短編 | ナノ


いつからだっただろう。
きみが発する言葉の中に違う存在が現れるようになったのは。


いつからだっただろう。
きみの視線が違う存在を追って、こちらを見なくなったのは。


いつからだっただろう。
きみの可愛い笑顔が違う存在に向けられるようになったのは。




いつからだっただろう。



「…………」



僕は、

きみのことが好きなんだ


──と、気づいたのは。





「はあ」

「んっ?ため息なんてついて、どうしたの、正一?」


「なんでもないよ」



わかった、白蘭のことでしょ!
そう言い笑って、なまえは飲みかけのカプチーノを飲んだ。ぷはぁ、なんて、お酒じゃないんだからやめてほしいな。

氷だけ残ったコップ。ストローでからから回しながら機嫌でもいいのか鼻歌を歌う。


今、何を考えてるの。
誰のことを想い、微笑んでいるの。


「あ、そうそう、白蘭なんだけどね」



まあ、わかってたけど。
聞きたくはないのに、なに?と彼女の話を促すなんて、僕はどうかしてる。

最初は嫌な奴だと散々愚痴っていたくせに。気づけばなまえは、愚痴だと言いつつも嬉しそうに白蘭さんのことを話すんだ。あの人だけはやめた方がいいと心の内では思うけど、結局何も言えないまま何年か経っていて、もう引き返せないほどに心が持って行かれているなまえ。


僕だって別に嫌いじゃないからね、白蘭さんのこと。

だから、どうせなら幸せになってほしい、なんて。ああ、誰か僕のことバカだって言ってくれたらいいのに……こんな、笑顔で、白蘭さんの話題を口にするなまえ、見たくないのに。



「正一?」

「……っ」


「ちょっと、正一!」

「あ、ごめん」

「なんか顔赤いよ、どうしたの」



誰のせいだと……!


「ほんと、僕ってバカだ」


手が震える。
言いたくないくせに、きつく閉じたはずの唇は開いて、言葉を紡ぐんだ。



「祈ってるよ、きみの幸福を」

「……正一」

「それじゃ、僕はもう行く。今日は奢るから、お金のことは気にしな──!」


「……」

「なまえ……?」


びっくりしたんだ、泣くかと、思って。
目を見開いた僕に気づいたのか、なまえはすぐさま俯いてしばらく顔を上げなかった。

数秒?数分?わからない。なんかとんでもなく長い時間だった気がする。



「正一、」

「へっ!?あ、うん?」


「ありがとう」


ガタ、と音を立てて立ち上がり、なまえは先に店を出て行った。

なんだったんだろう。
ありがとうの言葉と一緒に零れたその笑顔……本当に笑顔だった?潤んだ瞳から大きな粒が頬を伝うかと思うほどだったのだ、感謝されてなかったのかと疑うのは当然。



あの人が来るまで、僕はポカンとしたまま突っ立っていた。

ああ、バカだなぁ。
白蘭さんのことじゃないのに、お腹痛くなってきた。