「高級食材」
「は?」
「晋助は、高級食材」
ベッドに横になる俺にもたれ掛かって、爪に色をつけていた彼女が唐突にそんなことを言い出したものだから、俺は思わず読んでいた雑誌を閉じて彼女の方へと顔を向けた。
「なんだそれ」
「銀時は雲」
「髪型がか?」
「違う。飄々としてて掴めないから」
「ヅラは」
「小太郎は教科書。いつも正解を探してるから」
淡々と会話をしながら、彼女の爪は人工の着色料によって染められていく。レモンイエローのそのマニキュアは、雪のように白い彼女の手にはなんだか不釣り合いでみすぼらしくさえ見えた。
「悪趣味」
「え?」
「その色、お前に似合わねェ」
「うん、あたしもそう思う」
「ならなんで塗ったんだよ。俺が新しいの買ってやるから落とせ」
「いらない」
「遠慮なんざいらねェよ」
「だってこれ、あたしのじゃない。」
「じゃあ誰の……、」
そこまで言いかけて、言葉に詰まった。先日この部屋にいた女の爪の色を思い出す。鮮やかな、レモンイエロー。
「あはは、"しまった"って顔してる。ベッドの下に落ちてた」
「っ…その、わりィ…」
「いいよ、別に謝って欲しいわけじゃないから。」
普通の女なら泣くなり怒鳴るなりするはずのこのシチュエーションで、目の前の女は静かに笑っていた。
「晋助には、どうしようもなく人を引き付ける何かがあるの。だから高級食材。滅多に食べられない貴重品」
「…………お前は、」
「あたしは、安物のピアス」
「ピアス?」
「うん、晋助の耳についてるそれ。」
そう言って彼女は黙りこんだ。自分の女癖が悪いのは随分と昔からのことで、女の忘れ物が部屋にあることも珍しくはなかった。だが最近はそれがめっきりなくなっていたのである。自覚こそしてなかれ、きっと俺は本気で彼女に惚れているのだ。しかし今、目の前の彼女は傷ついて泣き出すどころか何ごともなかったかのように仕方がないと笑った。もしかしたら俺が思っていた程に彼女の俺に対する気持ちは浅いのかもしれない。と、疑心暗鬼していた時、彼女が俯きながら口を開いた。
「晋助」
「…………」
「晋助の彼女には、この色が似合う人の方がいいのかもしれない」
そう言って、俯いていた彼女は顔を上げてすっかり鮮やかな黄色に染まった爪を見つめた。その色はやっぱりなんだか彼女には不釣り合いで、俺は違和感を感じざるを得なかった。否、遠回しに言われた別れの言葉に戸惑いを隠せなかっただけなのかもしれない。
「なあ」
「うん」
「こっち向け」
「…、いや」
「オイ」
「………いや…」
「俺はピアスはこれしかつけねェようにしてる」
「……、知ってる。晋助、いつもそれ」
「なんでだかわかるか」
「知らない」
「他のやつだとしっくりこねェんだよ。これじゃねェと駄目なんだ。」
「………だって、そんなやっすいやつ…」
「価値を決めんのは俺だ。値段なんか関係ねェ。俺がお前が買ったこのピアスしかつけねェ意味ぐらいわかりやがれ」
「………うん、」
「オイ、こっち向け」
「やだ、マニキュアまだ乾いてない」
「どうせ落とすんだからいいだろ」
そう言って細い手首を引いて、噛み付くようなキスをした。それがあまりにも突然のことだったので彼女は目を見開いていたが、キスが深くなるにつれて目を細めて俺の首に手を回した。
「俺がいいって言うまで、逃がしゃしねェよ」
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