それは、私にとって、さながら酸素のような存在だ。

取り上げられたら、息が出来なくて死んでしまう。

でも、それは同時に水のような存在でもあって、私の周りを満たしていると、私は無様に、溺れてしまうのだ。

不足すると生きられないのに、過剰になっても生きられない。


「……柔造」

「ん?」


名前を呼べば、柔造は、首を傾げて振り返る。

優しいその瞳が私を生かしてくれているのに、ずっと見つめられていると、胸が痛いくらいときめくから、困る。

ふい、と視線を逸らして、柔造に抱き付いた。


「おおっと……どないしたん、今日は甘えたさんやなぁ」

「……うん」

「否定せえへんのかい」


柔造はどこか嬉しそうに笑って、「素直なんもかいらしなぁ」なんて言って、私の頭をよしよしと撫でた。

抱き付いたのは私の方なんだけど、何だか恥ずかしくなって、小さく唸る。

すると、柔造はまたからからと笑った。


「何や、かいらしなぁ」

「っ……ど、どこが」

「そうやって、照れると拗ねてまうとこ。はは、耳真っ赤やで」


柔造はそう言って、私の耳に触れた。

触れた指先が冷たく感じたから、きっと柔造の言う通り、私の耳は真っ赤になっているんだろう。

柔造のせいだ。

柔造が、私をドキドキさせるから。

……まるで、酸欠にでもなったみたい。


「……うるさい」

「せやかて、事実やろ?」


そう言われると、否定出来ない。

口を噤めば、柔造は何だか上機嫌になって、ぎゅう、と私を抱き締めた。

ちょっと、苦しい。


「柔造、苦しい」

「ん、知っとる」

「じゃあ、離してよ」

「嫌や。甘えてきたんはそっちやろ?」


意地の悪い柔造の言葉に、反論の余地はない。

いつも爽やかで優しい顔してるくせに――そして恥ずかしくなるくらい優しいくせに――急に意地悪になるこの男は、本当に、たちが悪い。

ベタ惚れだから、尚更だ。

ああ、ほんと、私、駄目だ。


「……柔造の馬鹿、阿呆、意地悪」

「その馬鹿で阿呆で意地悪な俺に惚れとるくせに」

「……自意識過剰」

「ははは」


笑うだけで否定しない柔造の胸に、ぐりぐりと頭を押し付ける。

どうせ、柔造の言う通りだよ、ばーか。

そんな、心の中で呟いた言葉を見透かしたみたいに、柔造は、また朗らかに笑った。




息できないくらいに
(あなたに、溺れる)
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