短編 | ナノ


もうすぐお昼休みになる、そんな時間に、腹痛を起こした。


「寝ていれば良くなるだろうから、しばらくベッドに横になってなさいね」

「はーい」


とても耐えられそうになかったから、仕方なく先生に言い、保健室に来た。授業中に教室を出て保健室だなんて久しぶりだなぁ。あの時の教室の雰囲気って、なんとも言い難い。心配してくれる子もいれば、あの授業が嫌いな人であれば、心配を装いつつ腹の中では変われよと思っているに違いない。

ふかふかのベッドに横になり、目を瞑る。


先生が何かを書いているのか、ペンを走らせている音がやけに心地良くて、目を瞑って数分後にはすっかり眠りについていた。






シャッ

「……う、ん……」


ほんの少し意識が戻ってきた頃。
カーテンを開けるような音が耳に入り、寝返りを打つついでに目を開けてみれば、誰かがいた。


「え?」

「しっ」


「…………え、いや」



いやいやいや。静かにしろって言われているようだけれど、一体何の騒ぎ。いや、騒ぎが起きているわけじゃなさそうだけど、こんな、女子が寝ているスペースに侵入してくるだなんてどうかしているぞ。


幸村精市くん。



「授業中じゃ」

「ないよ。とっくに、昼休み」

「チャイム全然聞こえなかった……じゃ、教室戻ろうかなぁ」


お昼も食べなきゃだし、と思って上半身を起こしたと同時に、幸村くんが上履きを脱いでベッドに上がって来た。んんん?


「なに、してるの。」

「ちょっとね」

「ちょっとね、じゃなくって。意味わからないよ、私はベッドから出て構わないよね?なんでがっちりホールドされてるのかな、出して、よ……!」


「ほんとに、ちょっとだけ」


せっかく起こした上半身は、幸村くんの手によって再び横にされ、しまいには幸村くんも一緒に横になりベッドにイン。なんですかこれは!先生は!先生はいないんですか助けて!よくわかんないけど襲われそう!

ばくばくばく。
急展開に頭はついていかないけど、身体はきちんとついていっているのか心臓だけはとりあえずうるさい。



「あ、緊張してるね」

「あのねぇ!誰のせいで」

「しっ」


「……!」



幸村くんが掛け布団をばさっと被さったのと、保健室のドアがガラッと開いたのはほぼ同時だったような気がする。


「幸村くーん!いないのー?」



女子だ。そして彼を探しているようで。
まあさすがに誰かまではわからない、マンモス校だし、同学年に知らない子の一人や二人いるのはザラだ。

それにしても…………



「……」

「…………」


近い。あり得ないよ、どうなってるの、真っ暗だから表情なんてわからないけど、幸村くんの息がダイレクトに伝わる。くすぐったいとかそんなこと思ってる余裕なんてなくて、ただただ、頬が、身体が、熱い。




「幸村くん?」


え……。

布団の向こう側。さっきとは打って変わった声の大きさ。カーテンという名の薄っぺらい壁を壊してこのスペースに入って来たのだと理解するのに時間はそうかからなかった。


幸村くんと言い、この女子と言い、簡単に入って来るもんじゃないでしょうよ。



「みょうじさん」

「え?」

「顔、出してくれないかな。このままじゃ布団剥がされるかもしれない」


「……」


それは色々と厄介なことになりますね。

少しごそごそと身体を動かしてから、私は真っ暗闇から真っ白い空間へと顔だけを出した。ああ、新鮮な空気だ。



「!」

「あの、なにか……」


「ごっごめんなさい!」


私の顔を見るなりとんでもない表情をした女子は、すぐにこの場から去って行った。





「一体何をしたの、幸村くん」


それから数秒後には二人してベッドの上に座っていた。はあ、とため息をつきながらジトッとした目で見れば、それはもうあからさまな苦笑いを浮かべている。


「うん。実は、昼休みに呼び出されてたんだ」

「ふうん」

「素直に行って断る。っていう手もなかったわけじゃないけど……」


「その方がいいと思うけど」



この昼休みにケリをつけずにどうするのか。後々ゴタゴタ言われるのが目に見えてるはずでしょ、この行動は。諦め悪い子ならなおさら、告白を聞いてもらうまでは、返事がもらえるまでは……と付きまとうだろうし。

バカなことしたね、と言葉では言わなかったけど表情でその意を示せば、幸村くんはそれに応えるように笑みを浮かべた。



「でもさ、めんどくさかったんだよね」

「そ、そう。まあ、私は関係ないからこれからどうなろうと」



知ったこっちゃないけどね。

と、幸村くんのこの問題と完全に切り離そうと思っていたのに。



「みょうじさんはとっても優しい人だ。俺、頼りにしてるから」




この笑顔を見て

見捨てられるような冷たい人じゃ、ないよね?


ね、みょうじさん




トクン。と大きく心臓が動いたのと同時に、終わった、と思った。