目の前に広がる埃だらけの部屋を見て、しゅばっと腕まくり。
いざ出陣!
「こんなとこよく住んでられるよ」
マスクを着け、箒でまずは埃を外に追い払う。本当は天井からやってやりたいんだけど、生憎普通のお部屋じゃないので届きません……。一度だけ高い高い天井を仰いで、深いため息を吐き止まっていた手を動かした。
なぜそんなに天井が高いか?
答えは簡単。ここは、黒曜センター、という昔は複合娯楽施設として賑わっていた場所。数年前からさっぱり人は来なくなり、経営は破綻。建物だけ残されたここに目をつけたのが、現在黒曜中学校に通う違った意味での人気者、六道骸その他だ。
正直言うと、家からこの場所は遠い。バスだって1時間に数本のペースでしか運行しないから1本逃すとかなりの時間を食う。じゃあ、なんで掃除しているのか?
「ほっとけないんだよ」
集めた紙屑をビニール袋に入れながら、出会ったのはいつだったかと思考を巡らせる。素敵な出会いとは到底言えないものだったけど、それ以来、4歳も年下である六道くん達の身の回りのことをやっている。いわゆるお世話係なるものがいなかったら、ここはもっと悲惨で、彼らは料理だってまともに作れやしないから飢え死にだ、飢え死に。
ありがたく思いなさい!と鼻を鳴らしたところで、主が帰って来た。
「…………」
「あ、おかえりなさい六道くん」
「またですか」
そしてこの行動は、快くは思われていなかったりする。そりゃ、自分達のテリトリーを勝手にどうこうされて気持ちいいものではないだろうけどさ。
「心配なんだよお姉さんは!!」
「はぁ……うるさいですね」
「いいわよ嫌われ役で。そのうち、あの時はありがとうございましたーなんて言う日が」
「来るわけがない」
「ちぇ」
まったく、可愛げのない年下。
私がこのくらいの時はもっと……あ、いや、反抗期ってやつだったかもしれない。って、私のことはどうでもいいのだ。掃除掃除っと!3日来なかっただけでこんなにも汚くなるってどういうことだろうね、やりがいはありますがね、正直きつい。だから犬くん少し自重して。
さて次はどこの掃除をしようかなと周囲を見渡して、ある場所が目につく。そういえば六道くんがよくいる舞台の上、いつも邪魔されて掃除できなかったんだ。そして今、どこかへ行ったのか彼の姿はない。よし、チャンス!
ダダダッと駆け寄り、まさかの両端にあるかと思った階段が見当たらなかったので不格好にはなったがなんとかよじ登った。これも歳か、と落胆させながらソファーに近づく……、と。
「なにを」
「うっ」
どさっ
「……しているんですか、きみは」
「ひいいいい」
いつの間に!?
背後に立っていた六道くんに手首を掴まれ、その影響によりバランスを崩した私と一緒にソファーに倒れ込んだ。目の前にはとっても機嫌の悪そうな顔。そう、天井ではなく顔なのだ。はっきりと言おう、これは襲われている図と言っても過言じゃない。
「そっ掃除」
「ここは近寄るなと言ったはずだ」
「でも汚くなっ……いや、そんなことないです。六道くんのよくいる場所だもんね、ごめんね勝手に近づいて。余計なお世話だったね!」
「そう思っているなら、金輪際来るな」
より一層眉間に深いしわを刻んで、そんな言葉を吐く六道くん。
どうして、そんな悲しいことを言うのだろう。人と慣れ合いたくない、と以前言っていたけど、なら犬くんと千種くんは?
私は彼らのこと、何も知らない。教えてくれないからそんなの当然だ。
でも、ほんの少しだけわかる。軽い怪我だけじゃ済まないくらいの危ないことに関わっている……だからこそ、決めたことがあった。
「やだよ」
「は?」
「そんなこと言われても、私は来る。ずっと、ずっと」
「悪趣味ですね」
「ここに住んじゃう六道くんに言われたくない」
「……」
「だからね、」
六道くん、
心を開いてくれなんて我が儘は言わないから
「ここを、安心して帰って来れる場所だと思ってほしいんだ」
そう言えば、六道くんはほんの少しだけ目を見開いた。初めて見たその表情になんだか嬉しさを感じて、これからももっと見てみたいと思ってしまった。けどまぁ、数秒後にはバカにしたような表情を浮かべて私を解放して、どこかへ行ってしまったのだけど。
黒曜センターに住む彼ら。
廃墟となって、何もないこの場所だけど、彼らが選んだ場所だ……大事にしていこう。