京都出張所に配属されて早半年。生まれも育ちも関東な私は、最初のうちはとても苦労させられた。嗚呼、これがカルチャーショックか、なんて色々と悟った事も今となっては良い思い出である。遠い目をしているね、と同僚に言われた事も多々あった。が、万年人手不足なこの部署は、新任の私にですら容赦の無い仕事量故に、仕事自体に慣れるのは早かったと思う。一時、手首を痛めた事も有ったような無かったような。
出張所の人達は気さくで明るく優しい人達ばかりだったし、馴染むのにも時間は掛からなかったから、その点、仕事環境としてはとても良い仕事場なんじゃないだろうか。現に今、私はとても楽しく充実して仕事が出来ているのだから。

心や身体にゆとりが出来れば自然と周りを見れるようになる訳で、年頃故か素敵な人がいないかなあ、みたいな事を考えてしまうのは仕方ないんではないか。そして実際にいちゃうのがもう、ね。
そう、私は今、絶賛片思い中である。

「ま、どうせ私の事なんて顔を見たことがあるだけだろうけど」

性格の所為か、いつも遠くから見るだけで話した事はないし、彼は任務で現場に行くけれど、私は専ら事務要員。基本的に会わないうえにアプローチもしないのだ。それじゃあ、ダメに決まってる。わかってるんだけどその一歩が踏み出せない。
基本臆病な私に、恋は似合わないと言ったのは誰だったか。まったくもってその通りだった。けど、この想いは捨てられなかった。どうして、なんて、好きになってしまったからに決まってる。

抱えた書類を見つめて立ち止まる私は嘸かし不自然だろうが、幸い私以外は誰もいなかった。小さな溜め息は静かな廊下に吸い込まれるように消える。
早く書類を届けて休憩にさせてもらおう。朝から働き詰めだったから、きっと優しい上司は休憩をくれるだろう。そう思った通り休憩をもらって、外の空気に当たろうと玄関へ向かう途中、目に入ったカレンダーに足を止めた。
彼が任務に出て3日になる。そろそろ戻って来る頃だと分かっていたが、心配だった。声を掛けるなんて出来ないから、任務に出る彼の背に言ったっけか。
"無事に帰ってきて"と。我ながらなんて乙女だ、と笑ってしまうが、本心だ。
お願いだから怪我をしないで。万が一してしまっても此処に帰ってきて。任務に出る彼の背を見ながら、いつも強く想う。届かない事くらい最初からわかってる。それでも、気付いてくろたら、と思う自分も自覚済みだ。
いつか絶対に直接言ってやる、と心に決めて、止めていた足を進める。でも、達成されなさそうな気がするけど。
角を曲がった所で何やら騒がしいのに気付いて首を傾げる。まぁ、此処が騒がしいのはいつものことだけれど。
何かあったんだろうか。怪我人なら私が行った方が良いんじゃないか。少しだけ足を速めて顔を覗かせれば、任務から帰ってきた一団がいて、私は無意識に彼を捜してしまった。人数が多くて分からないけれど、彼の名前が聞こえたから無事みたいだ。ほっと胸を撫で下ろしていたら、丁度良い所に、とよばれて、あれよあれよという間に手当を任されてしまった。一応、休憩中だったんだけれど、まぁ、良いか。軽い怪我ばかりだからそう時間は掛からないし。慣れた手つきで道具を用意して、消毒して包帯巻いて、打撲傷には湿布を。
いつも道具を持ち歩いていて良かった、と今日ほど思う日は今までなかった。おおきに、と礼を言われる度に擽ったい気持ちになる。気恥ずかしげに笑う私の頭を撫でていく人もいて、私はもっと擽ったくなった。

「もう治療を受けていない人はいませんか?」

道具を片付けながら声を張り上げる。人が多いと私の声なんて直ぐに掻き消されてしまう。
返事はなさそうだし、良いよね。
蓋を閉めようとしたら、同僚だろう人達と話していた彼が振り返った。

「ちょお待って!」

話しを切り上げて駆け寄ってくる彼に思わず後ずさってしまった。
だってこんな近くで見たことないんだもん。驚くし、どきどきするに決まってる。
高鳴る胸を抑えながら、首を傾げて普段のように振る舞う。
頑張れ、私の演技力。

「怪我の手当て、まだでしたか?」

「おん。よろしゅう」

「はい」

床に座り込んで道具を広げる私の前に彼も腰を降ろして、物珍しそうに手元を覗き込んでくる。僧職には似つかわしくない、金髪がすぐ近くで揺れた。
だめだ。物凄く心臓に悪い。なんでこんな格好良いんだろう、この人。
若干震える手でピンセットを掴み、脱脂綿を摘んで消毒液に浸す。つん、とエタノールが鼻について、私は気持ちを切り替えた。
慣れた匂いに、これは仕事だと理解。
腕を取って法衣を捲る。しっかりとした男の腕でどきどきするけれど、これは手当てだと言い聞かせる。
大きくもなければ小さくもない切り傷に脱脂綿をそっと押し当てたら、傷に染みたらしく彼の肩が揺れて、無意識だろう、自分に触れる私の腕を握った。
思わず出かけた悲鳴を飲み込んだ私を凄く褒めたい。

「す、すみません。大丈夫ですか?」

「おん、平気や。ちょい染みただけやし」

眉を寄せて笑う彼にもう一度謝ってから、手早く消毒をすまして取り出したガーゼを傷口に当てる。
それにしても何か不思議な感じがする。落ち着かない。包帯を巻きながら、ふと顔を上げたら彼とばっちり目が合ってしまって、私は反射的に顔を背けてしまった。何やってるの、私。すっごい感じ悪い女みたいじゃない。でも、どうして私を見てるの。そんな必要性皆無じゃなかろうか。余計どきどきしてきた。
でも、背けるのは良くなかったな。何でこんな態度取っちゃうんだろ。本当はもっと素直に話したりしたいのに。
内心肩を落としながら包帯を留めた。
ふぅ、と息を吐いて細かい傷に消毒液を含んだ脱脂綿を当てていく。
あ、砂が入っちゃってるし。擦り傷多いな、なんて考えながら、消毒液に浸した指で傷を付けないように傷口の砂を拭い取る。息を吹き掛けて残った砂を払って絆創膏を貼った。
彼が息を呑む気配がしたけれど、痛かったかな。盗み見た彼の顔はほんのり朱に染まっていた。
治療と思考に専念していたらいきなりてを握られてピンセットを取り落とした。
からり、と音を立てて、それが床に転がる。

「あんたやろ?」

「え…と、何がでしょうか」

「いっつも見てはるやん。ちゃうの?お前やと思うてたんやけど」

「え…は、あの」

ばれてたのか。
きょとり、と悪気も無く聞いてくる彼に冷や汗が止まらない。何で知ってるの、とかいつから、とか色々と聞きたい事があったけれど、そんな勇気はこれっぽっちもない。
そんな彼の言葉に焦ったけれど、次の言葉では息が詰まった。

「お前やったら嬉しかったんやけど」

「…っ」

「待っててくれはるんや、せやったらちゃんと帰って来なあかんな、て思えたん」

「あの…志摩さん、それって」

どういう意味、と続く筈だった言葉は、彼が私の唇を指で押さえた故に形にならなかった。ぱちり、と片目を瞑る彼に頬が赤くなるのが分かった。
こんな都合良くなかったとんとん拍子に展開が進む恋愛なんて聞いた事がない。ああ、でも待って、これが私の早とちりだったら凄く恥ずかしい。ってか、今この状況が恥ずかしくなってきた。

「多分、あんたの声やと思う。時々、聞こえるような気がしてたんやけど」

これはもう早とちりだとか自意識過剰とかじゃない。いくらそそっかしい私でも、これはわかる。

「なあ、今度からはちゃんと言うてくれへん?俺ん隣で」

ええやろ、と艶やかに笑う彼に、私は小さく頷いた。




君に届けと願う声が
(まさか本当に届いてたなんて)





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