「きゃぁかわいい…!」 「おめめクリクリだよこの子!」 ペットショップの片隅、小動物コーナーで俺は女性客に限らず訪れる客全てに笑顔を振り撒いていた。 長い耳をぴくつかせてやれば女性客からきゃあきゃあとした声が漏れ、軽く立ち上がってやれば子供たちが好奇心を含んだ瞳で見つめてくる。 触ろうと手を伸ばしてきた男性客には素直に擦り寄ってやるし帰ろうとする客には寂しそうな視線を向ける。 ペットショップの人気者、所謂俺はうさぎというやつだった。 「…よぉ」 閉店も近くなり店内に物静かな音楽が流れ始めてきた頃、聞きなれた低音が耳に響き、俺は静かにため息を漏らしながら振り向いた。 平和島静雄。 毎日この時間帯に店を訪れる客だ。 毎日閉店ギリギリになって来るとか。店員の気持ちを考えたことはないのだろうか。 じっとりとした自然でその男を見上げながら俺は再度ため息を漏らす。 人間に媚を売って可愛いと騒がれるのは嫌いじゃない。むしろ自分が偉くなったような気がして好きだ。 だけどこの男は俺を見ても笑いかけたりしないし、まして可愛いなどと言う言葉を投げ掛けたりもしない。 …隣のハムスターには可愛いって言ってたくせに。 「…手前人気者らしいじゃねぇか。それなのにまだ売れねぇのか?」 俺が気にしていることをあっさりと口にしながら近付いてきたシズちゃんは(このあだ名はせめてもの嫌がらせだ)俺の立派な黒いつやつやの毛並みを逆立てるように撫でる。 …本当に気に食わない。大体、俺が売れないのは俺が高級な種類のうさぎで値段が高いからだ。決して俺自身に原因がある訳じゃない。 ふぃと背を向けてやれば、どうやら俺が拗ねてしまったと思ったらしくシズちゃんが笑いを溢すのがわかった。 …なにもかもが気に食わない。 そして何より… いつの間にかこの男が毎日訪れ俺の売れ残った姿を確認しに来るのを待ち望むようになってしまった、俺自身が一番気に食わない。 だけど、その気に食わなさすらいつかは感じなくなる。俺はいずれ誰かに買われていき、二度とこの男に会うことも無くなるのだ。 それを考えるとなぜか胸の辺りがきゅうと締め付けられるように苦しくなる。 その理由なんて知りたくもないし、知ったところでどうにか出来るわけでもないのだ。 俺は所詮うさぎでシズちゃんは人間。 それが現実だ。 もしも俺が人間だったなら。人間の姿になれたなら… そうすれば、俺はこの胸の痛みと向き合えたかもしれない。 「じゃあな、また来てやるよ」 手を振るシズちゃんの後ろ姿を見つめる。 本当は寂しくて仕方ない。シズちゃんに帰ってなんて欲しくない。俺が誰かに買われたらもゔまだなんて無くなってしまうのに。 徐々に小さくなる後ろ姿を見つめながらねがう。 神様なんて信じていないけど、もしも居るのであればお願いします。 店員の言うことも聞いて暴れたりしないで良い子にしてきました。 誰かに買われたりなんかしなくていい。願わくば―… 俺を人間にしてください。 そのまま眠りに落ちた俺はとても幸せな夢を見た。 内容は良く覚えていないけどきっと俺の隣に居たのは… 「…ん」 朝日が差し込みその光に目を開いた俺は、隣に誰もいないのがわかり少しばかりの寂しさを感じた。 しかしそれもつかの間、とんでもないことに気付き俺は目を見開いた。 いつものケージの中にいない。無意識の内に外に出てしまったのだろうか。 慌てて起き上がり跳び跳ねようとして再び違和感を感じる。 明らかに四足歩行をするには手足のバランスがおかしい。 恐る恐る近くに設置されている窓ガラスに顔を写してみると、そこには黒髪の赤い目をした人間が映し出されていた。 頭の上に生えている耳以外はしっかりと人間になっている。 自らの頬を撫で、夢でないことを確認した俺は、窓ガラスに写し出された姿を見つめたまま、瞳から溢れる涙を止めることも出来ずにただその場に座り込むことしかできなかった。 これはきっと、神様からのプレゼント。 (願いを神様が叶えてくれたのだからやることはひとつしかない) |