「金造のアホ、べたべたひっつくな」

後ろからぎゅうっと抱きつかれた。それどころかわたしの肩に顎をのせるそれ。首をかすめた髪をうっとうしいと思いながら、振り返らずとも分かったその人物に毒を吐く。

「なんや、ご機嫌ななめやな」
「うるさい」
「まあた柔兄かー?」

茶化すような声にいらっとしながら違う!と否定した。逆効果だったらしい。さっきよりも強い力で抱きしめられた。すりすり顔を寄せてくるな邪魔だから!髪切れよこのアホ金髪野郎め!離れるように言っても嫌だとしか返してこない金造の腕を思い切りつねってやる。痛いと声をあげた金造だが、決して離れようとはしない。いい加減ほんとに離れてくれないかな。こんなところ、柔造さんには見られたくないし。金造とふたり離れろと嫌やの言い合いを続けていたら後ろからわたしのよく知った声が聞こえた。

「ふたりとも朝から楽しそうやなあ」
「柔兄もいっしょにやらへ」
「やるかドアホ、早う離れんと本気で怒るで?」
「あ、アハハ、冗談やん冗談!」

無駄な押し問答を続ける必要などなかったのに。柔造さんに言われてあっさりと離れた金造はなにごともなかったかのようのその場から去った。いや、正確には逃げた。

「柔造さん?」

振り返ってみたら柔造さんの眉間には深いしわ。けれど素敵な笑顔。あれ。もしかしてものすごく怒っていらっしゃる?……気づくのと同時に体から血の気が引いていくのを感じた。

「何しとったん、朝から」

金造に抱きつかれて離れてって言ったけど離れてくれなくて……ということがあってですね。それ以上のことはなに一つとしてなかったですよ、はい。柔造さんにそのまま言えば、ちょっと俺と話しでもしよかと素敵な笑顔を向けられた。手をぎゅ、と握られて心臓が跳ねた。そのまま引っ張られて着いたのは柔造さんの部屋。襖が閉められてすぐ、柔造さんがわたしを包み込んだ。

「わ、ちょっ」
「金造に簡単に触らせよって」
「柔造、さん?」
「俺だけの特権やのに」

柔造さんにこんな風に抱きしめられたのはすごく久しぶりかもしれない。はじめてこうされた時みたいにどきどきしていて自分でもびっくりした。自然な動作で柔造さんがわたしの耳に唇を寄せる。

「堪忍な」
「え?」
「最近、ぜんぜん触れられへんかったから」
「……っ」
「我慢でけへんかも」

耳元でそう囁かれてちゅ、という音が聞こえた。耳にキスをされたのだとすぐに分かり硬直した。な、なんですか今のは……!あまりの恥ずかしさに柔造さんから離れようとわたしは身を引こうとした。

「逃がさへん」

柔造さんの行動の意図がわからない。というかこれは本当に柔造さんなのだろうか。恥ずかしい、恥ずかしい、けど、離れてほしくない。どうしてかは分からないけど、自分で身を引きながらそんなことを思った。目を細めて色っぽい表情でわたしに顔を近づけてくる柔造さん。ど、どど、どうすればいいんですか……!この状況では逃げるに逃げれない、けど、見ていられない、し。こんな時は目をつむって見ないふりだ。ぎゅっと目を閉じて、音に集中した。暫くは、沈黙。柔造さんが動く気配も、しない。

「なーんて、冗談や」

先に口を開いたのは柔造さん。その声に、その言葉に、わたしは目をあけた。へら、と笑った柔造さんが見えてほっと安心する。にしても、なんてタチの悪い冗談だろう。ほんとうに心臓に悪かった。ふう、と目をとじて息を吐く。そうやって気を抜いたのが、いけなかったのだ。

「ん……」

目を開けたら、すぐ目の前に柔造さん。目をつむっていて、そのままゆっくりと離れた。あれ、いま、何か。

「甘い」

ぺろりと自分の唇を舐めてみせる柔造さんをみて言葉を失った。何か、やわらかい感触を唇に感じた。それは、もしかして……キスをされた証拠だったりするのでは?思ったわたしは柔造さんを突き飛ばしていた。いや、実際にはまったく突き飛ばせていないのだけれど。

「は、離れてください柔造さん!」
「なんや照れ屋さんやなあ」
「そういう問題じゃないです絶対に」
「……嫌やった?」
「いやじゃ、なかったです、け、ど」
「なら、もっかいしてもええ?」
「え」

腰には柔造さんの手があって、とても逃げられる状況ではないけど、わたしは恥ずかしくてはいどうぞ、なんて簡単に頷けなかった。

「次はお前からして欲しい」

あかんか?と眉を下げて言ってくる柔造さんは間違いなく確信犯だと思う。キスが嫌なわけじゃない。最近会うことはあっても、手を繋ぐことも抱き合うこともまったくしていなくて……はっきり言ってしまえば、わたしは柔造さん不足だった。しかし、いくらなんでもわたしからして欲しいなんて、勝手すぎる。

「わ、わたしは柔造さんからして、欲しいです」

自分からするのなんて、できない。絶対できない。恥ずかしくてむりだ。けど、この言葉はもっと恥ずかしいものにも聞こえた。自分で言いながらも馬鹿かわたしはと思った。でも、少し本音でもあった。

「それ、襲われても文句言われへん台詞やで」

知ってます……とは、さすがに言えませんでした。柔造さんの唇が、わたしのそれに重なる。やっぱり、はずかしい。甘い空気に息が止まりそうになった。


あなた不足の呼吸困難

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