「どうしよう……絶対怒られる」
学校まで残り数十メートルの場所で、恐れを感じて足が止まった。クラスへの恐怖ではなく、恭弥先輩へのである。……なぜならば、昨日、気づいたらお昼時。──そう、学校を休んでしまったのだ。
だけどこれは仕方がないよ!やっぱり心のどこかでは学校に行きたくないなって気持ちがあったんだろうし……ああもう、怒られたら怒られたで開き直っちゃえばいいんだ!咬み殺したきゃ咬み殺せ!!
そして止まっていた足を動かした。
「やあ、優奈」
「!!」
「驚き過ぎだよ。僕を幽霊化何かだとでも思ってる?」
「おおお思ってません!ただ、考え事していて、いきなり声かけられてびっくりしちゃっただけです。それよりも、昨日は無断で仕事も学校も休んじゃってすみませんでした」
嘘は言っていない。だが、寝坊だということは伏せておかなければ。やっぱり咬み殺されるのは嫌だからねー!という気持ちを隠しつつ笑顔を浮かべた。
「ふうん……そういえば優奈、自分から標的になったそうだね」
「え、知って」
「もちろん。その噂はもう学校全体に広まっただろうね、草食動物達が大声で叫びながら校内を歩き回っていたよ」
「……悪趣味」
1トーン低めの声でボソリと呟けば、恭弥先輩はくすりと笑いながら目を細め、「やっぱり面白いね」と言った。
「僕に興味を持たれたんだから、少しは嬉しく思いなよ」
「……はぁ」
興味持たれてたの?とりあえず、そのお陰で咬み殺されずに済んでいるんだと思うから否定はしなくてもいいか。ただ、全く以て嬉しくは思えないけれど。
「早く仕事して。ただでさえ遅刻して来たんだから、その分ちゃんとやってよね。じゃないと、咬み殺す」
「はいはーい。仕事内容も把握したし、今日は呼びませんよ!」
「当たり前だよ」
これ以上群れたくない、と言い離れて行く先輩。あたし、“群れている”の基準がわからないから何とも言えないけど、二人でも群れてることになるんだね。
黄色い飛行生命物体に懐かれている恭弥先輩を見送っていると、背中にコツンと何かがぶつかった。後ろを見てみるけど、誰もいない……何かのイタズラかと思ったが、ふと地面に視線を落とすと、そこには白い紙クズ。なんだろう、と拾い上げてぐしゃぐしゃに丸められているソレを開いた。
【今すぐ体育館裏に来なさい!】
お呼び出し……?
一体誰がこんな内容の紙を投げて来たんだと、指定場所である体育館の方を見た。するとそこには、軽くウェーブのかかった黒髪の女の子。
「……花?」
予想外な人物からの呼び出しに少々混乱するが、あたしがそちらに気づいていることがわかったのか必死に手招きをする(なんとも可愛らしい)花を見て段々と笑いが込み上げそうになり、咄嗟に口元を押さえた。そして周囲を見渡し、体育館裏へと駆け出した。
「遅い!もっと早く来なさいよ!」
「え、だって……って、京子もいたの!?」
「うん」
「あの……なんであたし、呼ばれ゙っ!?」
「花っ!!」
「ふぅ、スッキリした」
「あの、花ちゃん……?痛いんだけど」
いきなり殴られたせいか、一瞬記憶が飛びそうになった。しかも、花はかなりスッキリした様子の表情……そりゃあ思い切り殴ったものね、でもね、どうしてこうなったのかあたしには理解し難いよ!?
「ほら、京子も!」
「なに、あたしは京子にも殴られるの!?」
スッキリするから!と京子の背中を押し、あたしの正面に立たせた。彼女は少し困ったように笑って、殴ろうか殴るまいかと悩んでいるのか、手を出したり引っ込めたりと落ち着きながなかった。
あたしは殴られた左頬を押さえていた手を離し、口を開いた。
「いいよ京子!」
「え?」
「どんと来い!あたしは、絶対に受け止めてみせるから!」
「うっうん!わかった……!」
バッチィイン
「っ!?」
「あ、バカッ京子!」
「え!」
今度は不意打ちではなかったのに。なのに、さっきと同じようにあたしは目を丸くして左頬を押さえることとなった。
グーの手かと思いきや、京子さん、まさかのパー。知ってた?そっちの方がジンジンした痛みが長々と続くんだよ、本当に……それに、後々手形がくっきり現れるだろう。
「ごめん優奈ちゃん!間違えちゃった!」
「い、いいよ……受け止めた。それより、あたしは一体なんで呼ばれたの?まさか、きみ達に殴られるためだけ?」
スッキリしたかったからってのもあるけど、と花が言葉を濁しながら京子と目を合わせる。そして二人は何かを決めたかのように一度コクリと頷き合うと、再びあたしに向き直った。
「あんたバカよね、本当に。あんな形でしか私達を守れないだなんて、不器用過ぎ」
「優奈ちゃん!私達、ずっと優奈ちゃんの味方だからね!?困ったことがあったら何でも言ってね」
「……あ、」
その言葉を受けて、リボーンのセリフが蘇った。
ああ、本当だ。京子も花も、あたしの弱音を聞き入れることのできる優しい子。そんな二人を目の前にしても、もしかしたら言えないかもしれないだなんて、あたしは酷い人間だろうか。
「それにね、私……こんなこと言いたくないんだけど、優奈ちゃん、消えちゃうんじゃないかって思ってて」
「え?」
「そう。それ、私も思ってたの。こんなこと思う質じゃないんだけどね、私って」
瞳を潤ませる京子と、手を後頭部に回しくしゃりと髪の毛をいじりながら言う花は本当に対照的だと思った。けど、望むことは同じで。
「「私達、ここにいるからね」」
そう言ってくれた彼女達を見て、少し涙腺が緩んだ。けど、ここで泣いてちゃダメだと思い涙を引っ込めるように空を仰いでから、パッと笑顔を放った。
「バカだね二人とも!あたしが消えるわけないじゃん、心配性なんだから!」
「なっ、あんたねぇ!!」
「それよりも、早く行かないとチャイム鳴っちゃうよ」
ほらほら、行った!と京子と花の背中を押し、無理やり体育館から引き離して、不満そうな顔をする二人に、また教室でねと手を振り見送った。
あんまり長居させちゃうと、また利用されてしまうかもしれないから。
・
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「何か用、常盤愛莉さん?」
「あら、驚いた……気づいてたの」
愛莉がそう言えば、岸本は「もちろん」と言って余裕そうな笑みを見せてきた。
「昨日はどうしたのかしら、休んじゃって……もう来ないかと思ってたのに、残念」
「ああ、昨日は寝坊」
「へぇ……本当は教室が怖かったんじゃないの?」
「そんなことないよ。確かに、頑張れば学校来れたけど、途中から学校行くと恭弥先輩が怖いかなって思ったからさ」
「なっ!!」
本当ムカつく!
唯一愛莉の手駒にならなかった雲雀さんが、なんでこんな奴の味方になんてなっちゃったの!?
「常盤、」
「なっなによ」
「あたしを虐めたければ虐めればいい。でも、これだけは覚えておいて。今度、京子や花を利用することがあったなら、絶対に赦さないから」
「!!」
そう言い捨てて校舎へ向かって行く岸本。
その瞬間の彼女の目は酷く冷たく、それを間近で見てしまった愛莉は、身体が麻痺したのか、少しの間動けそうになかった。あいつ、本当に一般人?
「でもまぁ……ふふふ」
わざわざ弱点まで教えてもらえたし?
絶対に赦さないなんて言われたけど、忠実な手駒がた〜くさんいる愛莉に勝てるだなんて思わないことね。
そのお姫様を守るヒーローみたいな表情、崩してあげる。
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・
・
・
「はあ……」
勝手に来客用に用意されているスリッパを取り出して、教室へと向かう。
いやほら、自分の下駄箱からなんか異臭放ってたし、なんかはみ出てたし……案の定開けてみれば中からゴソッと生ゴミが溢れ出したんです。
上履きも可哀相だ、生ゴミと共同生活させられていたなんて……色も変色しちゃった。とりあえず履けそうにもないから、生ゴミと一緒にビニール袋に入れてそこら辺に放置した。誰か心優しい人が拾ってくれると信じて。
2−A
「よし」
穏やかそうな笑い声が飛び交う教室を前にして、あたしはひとり、絶対にイジメなんかに負けないぞという意を込めた手のひらで両頬をピシッと叩いてから扉に手をかけた。
ガラッ……バシャーッッ
「っ!?つめ、た」
「へっ、おまえが入って来ることは予想済みだったぜ!」
「うわぁ、朝から水浴び?」
「今日ってそんなに暑かったかー?くくくっ」
扉を開けたら突然お水が目の前から。わざわざバケツ一杯に水を汲んで、待機していたみたいだ。今って何月?ああ、6月だ……風が吹き抜けるせいか、一気に寒くなってきたし、これは身体のラインが丸わかりだな。着替えたい。
「つーかなんで来やがったんだよ」
「あんな奴死んで当然なのにな」
「朝から見たくないもの見ちゃった」
「常盤さんと笹川さんに謝ってよ!」
まあ、そんな言葉は無視するに限るわけで。あたしは濡れた髪を絞りながら自席へと足を進めた。
「なにかな、これは」
昨日までの綺麗な机はどこへやら。
乱雑に書かれた「死ね、最低、謝れ、ブス」等々……書かれ過ぎて机が真っ黒だ。
それともうひとつ。
ご丁寧に置かれた白い菊の花。
周りが黒いせいか、かなり映えて見える。
「おまえ、死んだんだと思ってたんだぜー?」
「これは山本が?」
「ははっまさか!オレは野球で忙しいから、おまえに時間かけてる暇もねーのな」
「ああそう」
いつもの爽やかスマイルなんだろうけれど、今のあたしには、残念ながら極悪スマイルにしか見えない。
「それに、今日も朝から愛莉を叩いたらしいじゃねぇか」
「は?」
「とぼけるのぉ……!?ひどいよ優奈ちゃん……っ朝、体育館裏に呼び出して叩いたじゃない!」
泣きながら左頬を押さえて、山本の傍に駆け寄る常盤。嘘泣きだとわかっているけど、この子はすごいよ、演技にしたって結構イイ線いってると思うね。ただ、押さえる頬が違うんだけどさ。
「ほら、愛莉泣いてんじゃねーか」
「知らない」
「聞いたよ、京子ちゃん達も呼び出したんだってね?」
「(あたしが呼び出されたんだけど)」
京子絡みになると本当に沢田は怖い。
もちろんその情報も常盤が作ったガセネタ……京子達も何か吹き込まれたんだろう、ごめんなさいっていう表情してる。
「もう学校来ないでよ」
「嫌だよ。義務教育はちゃんと受けなきゃいけないじゃない」
「……なら、来れないようにするまでだ」
「お、いーなそれ!ツナにしては名案」
「ツナくん、武くん……」
「愛莉は下がってろよ?別にもう優しくしてやる必要なんてねーんだ、これはおまえのためにやってんだぜ!」
「う、うん」
山本は常盤の頭をポンポンと優しく叩いて、今から始まるのであろう暴力に巻き込まれないよう彼女を後ろへと下がらせた。
今からやるっていうのか、という問いには誰にも答えず、無言で近づいて来る沢田と山本……そして、その二人がいるからこそあたしに暴力を振るうことができるクラスメート達がぞろぞろ寄って来る。あれ、そういえば獄寺がいないな、なんて視線をさ迷わせた時だった。
「どこ見てんだよ!」
「ガハッ」
「ほらよ!あ、今のバットでやりゃーよかったか?」
「うぐぅ……」
沢田が強い拳であたしを殴り、彼の後方にいた山本の方へとよろめく。そしてそれを見計らった山本が、今度は腰辺りに強い打撃を与えてきて、机や椅子にぶつかりながら床に倒れ込んだ。
全身を襲う痛さと寒さで、なんだか身体中が熱い。
ガンッ
「あゔぅ」
肩を思い切り蹴られたかと思えば、突如襲う後頭部への痛み。男と女の差というものだろうか、頭を上げようにもその行為ですら重力に逆らっているわけで、到底敵わず、グリグリと押し付けられる。
「へっ、ざまーねぇな」
「井草くん、こういうの好きだよね」
「……ど、けろっ」
「あらら?おまえ、今のオレにそんなこと言えちゃう立場ですかぁー?」
「ぐっ」
「獄寺の奴、どこ行ったんだ?こういう時、あいつの花火があると便利なのにな」
絶えず押し付けられる後頭部。そして度々襲う腹部や背部への痛みに、あたしは呻き声を上げることしかできなかった。頭上では何か言葉が交わされているのに、水の中にでもいるみたいにぼんやりとしていて……意識、飛ばしてる場合じゃないのに。
キュ、と拳を握り締めたと同時、1時限目開始の本鈴が鳴り響いた。もちろん授業を受けるため、あたしの頭に足を乗っけていた井草含め、生徒達はぞろぞろと各々の席へと着いて行く。
「放課後、屋上来いよ」
床に倒れて動けなくなっているあたしの髪を引っ張り、無理やり顔を持ち上げたのは山本で。あまりにもドスの利いた声でそう告げるものだから、逃げたくなるのは当然で。そもそも、放課後まで学校にいる保証なんてないのに。
身体が痺れるように痛いが、鞭を打って立ち上がり、教室を出た。
どうせいなくても構いはしないだろう。教師だって、全員このイジメに気づいているくせに何も口出しして来ないのだし……大人って、ずるいよね。
向かう場所はあそこだけ。
ちょっと前くらいから、挨拶しようとは思っていたんだけど。傷の手当てと、水にぬれた制服と髪の毛も乾かしたいと思ってたから丁度良かった。
待っているのは、変態オヤジだけど。
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