「なまえチャン、愛してるよ」
「私もです、白蘭様」
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そうして幾度身体を重ねただろうか。
白蘭様はミルフィオーレのボスで、私はただの(それもかなりの下っ端)秘書。そんな圧倒的な身分差があるにもかかわらず、このような関係を持ってしまっているのは正直いけないことだと思っている。何より彼は、私の他にもたくさんの女性を傍に置く。性格も容姿も全員バラバラで、共通点なんて、それこそ“女”であることくらい。
「はぁ……」
整理のされていない書類をまとめながら無意識に吐き出されたため息に、驚いた。わかっているのだ、こんな関係から脱しなければならないと。それでも白蘭様に言い出すのはとても勇気が必要で。
ただでさえ何を考えているかわからないお方だから、どんな反応が返ってくるかなんて想像することもできない。殺されるかもしれない。それは、嫌だな。
「白蘭様〜」
「ああ、きみか。まったく驚かせないでよ」
甘ったるい声が聞こえたかと思えば、彼女(私の上司)は白蘭様の腕に絡みつき、彼の注意を引きたいのかわざとらしく胸をくっつけるように密着した。こんなのは日常茶飯事だ。昼間といえども周囲の目は気にせず。
その光景を横目に見ながら、今日は誰だろうか、なんて考えたくもないけどそんな思考が巡る。
ミルフィオーレに属する誰かか、はたまたどこかの令嬢か。この環境に来てから、愛って何だろうとどうしようもない疑問を抱くようになった。昔はもっと純粋に誰かを愛し、愛されていたような気がするのだけれど。頭がおかしくなっちゃったかな、と自嘲するように薄く笑みを浮かべていれば、視界の端に白いのが入り込んだ。
「……!」
そのまま上司とどこかへ行ってしまえばよかったのに!
というか、どうしてこっちに向かってるの!?
表情に出ただろうか。それとも、手に握る資料がくしゃりと音を立てただろうか。ゆっくりとこちらへ歩を進めた白蘭様は、私の目の前でピタリと足を止めると、面白いものを見つけたかのように口角を釣り上げた。
「今日はこの子だから」
「!?」
「え、白蘭様、その子は……」
「なに?僕の言うことに文句でもある?」
「い、いえ……」
「それじゃあ―」
「ま、待ってください白蘭様!」
思わず口出ししてしまった。上司へにこりと笑みを浮かべた白蘭様だったが、私の声を聞くとすぐにそれを引っ込めた。このまま死ねそうだ。
「えっと、おかしいです……私は、この前」
「僕の自由でしょ?」
「でも……」
「自由、だよね?」
はい、としか言えませんでした。
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夜、日付が変わるちょっと前。
私はいつものように服を着替え、白蘭様の私室へ向かった。本当はこんなだらしない格好(パジャマ姿)で廊下を歩いたりなんてしたくないのだが、「脱がしやすい格好」で行くようにという決まりがいつの頃からかできてしまったらしい。ふざけるな。
控えめに扉をノックすれば、どうぞ〜、なんて呑気な声が返ってきて。入りたくなくて一瞬だけノブを捻ろうとする手が引っ込んだけれど、意を決して扉を開けた。
「失礼します」
「どうぞどうぞ。きみって、いつも硬いよね」
「……」
ベッドの上には寛いでいる白蘭様。嫌なのに、寝る間際の彼の姿を見るのは、なぜだか好きだ。なんというか、無防備な状態だからかもしれない。
「突然指名しちゃってごめんね〜」
「いえ」
「本当は今日、あの子……ああ、きみの上司ね。だったんだけど、気が変わってさ」
「そうですか」
そう会話をしている間にも、彼に手招きされて私はベッドへと近づいた。あまり顔を見たくなくて視線を落としていたけれど、スッと伸ばされた手に腕を掴まれて、いとも簡単にベッドへと上がらされて。目の前には白蘭様の双眼。
「っ、」
「フフ、きみのその大きな黒い瞳、嫌いじゃないよ」
「あの、」
「今日はさあ、少し話そうか。なまえチャン」
僕だって忘れてないよ、きみと前にシたの1週間も経ってないしね。
思いもよらない言葉だった。いきなり接近させられて、ああ、今日はもうか……なんて思っていた拍子に、これだ。目の前で妖艶に笑みながら私の腰部をさらりと撫でる彼が、まさかこんな提案をしてくるなんて。前代未聞。
というか、改めて現実的にそう言われると恥ずかしくて堪らない。
きっと赤く染まっている私の顔だけれど、そんなのお構いなしに、白蘭様は私をベッドの中へと誘導して向かい合うように寝転がった。
「……(まずい、恥ずかしい)」
「あれ、もしかして緊張してる?」
「問題ないです。いつも緊張してます」
「まあそうだけど、なまえチャン、いつもより肩に力入ってる」
「こうしてお話しするというのは、初めてだからかもしれないです……突然、どうなされたんですか?」
「愛について語らおうかと思ってね」
は……愛?
白蘭様が、愛について語る?
「頭でも打ちましたか」
「やだなー。僕だってたまには真面目にもなるって。聞いてみたくてさ、愛ってどんなもんかと」
「申し訳ないんですけど、私も、最近わからなくなっていて」
望むような回答はできないと思います。
そう言えば、白蘭様はフフンと鼻を鳴らしながら笑って、こう言った。
「それじゃあ、僕と二人で愛を学ぼうか」
意味深だ、と思ったけれど、この日は初めて身体を重ねることはなく。明け方4時までああでもないこうでもないと語り合ったのだった。少し、距離が縮まった気がした。
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私が書く白蘭さんは、基本的に愛を知らない愛人いっぱいの遊び人