や……やってしまった!!
あの後、あたしはヴァリアーに手紙書かなきゃという一心で、視線が痛い中1時限目は出た。書き終えてからすぐに自宅へと帰り、今、L字型のソファーに座って酷く項垂れている。まさに、教室での勇ましさはどこへやら状態だ。
いや、あれは勇ましいと言えるのか?
勢いに任せて言い過ぎた……あり得ない、あたし、あんな怖そうなセリフ言える子じゃなかったのに!
それにあんな大嘘までついて。京子と花に今度会ったら、絶対に説教されるんだろうな。
「でも、これでいいの。いい、はずだよ」
背凭れに頭を預けて天井を見上げる。
明日からのことを考えても、先が真っ暗過ぎて何も考えられない。ああ、後悔でもしてるのかな、うじうじしちゃう……ほら、あたしは諦めがいいんだから!終わったことをいつまでも悩まないのバカ!
自分の頭をぐしゃぐしゃと掻き乱し、色々な雑念を取っ払う。
はあ……REBORNなんて漫画、嫌いになりそう。
「誰が嫌いだって?」
「リボーン!?いつからいたの!?」
「おまえが帰って来てからずっとだぞ」
「そう。ああ、それから、リボーンが嫌いなんじゃなくて漫画が嫌いになりそうだって話だから、銃は下ろして」
「そういえばオレ達の世界は漫画だって言ってたな」
言いながら、あたしの隣にボフッと腰かけるリボーン。その行動の一連を目で追ってから、ため息を吐く。
「自分から標的になりやがって……何考えてんだ」
「なんにも。ただ、京子が常盤に使われたのが嫌だったからこうなった。でもまぁ、この方が任務は遂行しやすいよ。10代目や守護者達の護衛はできないけど、見定めにはなるし、常盤に関しての情報も集めやすいと思うから」
「……」
「後継するに相応しいか、それをクリアする条件は、真実に気づくこと……それだけ。
もし気づかずに、永遠と常盤の言いなりになってただのお人形さんなら、その時はサヨナラ。常盤のファミリーにでもやられちゃえばいい」
「本気か……?」
その言葉は何に対してなのか。
常盤のファミリーにでもやられてしまえばいい、という内容についてなら。
「うん、構わないよ。今の10代目達が未来のボンゴレをやってくより、ちょっと顔とか性格とか色々怖いけど、ザンザス達が後継した方がよっぽどいいと思う」
「ああ、それはオレも思うぞ。あいつは強いしボスの素質もアリアリだしな」
「沢田の家庭教師なのに何言ってんだか」
苦笑交じりに言えば、リボーンは黙り込んでしまった。まあ、それだけ沢田達は今ダメな状態であるには違いないのだけれど。
「常盤のファミリーって、絶対ボンゴレと関わりあるよね」
「色々調べてんだがな、情報が少なすぎる」
「だからあたしなんでしょ?リボーン達が表立って探してると、先に相手にそれが見つかってしまうし、どうなるかわからない。それで、なんら関わりのないと見せかけたあたしが、学校で直接常盤と関わり、探り出す……彼女なら、ぽろっと零してくれる可能性もあるだろうし」
「わかってんじゃねーか」
「理解力に関しては9代目にも一目置かれてるんでね」
うへへ、と笑いながら言えば、調子に乗るなと再び銃を取り出し突きつけて来た。撃つ気なんて更々ないくせに。
「抱え込むなよ?」
「え」
な、なんだ突然。
まさか彼からそんな言葉が出るとは思わなくて、一瞬何を言われたのかわからなかった。
「虐められれば、大体の人間は精神的にもダメージ受けるしストレスも溜まる。それに加えて、おまえは意地っ張りだ……溜め込み過ぎれば、いくらおまえでも壊れちまうぞ」
「……」
「一方的に弱音吐かれて迷惑に思う奴なんて、おまえの周りにはいねーからな。オレはダメツナがいるから行動には移せねーが、ちゃんと優奈の味方だから心配すんな」
どうしてリボーンはあたしのこと、わかるんだろう。ほんの数十回会っていただけなのに……もしかして、9代目が何か言ったりしたのかな。
でも、そんな疑問は考えるだけ無駄。
少しでも、あたしの周りに……あたしを陰で支えてくれる存在があるんだってわかったらそれだけで、頑張れる気がする。
弱音を吐けるかどうかはわからないけど、今はリボーンの言葉に甘えよう。
「ありがとう、リボーン」
・
・
・
・
「岸本の奴、やっぱ帰ったみたいっスね」
「きっとそうだよ……でもなんで1時限目は普通に出てたんだろう」
今は昼休み。オレは獄寺くんと一緒に、いつものように屋上へと向かっている最中。山本は後で来るらしいということを、獄寺くんに聞いた。なんだかんだ仲良いよなぁ。
「それにしても、岸本って何者なんですかね。今朝の殺気、あれは常人には出せないっスよ」
「あ、やっぱり獄寺くんも気づいてたの?」
屋上の床に座りながらそう尋ねれば、「はい!」と勢いよく答えてくれた。母さんの作った弁当を開けながら、オレは頭を酷く悩ませた。
獄寺くんも言っていたように、やっぱり彼女から出ていた“何か”は殺気に間違いない。でも、それは彼女が転入してきた時にも……目が合った瞬間に背筋がゾクリとしたあれも、殺気。会ったこともなかったはずなのに。
どうしてオレは、初対面であるはずの彼女から殺気を受けなければならなかったのか。
「……わからないよ、」
「え、何がスか?」
「(あっ声に出てた!)あ、いや……友達だと思ってたのに、どうして岸本は愛莉ちゃんを虐めてたのかなって」
「理由なんて特にないんですよきっと!それにオレは、最初からあいつ気に食わなかったんスよね。煙草吸うなとか生意気なこと言いやがって……それに10代目をバカ呼ばわり!絶対果たす!!」
「(煙草吸うなはいいことだと思うけどね)」
でも、そうだよな。
岸本は京子ちゃんを利用して、愛莉ちゃんを間接的に傷つけて楽しんでいたんだ。赦せるはずがないことを、彼女はした。
二人が受けたダメージよりも、更に多くのダメージを与えてやらなくちゃあいつはわかってくれないだろう。
オレが……、オレが二人を守って行かなきゃならないんだ。
キィ、
「よっ!悪い、待たせちまったな」
そう言っていつもの笑顔で入って来る山本。なんだか久々に見たようなその笑顔に、安心した。
「ケッ、別に野球バカなんざ来なくてもよかったっつーの」
「んなこと言うなって!お、ツナの弁当今日も美味そうだな!卵焼きもーらい」
「あっ」
「テメェ何勝手に10代目のお母様が作った卵焼き盗み食いしてんだよ!!」
そうだ、これが普通なんだ。
二人が揃うと一気に騒がしくなって、落ち着けるのも大変だけど。でも、これがオレにとっては一番楽しい時間なんだ。……岸本さえいなければ、教室でも楽しく過ごせるのに。
屋上を走り回る二人を見た後、オレは青く澄み切った空を仰いだ。
──なあ、オレは、何も間違ってないよな?
・
・
・
・
「京子……!」
「花……、」
お昼休み、愛莉ちゃんがツナくん達のところに行くと言って教室を出たすぐ後に、花が駆け寄って来た。
「あんたあいつに何されたのよ?」
「……」
「大丈夫、私は京子を信じてるから」
ね、言って?と優しく接してくれる花に、また涙が溢れて止まらなくなった。
「花……あのねっ、」
私は教室の隅っこで、花以外の誰にも聞こえないように声を潜めて今朝のことを話した。
──────
────
「優奈ちゃん大丈夫かなぁ」
愛莉ちゃんにまた何かされるのかなっていう不安もあったけど、それよりも上回っていたのが優奈ちゃんのことだった。
私はいつも応接室にいたから、教室で起きたこととかは花から聞いていた。もちろん、昨日のことも。
全部話した。そう花は言ってたけど、そんな嘘は通用しないよ。愛莉ちゃんに目を付けられた以外に、何かあったことくらい、顔色を見ればすぐにわかる。
私が丁度、昇降口で上履きに履き替えていた時、彼女は来た。
「ねえ京子ちゃーん」
「!?」
「ふふ、そんなに驚かないでよぉ。愛莉、悲しくて泣いちゃう」
そう言う愛莉ちゃんだったけど、顔は全然泣きそうなものじゃなくて。むしろ正反対の、楽しそうな表情だった。
「今日はあなたに朗報」
「……朗報?」
「そ。教室に向かいながら話してあげるね」
当然嫌だった。断りたかった。だけど、彼女は私が逃げないように腕を強く掴んできたから、無理やり一緒に歩かせられてしまった。
そして、誰にも聞こえないように耳元でボソリと呟く。
「あのね、これから愛莉の言うこと聞いてくれたら、あなたを虐めるのやめてあげる」
「え……!?」
「やることは簡単だよ、とーっても。きっと、教室に行ったら、みんなあなたの机の周りにいると思うの。なぜだと思う?それは見てのお楽しみ……ふふ、あなたは自分の机を見たら泣くの。酷いって言いながら」
「……」
「やったのは愛莉じゃないよ!わかるよね、岸本優奈がやったって言うのよ。あはは、きっと絶望的な表情が見られるんでしょうね!」
「そん、」
優奈ちゃんは何もやってない!そう叫びたかった私の口を、愛莉ちゃんは押さえた。
「ほらほら、愛莉だって言ったらもっと酷いことしちゃうよ?あなたにも、岸本優奈にも、ね。
一言だよ、あの子がやったって言えば、京子ちゃんは誰にも痛めつけられることはない。自分が痛いのと、他人が痛いの、どっちがいいと思ってるの?」
「わかっ……た…………」
────
──────
「京子……」
「でも私っ!やっぱり優奈ちゃん裏切りたくなくて、やってないって言ったのに」
「うん、京子もバカね。でも、優奈はもっとバカで、優し過ぎる」
私の頭を撫でながら、花はきっと涙を堪えて言葉を紡いでいるんだろう。声が震えるなんて、花らしくない。
「あの子、あんたを守りたくてあんな嘘ついたのよ。聞いたでしょ、あの子の本心」
「うん」
私と花に向かって、ごめんと言った彼女。ああするしか、今は方法が見つからなかったということだと思う。
ただ、そう言った時の優奈ちゃんの表情はすごく辛そうな笑顔で。大嫌いな嘘までついて、私達を守りたいという彼女……どこまで優しいのだろう。
「私、あの子一発殴ってやらなきゃ腹の虫が治まらないわ」
「え!?」
「自分からイジメを望むバカどこにいる!?
それに優奈、絶対に人に弱音を吐くようなタイプじゃない……だから、私達は傍にいるんだってわからせてあげなきゃ絶対にダメ。そうしないと、いつか消えちゃうような気がする」
「花……うん、私も殴る!」
同じこと思っていたなんてね。私も、彼女はいつか消えちゃうんじゃないかと不安だった……そんなことあり得ないのに、どうしてか頭から離れない。望んでいるわけじゃないのに。
だから私達は、その“いつか”が来ないよう優奈ちゃんに「私達はここにいるから」ってことを伝えなくちゃいけないんだ。支えになろう、と二人して誓った。
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