「あっ、そろそろ洗濯物入れないとだ」
夕方に再放送していた昔のドラマを見終われば、すっかり日は沈んでいて。もう冷えちゃったよなぁと思いながら、2階へ上がってベランダに出た。
洗濯物に触れば、……うん、冷えてる。
すぐに畳まないで一度部屋干ししようかなと考え、竿からハンガーごと取ろうと手を伸ばした時だった。
目の前で、透明な玉が、割れた。
「ちょっとちょっと!液体洗濯物に飛んでないよねぇ!?」
誰よ!と言わずともしゃぼん玉を飛ばしている犯人はわかるけど、なんとなく言ってみたかったのだ。
「雅治くん!」
「おー、……怖い顔しとるのう」
「誰のせいだと思ってるの」
「ま、俺じゃろうな」
わかってるならやめてよ、せめて洗濯物ない日に飛ばしてよ!
しょうがないじゃろ、飛ばしたい気分だったんじゃ。
だったら外でやってよ!
私の怒鳴り声だけが空に響いて、これじゃご近所迷惑だ。
睨みつけても、雅治くんはしゃぼん液に浸けては飛ばし、浸けては飛ばしを繰り返していた。
「なまえ。そうカッカしなさんな、平気じゃろ、ちょーっとしゃぼん液飛ぶくらい」
「……」
「ほれ、見てみんしゃい。」
そう言い大きめのしゃぼん玉を作り、割れないようにそっと空へと飛ばした。
風に乗り、上へ上へと飛んで。
しばらく目で追っていたけど、どこからか狙い撃ちでもされたかのようにパッと割れて消えてしまった。ああ、寂しいよね、しゃぼん玉って。
「楽しい?」
「いや。そうでもなか」
「なにそれ」
「でも、しゃぼん玉を見てたら、俺はまだまだ長生きするんじゃなーって」
「比べるとこじゃないと思うけど」
「そうかもな。でも、こういう一瞬一瞬は、しゃぼん玉みたいじゃなか?」
ククッと小さく笑う雅治くんを見てたら、私の眉間にしわが寄るのを感じた。時々わからないことを言うから、私の頭は混乱するのだ。
「この先何十年生きるか知らんが、俺となまえの今の状態だってしゃぼん玉なり」
「え?」
「気づいたら、割れてるかもなって」
すぅっと流れるように視線を外し、今度は小さめのをふたつ空へと飛ばす。
それは近づいて、しばらく寄り添うように飛んでいたけど、片方が音もなく割れて、また数秒後には残っていたひとつも割れた。
「……くっつかんかったな」
「何を狙ってるの」
「…………」
「ちょっと、雅治くん?」
もう一度。
小さめのをひとつ飛ばしたかと思えば、またひとつ。今度は先に飛ばしたのにぶつけるようにほんの少し荒っぽく。
見ていれば、当たり前だけどぴたりとくっついて。ひとつだったものが、ふたつのデコボコなしゃぼん玉になって空へと飛んで、そして同時に割れた。
「なあ、なまえ」
「……」
「今のと、ひとつ前のと」
ベランダの手すりに寄りかかっていた身体を起こして、こちらに向き直った彼の表情は何かを企んでいるようで。
家と家の隙間だって数メートルあるのに気にせず飛んできそうな勢いがあって、私はほんの数歩退く。干してある洗濯物が首に当たって、ひやりとした。
「別々に割れるのと、一緒に割れるの、どっちがお好みじゃ?」