まだまだ寝ていたかった朝の6時半。
実家からの電話で、私は起こされたのだった。こんな時間に、携帯ではなく家に連絡を寄越す母親は何を考えているのだまったく。
『綱吉くん、今日戻って来るそうよ』
……で、どうして綱吉は私の携帯もしくは家ではなく、実家に連絡を入れたのか。いや、たしかに私の家の番号は教えていなかったけれども、携帯……あっ、最近携帯買い変えたんだった。
ぼんやりしている脳のまま、ソファーからゆっくり立ち上がってキッチンへ。
「卵ひとーつ」
冷蔵庫から卵を取り出し、フライパンを熱する。ふわ、とひとつ大きな欠伸をすれば、響き渡る、インターホンの音。
え……と思わずフリーズ。
だって、今まだ7時ちょっと過ぎだ。こんな時間に訪問者?非常識じゃない?普通9時以降に来るものでしょ?とよくわからない怒りを感じながら、さて出ようか出まいかと考えを巡らすよりも先に、視界に映り込んだ自身の姿を見れば一目瞭然。
「さすがに出れないってこれは」
スウェット姿だ。
髪の毛もぼさぼさ、化粧もしてない。
もう一度鳴り響く、インターホン。
見えはしないけど、玄関に向けてキッと鋭い視線を向ける。このまま出なければ、諦めて帰ってくれるはずだよね、と私は無視を決め込み目玉焼きを作る作業に戻った。
「完成!ではでは、いただきまー」
あーん、と焼き立てのパンを頬張ろうとしたと同時、電話が鳴り響いた。
今日は一体なんなの。
綱吉が帰って来るって報告から非常識な訪問者、そして電話。
仕方なくパンを皿の上に戻し、ソファー近くに置いてある電話のもとへ。受話器を取って、もしもし、と言う前に母親の声が耳を貫いた。
『なまえ!あなた何やってんの、綱吉くん、待たされてるって言ってるわよ、ちゃんと起きてるんじゃない!』
「……え、はい?」
『寝ぼけてるのかしら。今朝言ったじゃない、綱吉くんが帰って来るって。そんなに長期間滞在はしないそうだから、すぐになまえに会いに行くみたいよって』
「そこまで言ってなかったわよ!」
ガチャと切り、適当に手櫛で髪を整え玄関へ。
訪問者が綱吉なら容姿なんて正直どうでもいい、幼なじみだし、彼も別に気にしていない……はずだ。
ロックを外し、ゆっくりとドアを開ければ、爽やかな表情の……
「遅いよ」
「……ごめん。」
全然爽やかではない。キラキラはしてるけど、腹の底では何を思っているのやらといった表情。相当怒っているな、これ。
とりあえず綱吉を招き入れ、ソファーに座るよう促す。
コーヒーか何かは淹れてくれないのと言うけど、私だって朝食がまだなんだ、幼なじみに構っている暇はない。お腹空いた。
「素っ気ないな」
「……アポなしで来る綱吉が悪い」
「そう言ったって、連絡先教えてくれなかったのはそっちだろ?」
「忘れてただけ」
ひどいな、と彼は軽く笑った。
お砂糖1杯半とミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲みながら、ずいぶん昔の彼を思い浮かべてみる。変わり始めは10年ほど前で、それから日々どこか成長して、今ではこんなに……こんなに。
「ほすと」
「え?」
「綱吉ホストっぽい。やだ」
「じゃあ、どうすれば普通っぽくなる?」
「さあ」
容姿が容姿だもの。無理ね。
と目玉焼きの目玉を割り、お皿に黄色が広がったのを見ながら言う。視界の隅では、ソファーから立ち上がってこちらに向かって来る姿が映り込んでいたけど無視を決め込む。どうせ、意味ないけど。
「なまえ?」
「っ……私ね、今、朝食食べてるんだけど」
「知ってるよ。なんか前回会った時よりも素っ気ない。何かあった?」
「とくに」
「ふうん。」
顎をクイッと持ち上げて自身に向ける動作は、ホストだ、絶対にホスト。
空いていた手で、ぺいっと彼の手を払いパクッと目玉焼きを口に頬張りごちそうさま。咀嚼しながら食器をシンクへと運び、ソファーに向かおうと身体を回転させれば目の前には綱吉が。
(いつの間に……!)
「ずいぶん余裕だね」
「そう?」
「そう。オレって、そんなに危険なさそうに見える?」
「見えない」
「それにしては警戒心ゼロだけど」
「慣れちゃったのかもね」
「慣れられてもこま、!」
グッと距離を縮めれば、私と彼との間に隙間はなくなって。
けど残念。
危険はきちんと察知してるのよ。
「ふふっ、間抜け面」
「ちぇ」
「ねえ綱吉。」
「ん」
私の手で自身の唇を覆われたのが気に食わなかったのか、頬を膨らませてソファーへ向かう彼の背に問いかける。
「私たちって、幼なじみ、でしょ」
一瞬肩を揺らしたのを見逃しはしなかった。
けれど、そうだね、と言うように右手をひらひらする彼は、やっぱりまだまだ弱いのだ。