「静雄ー!」 仕事を終え特にすることもなくぶらついていた昼下がり。後ろから聞きなれた声が聞こえ、俺は軽く眉を寄せながらそちらの方へと振り向いた。 「千景…また来たのか?」 「おう!静雄に会うためなら毎日来れるぜ!」 にへら、とまだ幼さの残る表情を笑顔でいっぱいにする千景に自然とため息が漏れ出す。わざわざ埼玉から何しに来たんだコイツ。いや、聞かなくてもわかるけどよ。 「今日も相変わらず可愛いな静雄は」 「意味わかんねぇよ、帰れ埼玉に」 普段であれば女に向けられる筈の言葉を告げられても、生憎俺は女じゃねえし可愛くも美しくもないため嬉しさの欠片も感じない。 毎度同じような冗談ばっかり言いに来やがって、暇人だなコイツも。 「帰らねぇよ、何のためにわざわざ埼玉からバイク飛ばしてきたと思ってんだよ」 「知るかよそんなの」 本当は知っている。相手がわざわざこの池袋まで来てやることなんて一つしかない。 「…さっさと、女達のとこ行けよ」 くるりと背を向けて千景に表情が見えないようにしながら俺は言葉を絞り出す。 そうだ、こいつはこの街にも数人いる彼女達に会いに来ているんだ。 それだというのに毎回毎回俺にちょっかいを出しに来やがって。 まるで、女に囁くような言葉を毎回俺に告げやがって。 「…静雄、前に言ったよな俺。もう池袋で彼女作ったりしてねぇって」 今までへらへらとした笑みを浮かべていたはずの千景の言葉が自棄に真剣な物へと変わり、思わずぴくりと反応を返してしまう。 止めろよ、止めろ。そんな真剣に―… 「静雄」 ふわりと頬に千景の手の感触を感じ、視線を上げれば自分より少し低い位置に真剣な表情を浮かべた千景の顔が見えた。 「…俺、今まで女の子達と遊んできてたし、信用出来ないかもしれないけどさ……静雄の事は本気だから。だから…今、彼女一人も作ってない」 嘘だ、と言い返したくてもその真剣な瞳がそれを許してくれなかった。 毎回毎回千景が池袋に来る理由。 そんなの知っていた。 暇をもて余しているわけでも、女に会いに来るためでもない。 俺に会うため。 俺に会って… 気持ちを告げるためだった。 「…それは前にも聞いた」 「静…」 「離せ!」 無理矢理千景の手を振り払い、再び背を向ける。 そうでもしないと感情がそのまま現れてしまった表情を隠せそうになかった。 「…止めろよ、そんなこと言うな。…子供の癖に、本気だなんて…」 「静雄、お前俺が子供もだから本気でいってないとでも言いたいのか?」 「違う…!」 千景の怒ったような声が聞こえ、無意識の内に否定を返してしまう。 あぁ、馬鹿だ俺。そうだって頷いてコイツを帰すつもりだったのに… 後悔しながらも一度本音が溢れてしまえば俺の口は全てを告げるまで止まろうとはしてくれなかった。 「手前が本気だからっ…手前がまだ学生なのに俺っ…俺、…本気になっちまいそうで…っ」 まだ学校を卒業していない相手を自分なんかに縛り付けて自由を奪ってしまうのが怖かった。 だから今まで相手の気持ちから視線を背け本気じゃないんだろうと思い込もうとして…必死だった。 自分の気持ちにすら目をつむって気付かないフリをしていた。 「…静雄」 全てを告げてしまった今、余計に相手を困らせる結果になってしまったとどうしようもない後悔がぐるぐると頭の中をかき回した。 「…それってつまり、俺が大人だったらちゃんと俺の気持ちに応えてくれるって事だよな?」 身体が温かいものに包まれたのを感じ固くつむったままであった瞳を開けば千景の腕が俺をしっかりと抱き締めていた。 「…俺、早く大人になれるよう頑張るから」 耳元で囁かれた温かい言葉に胸が熱くなるのを感じた。 「……大人になったらまた会いに来い」 「…いつ来たらいい?」 今まで黙りを通していた俺が返事を返したのに驚いたらしく、後ろにいる千景の身体が軽く揺れたのを感じながら俺は瞳を閉じた。 いつか、いつか相手が大人になったその時は 「…手前が高校卒業したら、話聞いてやる」 少しだけ大人に近付いた相手の気持ちに返事を返してやろう。そう決心して、今はまだ自分の気持ちにも相手の気持ちににも目をつむったままでいることにした。 背伸びしても大人になれない (…俺、早く卒業できるように頑張るから) |