「ああ、臭いなぁ」
目の前に倒れる、数分前までは生きて動いていた人間を見下ろしながら、返り血を浴びた自身の服の臭いを吸い込み一言。
空を見上げればいくつか小さな星が瞬いていた。会いたいなあ。この空の下のどこか、同じ景色をあの人も見上げているといいなあ、なんてらしくないことを思う。
いつから会っていないとか、そんなことは覚えていない。お互いに危険な世界で生きているのだ、そう簡単に出会えるものでもないのはわかっている。
「なまえ」
いとおしい。
ふんわりと優しく微笑みながら私の名を呟くジョットさん。
ねえ、どうして私をあなたのファミリーに入れてくれないの?
あなたの笑顔のためなら、なんだってやるのに。
いつだったか、そんなことを直接問うたことがあった。そういえば、その時もこんな風に誰かを殺した夜だった。今日と違ったのは、雨が降っていたことくらいか。
「会えないかなぁ」
ぽつり、そんな淡い期待を胸に言葉を零せば、静かな夜にこの声が響いたのか誰かに気づかれたようだった。背後に気配を感じながら胸元にしまった拳銃に手を伸ばす。
振り返ると同時に、撃つつもりで。
「だ――……!」
誰。
そんな短い言葉さえも出せなくなるほどだった。暗がりに目立つほどの金髪が揺れる。
「なまえ……」
「う、そ。ジョット、さん……ジョットさんなの!?」
「しっ」
音も立てず瞬時に近寄ってきたかと思えば、興奮気味になっていた私の声量を抑えるように口元を手で覆ってきた。突然のことに驚いて目を瞬いてジョットさんを見上げれば、「きみにとっての敵がうろついているから」と少し棘のある口調で、この行動の答えを教えてくれた。
ああ、でも私、今そんなのどうでもいい。
「ジョットさん……会いたかった」
「……」
「ねえ、私、本当に役に立つから。だから、」
「なまえ」
ギュッと、きつくきつく抱き締めた後、もう一度彼に請うため顔を上げた。仲間にして、と。でも言えなかった。開いた口から続きの言葉が紡げなかった。
だって、だって……。
「どうしてそんな、泣きそうな顔をするの?」
「なまえ、オレは、こんなことしてほしくないんだ。きみには幸せな暮らしを送ってもらいたい。こんな世界とは無縁の」
「でも私、あなたのために」
「オレのためって言うなら、お願いだから」
お願いだから、殺しはやめてほしい。
やめて、やめて、冗談やめてよジョットさん。
そんな苦しげな声を出さないで。だって私、ずっとこの世界で生きてきて、今更無縁になれだなんて残酷だよ。無理だよ。将来はあなたの右腕って言えるほどの実力をつけて、守りたいって、それだけを目標に生きてたのに。
ありがとうって、私の大好きな笑顔を向けて、褒めてほしいのに。
――それなのにそんな顔させて。
「っうう、なん、で……」
「ごめん。でも、それがオレの願いだから。血に濡れるなまえは、見たくないんだ」
オレも、笑ったきみが好きだ。
だからこの世界で出会ってしまったオレとは、サヨナラしてほしい。
そう静かに零し、私の目から落ちる涙をひとつ拭うと、彼はマントを翻して去って行った。ジョットさんの姿を見たのは、これが最後だった。