短編 | ナノ


放課後が近づくにつれて窓の外が暗くなっていくのがわかった。眠くなる国語の授業を受けながら、折り畳み傘持ってきておいてよかったなあとぼんやりと考えた。


キーンコーンカーンコーン

授業の終わりを告げる鐘が鳴れば、それと同時に帰宅準備を始めるクラスメート達。まだ、先生いるのだけどね。


「ゴホン……それじゃあ、ここまで」


ひとつ咳払いをして、先生は教科書と自分専用のチョークが入った箱を持って教室を出て行った。

あとは担任の先生を待つばかり。その間にも、早く帰らなきゃやばい、傘持って来るの忘れた、などの声で教室は盛り上がる。ほとんどの人間が今日のこの天気は予想がつかなかっただろう……私だって、雨が降るかもしれないと思いもしなかった。気象予報士だってびっくりの天候の変わり様だ。


「ほんとやべーな。早く先公来ねえかな」

「丸井くんも忘れたの?」

「ってか持って来てる奴の方が少ねえだろぃ。そういうみょうじは持ってきたのか?」

「うん。というか、ずっと入れっぱなし」


「ふーん」


え、なに。なんでちょっと微笑んだの。
今年初めて丸井くんと同じクラスになって、ようやく打ち解けてきた感じであるが、さすがにその言葉と表情だけで彼の考えていることまで理解できる仲ではない。

何か言いたいことでも、と口を開こうとしたと同時、「げ、降ってきた!」その誰かが発したセリフに、教室がざわめいた。ポツリポツリと可愛らしい小雨は数秒で、すぐに土砂降りへと変貌した。


ガラッ

「終礼始めるぞー」

「先生遅い!!」

「え、」

「雨降ってきちゃったじゃん!」

「いや、え、俺のせい!?」



****




「結構、ひどい」


あれから結局先生が悪いということになり、簡単に連絡事項が告げられて終わった。教室から出て行く先生の背中は少しだけ丸かった。
そうして現在、下駄箱で外靴へと履き替えたわけだけれど、あまりの土砂降りに外に出るのを躊躇うほど。それでも、ぎゃあああ、と叫びながら鞄を頭に乗っけて家までダッシュする人よりはマシか。


バサッ

「みょうじ!」


折り畳み傘を開いて、さあ土砂降りの中を歩こうかと一歩踏み出した時だった。
振り向けば、丸井くんが靴を履き替えながらこちらを見ていた。


「どうしたの?」

「あの、さ」

「?」

「悪い!傘、入れてって!」


「え」


目の前で両手を合わせて言う丸井くん。ちょっと、ちょっと待って。入れてって、この折り畳み傘に?ただでさえ普通の傘よりは小さめなこれに?

しかもこんな場所で言わなくても。ぽかんと呆気にとられていたのも束の間、周囲の視線に気づいた私は、それはもう動揺してしまって。いやあの丸井くん、入れてと言われてもこれはちょっと小さくてですね、えっと結局濡れちゃうような気がするんだよね、だからえっと……なんて、頭が回らない。


「鞄で凌ぐよりは全然マシだし、何より帰る方向一緒だろぃ。だから、頼む!」

「う、えっと、」

「一生のお願い!」

「そ、そんなに!?」


必死に頼み込んでくる丸井くん。
そして手に握る、開いたままの折り畳み傘を見て。


「わかった……いいよ」

「……ったく、すぐオッケー出せよな!?ま、サンキュー!」


ニッと白い歯を見せて、丸井くんは私が持っていた折り畳み傘をひょいっと手に握ると、そのまま先へ進もうとする。ま、待って!
流れに乗せられたと言うのかわからないけど、こうして私は自然に丸井くんと相合い傘をすることになった。




耳に入るのは、ザーザーと降り続ける雨の音。
視界に入るのは、雨のせいでいつもより見えづらくなっている道路。
鼻孔を擽るのは、隣を歩く、丸井くんが噛んでいるガム。


「ほんと、すっげー雨だな」

「う、うん」

「ってかみょうじ、もしかしてさ、緊張とかしてんの」


「……!い、いや、」

「教室にいる時と比べてかなり静かじゃね?」

「き、緊張はしてるよ!?だってあの、丸井くんは、やっぱり人気者だし」

「あ、そーいう」

「え?」

「や、なんでも」


ぼそぼそと何か聞こえる気がするけど、雨のせいで消える。
そうか、話を振らないと、だよね。


「丸井くん」

「んー?」

「私が傘持ってるって言った時に笑ったのって、入れてもらえる奴発見したーって意味で?」

「それもある」

「あはは、やっぱり。でも、私じゃなくても他の人が」


いたんじゃない?と、言い終わる前に、丸井くんがピタリと足を止めてしまって。言葉はそのまま途切れる。いきなり止まるものだから、少し前に出てしまった私の身体は当然傘からはみ出すわけで。容赦なく打ち付ける雨に驚きながら、くるりと身体の向きを変えて傘の下に戻る。

そうすれば自然と丸井くんと向き合う形に。


「わりぃ」

「ほ、ほんとだよ!いきなり止まるから濡れちゃ―」


何に対しての、悪い、だったのだろう。
こうなってしまった今、言葉の真意はわからない。

どうして私は丸井くんに抱き締められているのだろう。



「まっまま丸井くん!?」

「はは、噛み過ぎだろぃ。んー、みょうじ、」

「な、に」


「…………」

「……」

「す、すげぇ良い匂いしてんな、おまえ」

「え!?」


突然何を言うのかと思ったら。なんだその変態発言は!
はははと笑いを零しながら丸井くんは私から離れると、何やら気まずそうに視線をさ迷わせながら頬をぽりぽりと掻いた。

それからこの日はお互い気まずいまま、言葉もろくに交わせないまま、帰宅したのである。