「なんっでもっと足を乗っけない!?」


やった、上れた!という嬉しさに浮かれて、あたしは平らで安全な廊下に歩を進めるのを忘れていたんだ。そして、足を乗っけられたと言っても、ほんのつま先だ。バランス崩せば落ちるに決まっている。


あたしの身体はどんどん落ちて行く。その瞬間というものは、何もかもスローモーションのようで。

シャマル、これは階段から落ちただけ……攻撃を避けなかったんじゃないんだから、なんて心の中では暢気に言い訳をする自分がいたのに驚いた。




ドサッ

「いっ……た、くない?」


衝撃はあったけど、数十段の階段を落ちて受ける衝撃には弱過ぎる。誰かがクッションでも置いてくれたのかしらー、とバカなことを考えながら上体を起こした。

そして気づく、体温があるぞ、と。



「なっ……にしてんだテメェ!!」

「(獄寺!?)」









最悪だ、なんだよこいつ。

ただでさえ遅刻して来て雲雀の奴に色々言われてたっつーのに、上から岸本が降って来やがって更にオレの機嫌は悪くなった。そして突然のことで避けられなかった自分に腹が立つ!


「本当にごめん、不可抗力です、うん」

「何自分で言って納得してんだ」

「まあそうなんだけど」


あはは、と苦笑い浮かべて言う岸本は、常盤さんに対してイジメをしていたと発覚する前と何ら変わりなくオレに接してきた。チッ、調子狂うな……いや、それより。


「いつまで上に乗ってんだ!!」

「あっごめんね、すぐ退く」


当たり前だろアホ。ったく、なんでオレにはすぐ謝るくせに常盤さんには一言も謝罪の言葉を述べないんだ?

岸本が退くと、すぐに立ち上がり教室へと向かおうと階段に足を乗っけようとした……が、その上げた足が何かに掴まれていて動かない。


「おい!オレに触るんじゃねぇ!!」

「獄寺には触ってない!ズボンの裾を掴んでるだけです!」

「放せ」


「お願い、あたしの支えになって……」

「は?」


何言ってんだこいつ。支えになれって、なんだよ、味方になれってことか?そもそも悪いのは岸本なのに何言ってんだ。


「ふざけんじゃねーよ」

「今階段上がれなくて困ってるんだよね。ほら、あとここで上り切れば平らで安全な廊下に行けるってのに時間がかかって仕方ないんだ……もうすぐ2時限目始まっちゃうしさ、お願い!」

「(そういうことかよ)知るか。這いつくばって上がれ」

「えええ!みっともないじゃん」


お願い、と必死で頼み込んでくる岸本に、呆れてため息が出た。ここまで必死なこいつを見るのは初めてだったから、笑えるっちゃあ笑えるが、頼む相手間違ってんじゃねーのか……いや、誰もいねぇか。


「今回だけ!上まで行ったら、その後は放置してくれて構わないから」

「てかおまえ、よく授業出ようとか思うよな」


「え?」


ああ、何言ってんだオレ。この質問に数秒はきょとんとした表情をしていた岸本だったが、次には「義務教育だし」という変な答えが返ってきた。


「チッ……今回だけだかんな!」

「うわあっ」


もうこんな場所で長々と話してる方がバカらしい。
オレは座り込んで動かない岸本を無理やり立たせ、素早く階段を上り切った……そうして横目で様子を見てみれば、辛そうに息を吐いていた。ハッ、ざまーねぇな。

岸本の言っていた通り、上り切ったら放置、を実行。蹴飛ばしてやってもよかったが、だいぶ身体的にも限界そうだったし熱も多少あったように感じたからやめ……っただの同情だ、同情!!



教室に向かい始めた時だった。

「獄寺!」


まだ用があんのかよ。でも放置だからな、誰が振り向くかってんだ。



「ありがとう!今度何か奢るよ!!」


ケッ、テメェに奢られるくらいなら姉貴の……いや、待て。どっちもナシだ!!

イライラしたまま教室の扉を開ければ、10代目に驚かれてしまった。ああ、すみません!ちょっと嫌なことがありまして!笑顔を浮かべて教室の中へと入って行くオレには見えるわけがなかった、あいつの顔なんて。


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