短編 | ナノ


ずこー

「……なまえ、下品」

「えっ、あぁごめん!」


パッとストローから口を離し、へらへら笑いながら目の前で残りのハンバーグを口に運ぶ友人に謝る。ただそれでも、意識はずっと遠くにあるんだけど。


「珍しいよね、バスケ部がプライベートで集まってるの」

「!」

「気づかないわけないじゃん。赤司はいないみたいだけど、他は揃ってるね」


紫原やっぱでかいわ、と笑う友人。
それに同意しながらも私の視線はずっと動かない。動かせない。少しでも目を離したらいなくなっちゃうんじゃないかと思うから。

……黒子くん。


彼の存在感のなさは異常だ。私も、最初の頃は全然気づかなくて、バスケ部に黒子くんがいたことすら知らなかった。

最近でも、やっぱり見つけることは難しいけど前より見える。それは、私がかなり彼を意識しているからだ。これが恋なのかはわからないけど、一回見てしまうと黒子くんから目が離せないのは事実で。


「なまえ、そんなに見てると他の奴にばれそう」

「そ、そうかもしれないけど!」

「どんだけ見てたいのよー。学校でも見れるでしょうが……とりあえず青峰とか厄介なのには気づかれないでよね」


「気をつける」


怖いもんね、うん。




「…………」

「……!」


ぞわり。
やばい、やっちゃった……!

咄嗟に目を逸らし、視線を落とした。ずっと黒子くんを見ていたはずの私が、急にこのような行動に出たことに疑問を抱いた友人が「どうした」と聞いてくる。



「目があった」

「誰と?」

「青峰くん」


友人は、ばかー!と店内には響かないよう、私だけに聞こえる声で叫びながら私の額を引っ叩く。こればっかりは、本当に申し訳ないと思ったので何度も何度も謝った。

私だって怖いよ、青峰くん!

さてさてどうしよう、いや、どうしようなんて考えてる暇あったら帰る準備してお会計済ませてとっとと出よう。よしそうしよう、と意見が合ったのか同時に帰宅準備。




営業スマイルの店員さんからお釣りをもらい、店から出る間際、


「黒ちん黒ちん、それちょうだい」

「ああ、はい。どうぞ……」









「ああ、黒子くん」


黒子くんの声が聞けて幸せでした。



バシッ

「いたっ」

「ほら、突っ立ってないで顔もぴしっとして!……もう、ひとりで帰らせるの怖いわ」

「え、いやいや。ちゃんと帰るから大丈夫」


ほんとに大丈夫?と疑いの目を向ける友人を前に、緩んでいた顔をもとに戻し、キリッとした表情で「また明日」と言ってこの場で別れた。

夜道をゆっくり歩く。
さっきは、ニヤニヤせずに真顔で歩けるし大丈夫だ、なんて言ったけど、やっぱり今の私には無理だった。鏡で確認なんかしなくてもわかる、すっごく緩んでる。




「みょうじさん」

「……やだ私っ!どんだけ考えてるの!」


「え、」


思わずダッと走り出す。あれ、あれ、あれ?
今さ、隣に黒子くんいなかった?幻覚ってことですよね、彼、ファミレスでバスケ部のみんなと一緒にいたし、私その姿きちんと見たし。

重症だな、もう!
あははははと乾いた笑いを零しながら走っていれば、ぐんっと引かれる感覚。


「うあっ」

「みょうじさん、待ってください」

「……黒子くん?」


「はい」

「え、あの、え?」

「追いかけて来ました」



それより大丈夫ですか、怪しかったですよ。なんて真顔で言うから顔から火が出そう。食事後走るだけじゃ消費しないから声も出したの!……苦し紛れの言い訳をしつつ、なぜ追いかけて来たのかを彼に問う。

走ったからってのもあるけど、多少違った意味のドキドキも含んだ鼓動が聞こえる。





「これ、忘れ物です」


そう言ってスッと差し出された、ボタン。

この展開に頭がついて来ず、え?と返すと、どうやら私たちが座っていた席付近を通った時(=トイレに行こうと通った時)に見つけたらしい。たしかに帝光のボタンだ。


「でもどうして私って」


制服を見れば本当に取れてて。恥ずかしさを感じながらボタンを受け取りながら言う。



「みょうじさんが座ってた方に落ちてたからです」

「…………」


「それでは、ボクはこれで。気をつけて帰ってくださいね」



そう言い、背を向けてファミレスへと戻って行く黒子くんの姿を目に映しながら思う。

見られていた……ってこと?
青峰くんにばれるほどの視線を送っていたのに、肝心の黒子くんからの視線に、私は気づかなかったというのか。いや、そこを問題点にするんじゃない。


「私が見ていたのも、気づいていて、その上その姿を見られてたって、こと……だよね」



変態チックな表情を見られていたかも!
そう思い始めたら、紅潮していた頬は一気に青ざめて。なんて恥ずかしい姿、いや、顔を見られていたんだろうか。明日黒子くんに会わせる顔がない!


「無理無理恥ずかしいバカじゃないの。でも黒子くんとお話しできたよえへへーでも変な顔見られたよねええ」



黒子くんと会話ができた幸せは頭の隅に置きつつも、激しい自己嫌悪に陥った1日となった。